第一催眠マジックショー@ 催眠被験体『オス』

〔表世界〕
 狭い呑み屋街路にある一軒の寂れたバー。
 その店の小ステージを照らすスポットライトの光りの輪の中に立つ、バニーガール風のタキシードと網タイツ姿の美貌の女性マジシャンと、アシスタントの男性一人が軽快なリズムと共にマジックショーを行っていた。
 店内にいる客は数名の男女のみで、ステージ上で行われている奇術は誰も見ていない。
 それでも、華やかな衣装に身を包んだ美貌の女性マジシャンは、バーにシフト勤務している。
 化粧が濃い若い女性スタッフをステージ上に招き『瞬時着替えマジック』を客席に向けて披露していた。
 円筒の低い台の上に立って、客席に向かって手を振っている女性の足下から、輪に付けた円筒の黒布が男性アシスタントの手で持ち上げられ、女性スタッフの姿が隠れた。
 女性マジシャンがアシスタント男性が小刻みに揺すっている黒い布筒に向けて、パーティークラッカーを放つ。
「ワン、ツー、スリー」パンッ!
 布が足元まで落ちると、布に隠される前とは異なる服装の女性スタッフが微笑みながら手を振っていた。
 客席からの疎ら〔まばら〕な拍手の中、女性マジシャンとアシスタント男性は両手を広げながら深々と一礼して、本日二回目のマジックショー最終公演は終了した。

 女性マジシャンが控え室にもどると、部屋の中に黒服でボルサリーノハット〔イタリアのギャングが被っているような帽子〕を被った一人の青年がパイプ椅子に座って待っていた。
 青年が言った。
「お疲れさん」
 女性マジシャン……『眠ヶ丘 冷夢〔ねむりがおか れむ〕』は無言で鏡の前に座ると、化粧を落としはじめる。
 黒服の青年──冷夢のマネージャーは、店からの差し入れられたカゴに盛られたリンゴに手を伸ばすと、かぶりつきながら冷夢に言った。
「今週の金曜日の夜に、いつもの地下クラブで淫らな催眠マジックショーの予定が入った……また、金持ちどもがあんたの淫らなショーを見たがっている、スケジュール調整は終わっている」
 冷夢は化粧を落としながら一言。
「あ、そう」と答えただけだ。

 冷夢が行う表と裏のショーの予定調整をしているマネージャー男性は、パイプ椅子の背に腕を乗せて、座〔椅子のお尻を乗せる部分〕をまたぐような形で座ると、リンゴを食べながら言った。
「聞いたぞ、海外からの直接公演オファーを、また断ったそうだな」
「マネージャーを通して、断った方が良かった?」
「いいや、冷夢が断ったのならオレはそれに従うまでだ……オレは、表のショーでも裏のショーでも冷夢のパフォーマンスを後押しするだけだ、それがマネージャーの仕事だからな」
 そう言うとマネージャー男性は数枚の用紙を冷夢が、化粧を落としている鏡の近くに置いた。
「金曜日の催眠マジックショーで使う被験者のプロフィールと、簡単なデータだ……今回の被験者は男で十八歳歳……あらかじめ、闇医者の診断で暗示にかかりやすい体質だと確認してある」
 冷夢は用紙に目を通す。
「被験者……オス、十八歳歳……」

「なんでも、恋人が家族から不可抗力で引き継いだ多額の借金を代わって返済したくて、裏の催眠マジックショーの被験者を志願したらしい……泣かせるねぇ」
 冷夢は無言で用紙をめくり、催眠マジックショーに必要な被験者データを記憶した。
 二個目のリンゴに手を伸ばして、マネージャー男性が言った。
「それにしても、どうして冷夢は、海外からの出演オファーを断ってまで裏の催眠マジックショーに固執するんだい……冷夢ほどの美貌と本来のマジックの実力なら、富と名声と成功を手に入れるコトもできるだろうに……どうして、そこまで裏社会の催眠マジックショーにこだわるのか? 金が目的じゃなさそうだな、自分か誰かのための復讐か? それとも」
 冷夢が鏡を見ながら肩越しに後ろ手で投げたトランプカードが、マネージャーが手にしたリンゴに刺さる。



[前穴へ][後ろ穴へ]

4/7ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!