夏「蝉の時雨とサイダー瓶」
<二>
「――とりあえず、自己紹介でもしようか。それぞれほら、学年と名前をどうぞ」
保文は柔らかめの笑顔で小学校の先生みたいなことを提案する。
頬を伝っている滴は暑さゆえだろうか、冷や汗だろうか。
夏乃と恭一は数秒だけ目線で「お先にどうぞ」と押し付けあったが、結局夏乃が折れた。
「……結城、夏乃です。二年生」
「有里恭一。多分一緒」
多分ってなんだ、と夏乃はつっこもうとしたが、上手く声が出なかった。
普段からあまり声を出さないと、咄嗟に声が出ない。運動部で声を出せと言われるのはそのためで、文系の子が比較的静かなのもそのせいだとバレー部の友人が言っていた。
なるほどこういうことか、と夏乃は初めてその友人の言葉に納得した。
「お腹、空いただろう。なにか食べようか」
料理なんか出来ないくせに、保文はこういう時だけ保護者ぶる。
「……私が作るの?」
夏乃はむしろ「私が作るんでしょ」と言いたかった。
「素麺くらいなら、父さんにも出来るよ」
得意気に言うと、保文はドアを開けてさっさと家の中に入っていってしまった。
暑いので夏乃も中に入ろうとノブに手をかけ
る。
後ろから小さく「笑うの、へたくそ」と聞こえた気がした。
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