天の章B

 エド城、奥の間……上座の合戦屏風の前には大僧正の衣装を着せられ、木乃伊化した即身仏の『先忍び大将軍』……その、うつ向いた木乃伊将軍の背後には内部の歯車が触手表面の隙間から覗いている、古代の青きカラクリ触手の群れがいた。

 木乃伊化した忍び将軍の両側には、東の『魔賀』忍びと西の『妖賀』忍びの上忍たちが緊迫した面持ちで、互いの敵対する忍びの集団を凝視している。
 東の忍び頭領、銀髪の総髪老人『魔賀卍 唐人斎〔まがまんじ とうじんさい〕』の隣には、当年十八歳の『龍千代』〔たつちよ〕が座り。

 西の忍び頭領、十七〜八歳の娘『妖賀谷 お縄』の隣には、同十八歳の『虎千代』〔とらちよ〕が座っている。

 龍千代と虎千代は、双子の兄弟で並んで立っていると、唐人斎とお縄以外には見分けがつかないほど似ていた。会得している忍の技も互角で次期忍び将軍候補としては、甲乙つけがたかった。

 唐人斎が薄気味悪そうな目で、対局に座っているお縄に、忍びでなければ読み取れない唇の動きだけで呟く。

「若作りの化け物ババアが……どんな忍法を使って、その姿に化けた」
 娘姿のお縄は、瞬きでモールス信号のように返答する。
「ほざけ、醜いジジィが……ひょひょひょ、次期の忍び将軍は『虎千代』さまで決まりじゃ」
 唐人斎が両耳を動かして、お縄の言葉に応戦する。
「なにを、たわけたことを……眉目秀麗の『龍千代』さまこそが、次の忍び将軍に相応しい。妖賀の田舎忍びは妖賀谷の山奥にでも引きこもっておれ」
 お縄が今度は鼻の穴をピクピクさせて応戦する。
「双子の弟君、虎千代さまも、兄に負けず劣らず眉目秀麗な顔立ちじゃ……魔賀の忍びの方こそ、魔賀卍の孤島で細々と暮らしておれ」
 一見すると静寂な奥の間では、忍び同士のし烈な言い争いが続けられていた。

 即身仏の背後で蠢いていた、カラクリ触手の歯車が停止すると青い触手も動きを止める。
 カラクリ触手が言った。
《『魔賀』と『妖賀』……手練れの淫法使い三名。男二名、女一名の選出は終わっているでござるか?》
 唐人斎が答える。
「御意、我が魔賀忍群……特に淫らな忍法を会得した忍びを選び出しました」
 唐人斎の背後に控える忍び装束の三名が、頭を下げる。
 お縄の方は少し戸惑っている様子だった。

 その様子を見た唐人斎が、意地悪な口調で訊ねる。
「どうした、妖賀には手練れの淫法使いはいないのか」
「馬鹿にするな、ちゃんと三名は選び出した……ただ、女一名が昨夜。己の手淫忍法に没頭しすぎて……そのぅ、手淫に溺れたまま戻ってこない」
 戸板に乗せられた、忍び覆面で裸体の女が数名の忍びに運ばれてきた。
「あ──あ──っ、あぁぁん……いくぅぅぅ!」
 人相を覆面で隠した裸忍びは、股を開き乳房を揉み回し、グヂョグヂョに愛液で濡れた股間を手でいじくりながら狂ったように喘いでいた。
 羞恥の女忍びを見て唐人斎は、勝ち誇ったような顔をする。
「淫法勝負の前から勝負あり、それでは淫法の駒として使い物にならないだろう……カラクリ縄さま、次期忍び将軍の座は。魔賀が推薦する『龍千代』さまで決まりですな」

 唐人斎の言葉に、お縄は意味深な笑みを浮かべる。
「魔賀の忍びは、そこまでして勝ちたいか……卑劣な」
「なんだと!?」
 お縄は懐から取り出した懐紙〔かいし・ふところかみ=江戸時代、さまざまな用途に使うために懐に折って忍ばせていた紙の総称〕を広げて見せた、懐紙の中には潰れた蛾の死骸が入っていた。
 お縄が言った。
「羽に粉媚薬を振りかけた、季節外れの蛾を飛ばして選出した女忍びを勝負前に再起不能にする……それが魔賀のやり方か」
「ほざけ、忍びに卑劣も正当もあるものか」
 今にも忍び同士で 凄惨な殺し合いが、はじまりそうな雰囲気の中……青いカラクリ触手が言った。
《どうやら、淫法勝負の判定人が到着したようでござるな》
 奥の間の襖〔ふすま〕が開き、若い武士に案内された凍騎とティティスが室内に入ってきた。

 唐人斎とお縄は、訝しそうな顔で凍騎とティティスを見た。
 唐人斎が耳の動きだけで。
「あれが、カラクリ縄さまの言っていた。触手の王の片腕……鬼頭 凍騎か」と呟いた。



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あきゅろす。
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