天の章@

【忍法惑星】……地球の江戸時代と酷似した文明の星。
 惑星を二分して東西の忍び軍団が、天下の覇権を争い戦った『世界忍者大戦〔別名・セキガハラ戦〕』終了から一世期……天下泰平の世を揺るがす大事が起こった。

 エドの町に瓦版屋の声が響く。
「さてさて、これぞ天下の一大事、忍びの大戦から天下泰平の世の礎を築いた御歳百三十歳の『忍び大将軍』さまが、ついにおっ死んじまった……てぇから。お天道さまも驚きだ。なんでも自分に即身仏の忍法をかけて、生きながら木乃伊〔ミイラ〕になって亡くなっちまったらしい……おっと、ちょっくら喋り過ぎちまった。詳しい続きは、この瓦版を買って読んでくれ……一枚四文だ」
 瓦版屋に町人が群がり瓦版を買い求めている様子を通りを挟んだ向かい側の、建前中の木造家屋の梁に座って見ていた。
 大工が呟いた。
「こりゃあ、次の将軍さまを誰にするかでエド城では一波乱ありそうだな……『魔賀』の支持する『龍千代』〔たつちよ〕さまと、『妖賀』の支持する『虎千代』〔とらちよ〕さま……どちらが、次の忍び将軍になるのか? まぁ、双子のどっちが将軍さまになっても、東西を代表する忍び集団間に遺恨は残るに違いねぇが」
 大工は口から釘を弾丸のように連続発射して、木材に金槌で打ち込んでいく。
 大工が仕事をしていると下の方から声が聞こえてきた。
「おい、そこの大工……この近くに蘭学医の『鬼頭 凍騎』先生が開業している長屋を知っていたら教えろ」
 見ると若い武士が横柄そうな顔で大工を見上げていた。
「聞こえなかったのか、知っていたら教えろと言ったんだ」
 武士の態度に少し憤慨する大工。
「それが人に物を聞く時の態度か! 知っていても、てめぇには教えねぇ……ペッ!!」
 大工が口から吐き出した痰〔たん〕が、武士の足元の地面を弾丸のようにえぐる。
 顔を怒りで真っ赤にした武士は、刀の柄に手を掛けた。
「無礼者! 下りてこい!」
「そっちこそ、上ってきやがれ!」
 しばらく緊張したにらみ合いが続く、大工がニヤッと笑う。

「もしかして忍びの技ができねぇ、サンピン侍〔町人が身分が低い武士を見下して言う言葉〕か……『忍であらずば人であらず』と言われている、このご時世。百姓や商人でさえ簡単な忍法を会得している時代に武芸一筋の侍なんざ、流行らねぇよ」
 武士は顔を真っ赤にして怒りに震える、その様子を見た大工が手鼻をかみながら〔手鼻=紙を使わずに器用に手と鼻息だけで鼻をかみ、地面に飛ばす究極の親父技。難易度は高く、最近やっている者は見ない〕小馬鹿にしたように笑った。
 忍びの大工は、若い武士を無視して口から発射する釘を次々と、木材に打ち付けて家を建てていく。
「サンピン侍と無駄話しをしているほど、暇じゃねぇや……蘭学医者の凍騎先生なら、この先の『四ッ目屋』っう、大奥に性具を売っている店がある四つ辻を左に曲がった先にある『なめくじ長屋』に住んでいるよ……蘭学の看板出しているから、すぐにわかる。凍騎先生の両隣は小銭を投げつける浪費家の岡っ引きの旦那と、何か裏がありげな飾り職の男が住んでいるぜ……さぁ、行った行った」
 武士は苦々しい顔で帯刀の柄から手を離すと歩きはじめた。


『なめくじ長屋』に先日引っ越してきた、蘭学医師を名乗る凍騎は鉄薬缶〔てつやかん〕で薬草を煎じていた。
 凍騎の近くには、髪型はそのままで町娘の格好をしたティティスが、石の薬研〔やげん=舟形をした乾燥薬を磨る道具〕で漢方薬を磨り潰している。

 薬研の窪みに入れた漢方薬を円盤状の道具の中央に軸棒を通した『薬研車』を往復させて、砕いているティティスが、蘭学医者っぽく作法衣を着た凍騎に訊ねる。
「どうして、こんな面倒なコトをしなきゃならないんですか……触手王さまの指示は『忍法惑星』の状況を探るだけなのに」
「まぁ、そう言うな……この格好も悪くはない」
「触手王さまは、この惑星は古代の触手が動いているので、手出しする必要は無いと言っていました……古代の青い触手から要望があったら、協力しろと」



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あきゅろす。
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