夏「蝉の時雨とサイダー瓶」 <三> 吐きそうだ。 原因は紛れもなく、目の前の素麺である。 茹で過ぎて伸びている。量が多い。そして致命的にぬるい。これは世界で一番不味い素麺ではなかろうか。 夏乃以外の二人は明らかに顔をしかめている。 いや、恭一のしかめっ面は元が無表情だからそう見えるだけか。 だが、久々に保文が台所に立ったのに文句を言うのは気が引けた。 というか、本人も不味いと思っているだろう。 「なあ、夏乃。夏乃と恭一くんは自由研究とか、しないのか」 「――あるには、あるけど」 「まだ決めてないなら、王冠なんてどうだ」 「王冠? 何の?」 「瓶のだよ。コーラとか、サイダーとか、あとはまあ……ビールとか。ははは、夏乃は飲めないから父さんが飲むけどな」 「それ、なんだかんだ言ってお父さんが飲みたいだけでしょ。第一、王冠でどうしようっていうの」 「集めるのさ」 「集め……て、どうするの。中学生だよ?」 夏乃が呆れ気味に言うと、保文は困ったように頬を掻いた。 「どう、と言われると困るんだが。時々プリントのずれた王冠があったりしてな。父さんも昔よく集めた」 「王冠、ねえ……」 夏乃は考えた。 ジュースならほぼ毎日飲むし、王冠集めなんて簡単だ。 でも、何を研究してるんだ、それ。 「いいじゃん、やろうよ」 「え?」 口を開いたのは、恭一だった。 いつの間にか素麺を完食している。 「……簡単だし。別に、自由なんだから」 「じゃあ、決まりだな。ジュース代は父さんが毎日あげるから、心配しなくていいぞ」 「……わかったよ」 そんなこんなで、王冠を集める夏が始まった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |