夏「蝉の時雨とサイダー瓶」
<三>
今日は涼しいから、午後からはどこかへ出掛けてきたらどうだ、と冷しゃぶを食べながら保文がぎこちない笑みを貼りつけた。
夏乃は軽口を叩きながら、年相応に笑っている。
父親や駄菓子屋の店主と話す時だけ自然な表情を見せる、色素の薄い少女。
ぎぎぎ、と音が聞こえてきそうな、下手くそな笑みの親子。
内輪で固まって、極力他人とは関わらないでいようという、保守的な人達。
恭一はそんな結城家の二人を冷ややかに見ながら、今朝の夏乃の瞳を思い出していた。
夏乃は自分からは決して目を合わせようとしない。
そのくせ、やたらと人の顔を見て話すのだ。
なんの遠慮も躊躇いもなく、まっすぐに人の顔を見つめてくる。
まるで詰問されているような、責められているような、どことなく居心地の悪い瞳。
本人は自覚しているのだろうか。
きっとしていない。
だって夏乃は、自分が弱いと決めつけて、諦めて、そうして生きてきたに違いないから。
「ねえ、恭ちゃんもいいでしょ?」
「――何が?」
家にいるからリラックスしているのか、むくれてみせる夏乃。
どうも、雛見から電車で二駅ほど離れた温泉街に行こうということらしい。
二人の、柔らかいのに有無を言わせぬような空気を纏った目で見つめられ、恭一は思わず頷いた。
その時の夏乃の満足そうな笑みは、ごく自然なものだった。
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