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もし、過去を飼えるなら
<三>

「五十嵐先輩、おはようございます!」

仮眠室ののれんをくぐった途端、妙に爽やかな声と凄まじい悪寒が五十嵐を襲った。

なんだ、今のは。
五十嵐先輩と呼ばれたのか、自分は。

「先輩、お茶淹れましょうか。それともコーヒーですか」

目の前で似合わない標準語のイントネーションを駆使し、満面の笑みを浮かべているのは杉本だった。

曲がっているのが当たり前だったはずのネクタイは恐ろしくまっすぐで、年がら年中捲っている袖はぴっちりとボタンが留められていた。

正直な感想を言うと、気持ち悪い。

なるほど、佐戸田が近寄るなと言った意味がよくわかる。

「ああ……あの、まあなんや、お構い無く」

「わかりました」

ぞわぞわと背中を虫が這うような錯覚に襲われた。

普段の杉本なら、確実に「人の好意を素直に受け取れへんようなヒクツなオヤジになったらあきませんよ!」くらいは言うはずだ。

他の連中の反応はどうなのだろう。

尚美を見てみると、いつも通り澄ました顔でオペ席に座ってはいる。
が、よく聞いてみると飴玉を噛み砕く音が聞こえて来た。

机の上の飴袋はほとんど空に近い。

奥には松田がいる。
彼は大人しく読書をしているようで、これといった反応はない。

元々冷めているからなのか、もう慣れたのか、それとも意図的に杉本から離れているのか、五十嵐は判断しかねた。

ピピイというファックスのようなコール音が鳴る。

尚美は素早く受話器を取ると、余所行きの声で応対した。

どうして女というのは、あんなに甲高い甘えた声を出せるのだろうと五十嵐はいつも思う。

「杉本、ハイヤー行って。西灘のトーホーの前で前田様」

「了解です。尚美さん、では行ってきます!」

颯爽と立ち上がる杉本を尚美は無視した。




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あきゅろす。
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