天の章A

 薬研車で薬草を挽いているのが、少々飽きてきた様子のティティスが凍騎に訊ねる。
「そう言えば外で瓦版屋が騒いでいましたが……忍び将軍が自分の肉体に施した『即身仏忍法』ってどんな忍法なんですか?」
「なんでも、生きながら木乃伊のように肉体が毎日渇れていく忍法みたいだ。普通に喋ることも歩くこともできるが……ある日、突然動かなくなって成仏するそうだ」
「へぇ〜っ、そうなんですか」
 ついにティティスは充電式の『調理用高速粉砕器』を持ち出して、乾燥漢方の粉砕を開始した。
 薬研で磨り潰していた時とは比べ物にならない速さで、乾燥した漢方素材がバリッバリッと粉砕されていく。

 煎じ終わった薬湯を『近未来惑星』から持ってきた『百年保温ポット』に移している凍騎は、補足の説明を続ける。
「なんでも忍び将軍さまは、若い時はお忍びでちょくちょく、この界隈〔かいわい〕にある火消し組の詰め所に足を運んでいた、遊び人だったそうだ……しかし、百三十歳になった記念に即身仏の忍法を自分にかけるとは……さすが、東の『魔賀』と西の『妖賀』の二大忍び集団流派をまとめていた、忍祖のお方だな」

 凍騎が感心していると入り口の方から声が聞こえてきた。「こちらに蘭医の鬼頭 凍騎先生はご在宅かな?」
 声の主は、忍び大工にからかわれていた若い武士の声だった。
 凍騎が障子戸の外に立つ、若い武士に返答する。
「わたしが凍騎ですが、どなたですか?」
「拙者、エド城から蠢く『カラクリ縄』様からの使いで来た者でござる、凍騎先生に少々内密のお話しが」
 凍騎は小声で呟いてから、ティティスに言った。
カラクリ縄? それが忍法惑星での触手の通り名か……ティティス、障子戸を開けてやれ」
 ティティスが入り口の障子戸に近づいた次の瞬間……障子紙を突き破って突き出された日本刀の切っ先が、ティティスを体を腹から背中側まで貫く。

 ゆっくりと刺した刀を引き抜く、若い武士の声が障子戸の向こう側から聞こえてきた。
「化け物め……地獄で閻魔によろしくな」
 ティティスは、刀で体を貫かれても、平然とした態度で障子戸を開けて若い武士を部屋に通す。
 若い武士は、ティティスの対応に戸惑いながらも畳の上で凍騎と向かい合って座った。
 凍騎がエド城からの使いだと言う、若い武士に訊ねる。
「どのようなご用件で?」
「次の忍び将軍さまを選ぶのにあたり、凍騎先生に登城していただき、淫法勝負の判定をお願いしたいと……カラクリ縄さまが、凍騎先生の名を口にして城にお連れするようにと」
 凍騎は若い武士の言葉に腕組みをして、少々思案の素振りを見せる。
(古代の青い触手の方には、触手王さまの考えは、すでに伝わっているはず……なるほど、さすが触手群の中でも古くから人間との『共存触侵』を主体に続けてきた青き智の触手……何か面白い嗜好を、思いついたらしいな)

 凍騎が視線を庭先の梅の木に向ける、視線がティティスから外れた瞬間を狙っていたかのように、若い武士は畳の上に置いていた刀を手にして抜き放った刃でティティスの胴を横一文字に斬った。
 ティティスのゼリー体は刃を通過させる。
 若い武士がニヤッと笑いながら言った。

「三途の川の渡し賃は、六文銭だ……あの世の亡者によろしくな」
 斬られたティティスは、不思議そうな顔で興奮気味の若い武士を見て訊ねた。
「さっきからいったい何をしているんです?」
「いや、カラクリ縄さまが『凍騎のところに一緒にいる、ティティスという女は不死身だから、好きなだけ斬って遊んでもいいぞ』と、言われたので……つい、エドで噂の仕事人の真似事を……ときに、それはいったいなんでござるか?」
 エド城から来た若い武士は『調理用高速粉砕器』と『百年保温ポット』を指差した。
 凍騎が苦笑して、梅の木にとまっていたウグイスが「ホーホケキョ」と鳴いた。

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