肉体と精神を入れ替えさせられ@〔アブダクション〕
それは、どこにでもある平凡な家族だった。
「お母さん、ご飯ご飯! 早くして遅刻しちゃう」
食卓に飛び込んできた妹は、慌てた様子で席についた。
その様子を眺めていた兄が、トーストを食べながら呆れた口調で言った。
「あと、十分間早く起きれば、慌てなくて済むのにな」
大学生の兄の言葉に妹は、プクッと頬を膨らませる。
「お兄ちゃん、それができれば苦労しないよ」
母親が微笑みながら、娘の前にハムエッグの乗った皿を置く。
父親は無言で朝刊を読みながら、コーヒーをすする。
そんな平凡な家族だった……その家族の隣の家には両親が海外赴任の不在中で仲のいい、姉弟が住んでいた。
弟が居間でくつろいでいる姉に訊ねる。
「姉さん、今日帰りにスーパーに立ち寄るけれど、何か買ってきてもらいたいモノある?」
弟の問いに姉が答える。
「ちょうどサラダ油が切れていたから、買ってきてもらおうかな。それとトイレットペーパーも」
「わかった」
極々普通の平凡な二組の家族……あの事件が起こるまでは。
その日、隣接する二組の家族は一緒にレンタカーに乗り込み、とある温泉地へと一泊二日の旅行へ向かっていた。
車中で姉と一緒に乗った弟が、近所つき合いをさせてもらっている、隣の家族に礼を言う。
「本当にボクたちまで招待していただいて、ありがとうございます」
ハンドルを握る父親が言った。
「会社の同僚から、都合で行けなくなったと渡された宿泊券の枚数が二枚分多かったからね……温泉旅行、楽しもう」
「はいっ」
やがて車は深山の山道へと入っていった。
日も落ちて周囲が薄暗くなってくると、娘が少し心配そうな口調で運転している父親に訊ねる。
「本当にこの道で合っているの? お父さん、民家も無くなってきたよ」
「おかしいな、さっきの枝道で間違えたかな? 標識が倒れていた、あの場所までもどるか」
その時、枝葉間から覗く、ポツンと光る明かりを見つけた兄が言った。
「あそこに明かりが見えるよ」
その言葉に、車中の家族は安堵する。
「この道で良かったんだ……たぶん、アレが温泉宿だ」
車は光りを目指して進む、近づくにつれて一同は光源に奇妙な違和感を感じはじめた。
「なんかあの光り、位置が変じゃない? 浮かんでいるように見える」
「揺れているようにも見えるよ、あれっ? 今、一瞬上下に動いた?」
父親は気にせずに車を、走らせる。
「気のせいだろう、山の中だからそんな風に見えたんじゃないのか」
「そうかなぁ、あの光り絶対変だよ」
かなりの距離まで近づいた時、光りがスゥーと横に動いて消えた。
父親は慌てて車を山道で停める。
「光りが消えた? どういうことだ?」
山道脇の平地に車を停めて、光りを探していた父親は、いきなり車体の上に出現した巨大な光源の眩しさに目を細めた。
円形の下部には光りの中に、インカ文明の文字に似た、幾何学模様が浮かんでいるのが確認できた。
兄が車体に照射される光りの中で叫ぶ。
「UFOだ!?」
車内はパニックとなり、恐怖で一刻も早くこの場から離れようとしていた家族の頭の中に、テレパシーで宇宙人の声が聞こえてきた。
《車から降りて外に出ろ》
二組の家族の瞳が操られているように虚ろに変わり、命じられるままに車外に出て整列した。
整列している六人の男女の脳内に向かって、姿が見えない宇宙人の命令テレパシーが流れる。
《着ているモノを、すべて脱いで裸になれ》
脱衣の指示に従って、六人の男女は脱いでいく……下着まですべて脱ぎ捨てると、強制野外露出が完成した。
全裸で立ち並ぶ六人の頭上へ、UFO底部から伸びてきた蛇腹の吸引口が近づいてきた。
最初に父親が頭から吸い込まれ、シューとUFO内に消えると。他の裸女や裸男も次々と吸引されていく。
母親……兄……妹……そして、隣家の姉と弟を吸い終わったUFOは、そのまま上昇して飛び去っていった。
家族が失踪した山道にはエンジンが、かけられたまま放置された自動車と、脱ぎ散らかした衣服だけが残され。
この事件はミステリアスな『男女六人失踪事件』として、連日に渡ってマスメディアで報道され……やがて、人々の記憶から忘れ去られていった。
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