あなたのその…… とある休日、私は何時もの様に自室で机に向かっていました。 ペンを動かす音、ページをめくる音で辺りが埋め尽くされていて、外からの雑音も気になりません。 ニコフも朝早くからどこかへ出掛けているようでした。 集中を妨げるものはありません。 体調も申し分なく、今日は何時もよりも沢山こなせるだろうと思いました。 思うとおり、何時もよりもペンはサラサラと進みます。多少難しい問題でも、冴えているようで難なくこなすことが出来ます。 勉強に限らずとも、上手く行っている時は時間の流れも気にならない程それにのめりこんで行くもので。 私は無心になる程集中していました。 しかし、私はある時どこかから何かが聞こえたような気がしました。 何かと聞かれれば答えられないのですが、確かに何かを聞いたように感じました。 ふと顔を上げて、今の私から右側に有る窓を見ます。 そこには特に目に付くものは有りません。 窓の外を見ても、人の気配や鳥などが居る様子も無く、辺りを騒がしく揺らす程の風が吹いて居るわけでも有りません。 きっと気のせいだろうと思い、気を取り直して勉強を始めることにしました。 すると、さっきまでのような勉強に対する集中力はもう無くなっていて、代わりに先程何気なく見た外の様子が鮮明に頭に浮かぶのです。 雲はゆっくりと流れ 心地よさげにサワサワ揺れる木の葉の緑 辺りを羽ばたいている小鳥はさえずり 青々と生い茂る芝生には可愛らしい花が咲き そして、柔らかく包むようなキラキラした木漏れ日…… それはまるで私がその場に居るように思える程に、あまりに鮮明過ぎて。 気が付けば、私は机の上の参考書等をそのままに、外に向かっていました。 外に出てみると、そこは私の思い描いた通りでした。 唯一違ったのは、草木を揺らす風は涼しげで耳に心地よいざわめきが辺りを包んでいた事でしょうか。 私を此処まで導くほどに酔わせたこの場所に、私は不思議なほどに安らぎを感じました。 当たり前の日常にやさぐれていた心が癒されているというか……自然に帰るとでも言うのでしょうか? 熱い日差しの中で冷たい泉に手足を浸しているような心地よさに心が高揚していくのです。 そんな気持ちのまま私は辺りを歩いていました。 意味もなく、何をするでも無く。 時の流れを楽しむ様な感覚を味わっていたのです。 すると、暫く先に誰かが居るようでした。 よく見ていると、誰かは一目瞭然です。あんなに鮮やかな紅髪は彼しかいません。 何時もなら知らない振りをして近付きもしないのですが、今日は何時もと違いました。 私はそのまま真っ直ぐ彼の居るところに行ってみることにしたのです。 見てみると、大きな木の下に出来た日陰でスヤスヤと眠っていました。 真っ白なワイシャツに肩に軽く真っ赤なひらりマントを羽織るという何時もの格好で眠る彼。 シワになってしまうのに、なんて思いながら覗き込みました。 閉じられている目は長い睫に覆われていて、左目の目元の泣き黒子がセクシーで。 高く通った鼻筋と、何時も甘く女の子を口説く唇は今は閉じられています。 逞しくて力強い胸板は寝息で上下に揺れていて、もし女の子だったらこの胸に強く抱きしめて欲しいとおもうのでしょうか。 嫌みなほど長くすらりとした足は優雅に組まれていて。 (羨ましいなぁ……) 自然にそんなことが思い浮かびました。 素行も悪く勉強に関しては目も当てられない、教師には目を付けられ色事の悪い噂の絶えない、そんな彼。 羨ましいと言うのは何も姿の造形だけを指しているのではなくて。 例えば 多少、いやかなり失礼だとしても、知らない人にでも親しげな人好きのする笑顔 何時も自信満々で意志の強い紅い瞳 冷めているようで実は情熱的な所 私には無い良い所が沢山あって、それら全てが私には輝いて見えてしまう。 あまりにも綺麗で………… あなたのその…… 紅く柔らかい髪に、触れてみたりして *** [戻る] |