ゾンビ・ワールドA

『ゾンビ・ワールド』と、ある路地裏の建物……外には生きながら、ゾンビ化した人たちがノロノロと無目的に徘徊していた。
 ゾンビと言っても生きている人間を襲ったり、仲間同士で共食いをするワケではなく。
 ただ、未来への希望や気力や夢が萎えて「乙姫に支配された世界でも、別にどうでもいいや……どうせゾンビだし」と、無気力な思考に人間たちは陥っていた。

 ゾンビ化した人間たちは、食物で栄養摂取しなくても活動できるようになったが、同時に生産性や創造性や購買意欲もなくなった。
「飲み食いしなくても動けるから働かなくていいや……掃除もしないで家でゴロゴロ、朝から番までオンラインゲームでもやっていりゃいいや……どうせゾンビだし」

 ゾンビ化した人間たちは繁殖力も無くなり、セックスレス化した。
「子作りして、子孫なんか残さなくていいや……どうせゾンビだし」

 ゾンビ化した人間たちは、ゾンビウィルス感染初期はギクシャクしたゾンビ特有の動きしかできないが、段階が進むと普通の動きが可能になり、さらには走るコトもできるようになった。
 ただし、肉体の腐敗も進行するので定期的に、口径薬や座薬や膣座薬のように、口やアナルや膣に防腐剤のカプセルを入れる必要があった。
 防腐剤の摂取を怠ると、肉体は硬質石化して転んだ拍子に石像のように砕け、砂になって消えてしまった。
「どうせゾンビだし……転んで砕けて消えてもいいや」
 未来の無い世界……それが『ゾンビ・ワールド』だった。
 路地の建物の窓から、路地を徘徊しているゾンビ人間たちを眺め。自らもゾンビウィルスに感染している体色が悪い軍医タコが呟いた。
「何度見ても覇気が無い世界ですね……ここは未来を捨てた、終わった世界です」
 ゾンビたちの中に両手を前に出して、ノロノロと歩いている響子の姿を軍医タコは発見する。
 響子は、少しボロボロになった制服を着て「あ゛──っ、あ゛──っ。着ているモノが多少破れていてもいいさ……どうせゾンビだし」と、呟きながら歩いていた。

 軍医タコは、ゴミ置き場でゾンビ化して生ゴミ袋の中身を漁っている隊長タコの姿を見つけると、躊躇〔ちゅうちょ〕することなく光線銃で撃った。
 閃光が隊長タコの頭部を貫通する。
「がはぁぁぁぁ!!」
 軍医タコが光線銃を構える建物の窓を見上げ、牙を剥き出しにして威嚇する隊長タコ。

 軍医タコは容赦なく、二度、三度とゾンビの隊長タコを撃つ。
「があぁぁぁ!!」
 怒った隊長タコが壁にある、避難ハシゴに触手を引っ掛けて、軍医タコのところに登っていこうとする。
 軍医タコが冷ややかな笑みで見下ろしながら言った。
「ゾンビになった隊長が、避難ハシゴを使って登ろうとするコトは予想済みです」

 切り込みが入れられていたハシゴの持ち手が折れて、まっ逆さまに落下する隊長タコ……グヂャと、軟体生物特有の潰れる音が聞こえ。さらに隊長タコの上に追い討ちをかけるように、コンクリートブロックや植木鉢や、金タライやポリバケツが落下してきた。

 路地で動かなくなった、腐れ隊長タコを冷ややかな目で見ながら軍医タコが言った。
「まったく、どうして隊長だけが完全ゾンビ化したのか謎です……今度から生ゴミを外に出す時は、中身が見えないゴミ袋の方が漁られなくていいですね……黄色いゴミ袋とかに入れて、収集日に出すコトにします」





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あきゅろす。
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