夏「蝉の時雨とサイダー瓶」
<一>
昔から、サイダーが嫌いでコーラは苦手だった。
でも炭酸飲料が嫌いなわけでも、苦手なわけでもない。
あくまでも、サイダーが嫌いでコーラが苦手なのだ。
だから今、困っている。
「どっちがいい?」
ぎこちない笑みを貼り付けて瓶を差し出す少女は、なんとなく泣き出しそうな雰囲気を常に持っていた。
日に焼けて赤くなった手が二本、それぞれ透明と茶色の瓶を持ったまま選択を求めている。
いらない。
まさかそう言うわけにもいかず、仕方なく恭一はコーラを手に取った。
夏乃と名乗った同い年の少女は、恭一の隣に黙って腰掛け、駄菓子屋の店主に借りた栓抜きを差し出した。
まさか中学二年にもなって駄菓子屋でコーラを飲む事になるとは。
やや幼く見える隣の少女は、精神年齢も幼いのだろうか。
「いつまでいるの?」
さっきから貼り付いたままの作り笑いがこちらを向く。
その問いは、ごく自然で優しかったが、非難めいてもいた。
「二週間経ったら、母さんが迎えにくる」
そっか、と夏乃は気のない返事をした。
昨日まで名前も知らなかった従姉妹。
三段の町の真ん中、素朴で寂れた住宅地の中で、彼女と彼女によく似た父親はぎこちなく恭一を歓迎した。
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