もし、過去を飼えるなら <九> 三月某日、この日五十嵐は休みだった。 隔勤、つまり隔日勤務の乗務員は、この一日おきの休みを「明け」と呼んでいた。 五十嵐に家族はいない。 というより、家にいないのだ。 二歳下の妻は、中学生の娘と共に別居中だった。 だから五十嵐は、明けの日には大概ごろごろと無為に一日を浪費するか、そうでなければパチンコにでも行くかだった。 だが今日は違う。 今日は営業所の新人歓迎会があった。 この歓迎会は新人が入って来ても来なくても、二、三ヶ月に一度は行われる。 例の廃レストランで使っていたマイクロバスに乗って、営業所員全員でバーベキューに行くのだ。 といっても、五十嵐たちとは違う日に出勤するB班と呼ばれる面々は来ない。 五十嵐たちA班とB班とは、基本的に別行動だった。 佐戸田に確認を取ってみると、今日参加するのは佐戸田、五十嵐、杉本、羽之井、尚美、黒岩、三宅所長、新人の福田、年配の清水、高須の十人。 そこに佐戸田の娘が加わって十一人だった。 これで営業所の面々は、あらかた揃ったことになる。 不参加なのは新歓に呼ばれないアルバイト連中や、日勤と呼ばれる通常勤務の社員たちだ。 五十嵐は朝のワイドショーを横目に、寝間着からセーターとコットンパンツに着替える。 ちょうど着替え終わった時、こたつの上にある携帯電話が光り、ディスプレイには「佐戸田 徹男」と表示された。 五十嵐は通話ボタンを押した。 途端に佐戸田の早口が聞こえてくる。 「ガラやん? もう営業所着くか?」 「すまん。今から家出るとこや」 「ああ、構へん構へん。いや実はな、ミハゲのアホが張り切って早よう来くさりよってな。めんどくさいからガラやんに子守り任せよかなと思て」 ミハゲ、というのは所長の三宅の事だ。自己中心的な三宅と所員たちは、普段から折り合いが悪い。 中でも佐戸田は特に三宅と仲が悪かった。 「やめてくれ。俺かてごめんや」 五十嵐も、正直なところ三宅のことは苦手だった。 だが、臆病な五十嵐には佐戸田のような度胸はない。 所長相手に言いたい事を言う勇気もなく、結局いつも愛想笑いで終わるのだった。 佐戸田は五十嵐に早く来いと言い、通話は切れた。 [*前へ] [戻る] |