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EP-01
※元は二次創作です。流血・性描写表現有り。18禁。

 それは、昔出会った一匹の狼の記憶。

 グレイヴはまだ子供だった。親と喧嘩して飛び出した先。季節はもうすっかり冬で、一面の銀世界が広がっている。針葉樹林に積もる白雪は、ある程度の量を溜めると音を立てて地に落ちた。
「………父さんの馬鹿野郎…」
 悔しかった。怒られたことが。自分が悪いことは判ってはいたが、それを素直に認めて謝れるほど、彼はまだ大人にはなりきれていない。普段頑張って妹の面倒を見る出来の良いお兄ちゃんを演じている分、感情が高まり爆発した時の反動は大きい。今回だって、切っ掛けは本当に些細な事にしか過ぎない。それでもぶつかりあってしまった激しい感情は、結局父親から貰った平手打ちでグレイヴの敗北が決まり、それに対して沸き起こる悔しさに罵声を浴びせた後衝動で家を飛び出し今に至る。
「……ちくしょう…」
 言葉と一緒に吐き出されるのは白い息。冷えた鼻先が赤くなっている。
「…何で、俺ばっかり…」
 何時も何時も優先されるのは妹ばかり。自分はお兄ちゃんなんだからと我慢を強制的に強いられる事に、何時も笑っていられるかと言うと実際はそうでもない。偶には甘えたい、甘やかして欲しい。自分だってまだ親の庇護が必要な子供なのだ。それなのに、両親は判ってくれない。無意識に要求される我慢にもう心は限界を訴えていた。
「……うぅ……」
 込み上げてくる涙を必死に堪えていると、ふと、グレイヴの耳に小さな鳴き声が届いた。
「…何?」
 一体何だろう。顔を上げ辺りを見回すと、鎖が擦れるような音が聞こえてくる。目を懲らし雪景色の中を音の発生源を探してくまなく見渡せば、一本の木の根もとに白い狼が一匹いることに気が付き固まった。
「お…おお…かみ…」
 全身が震えるのは決して寒さだけのせいではない。狼が此方に気が付き威嚇体制を取る。少しでも刺激をすれば自分の命は危ないだろう。どうして良いか分からず、グレイヴはその場で固まり唾を飲み込んだ。
「グルルルル………ル……クゥン…」
「え?」
 しかし、狼の威嚇体制はそんなに長い間続きはしなかった。立てていた耳を伏せると小さな声で一鳴きし、狼は力無くその場に座り込む。
「…なん…で…?」
 暫く狼の様子を見ていると蹲った狼は哀しそうな声を出してもう一度鳴いた。
「…………」
 細心の注意を払いながら、グレイヴはゆっくりと狼の方へと近付く。次第に見えてきたのは白い雪の上に広がる小さな紅。
「あっ!」
 グレイヴはつい大きな声を上げてしまった。
「グルルルル…ガウッ!」
 ぴんっと立てた耳。狼は牙を剥きだしてグレイヴを再び威嚇する。
「……落ち着けよ…何もしないから…」
 無抵抗だと言うことをアピールしながら小さく広がる紅い色の元へと歩み寄れば、雪の間から覗く罠が狼の左足にしっかりと食い込んでいるのが見て取れた。
「……罠にかかったのか?」
「グルルル…」
 警戒心を剥き出しに此方に向かって敵意を見せる狼。それも仕方のないことだとは思う。この罠を仕掛けたものはグレイヴと同じく人間。自分を罠に掛けたのと同じ種族の生物を受け入れろと言う方が無理だ。
「頼むから大人しくそれを外させてくれよ」
 でもこのまま放っておく訳にはいかないだろう。グレイヴはゆっくりと錆びた刃物が食い込む狼の足へと手を伸ばす。
「ガウッ、ガウガウっ!!」
「うわっ!!」
 もう少しで触れられるという距離まで手を伸ばした瞬間、凄い勢いで狼に吠えられた。噛み付かれそうになり慌てて距離を取ると、グレイヴは胸に手を当ててゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「グルルルル……」
「…そんな…どうすれば……」
 雪は相変わらず降り続いている。このまま放っておけば確実にこの狼は死んでしまうだろう。この時期に自分の足で動けないと言うことは避けられない死を意味する。只でさえ食べ物が少ない時期だ。狩りをするのも苦労をするのにこんな状態では餓死してしまうのがもう確定してしまっていると言われているのと同じ。
「……一寸待ってろよ」
 何かを思いついたグレイヴが一度狼の前に手を翳した後、今来た道を戻り始めた。
「グルルルル………」
 その場に残された狼は、グレイヴの匂いが薄れて行くに連れ威嚇する為に唸っていた声を小さくしていく。完全にその姿が降り積もる雪に掻き消えてしまったところで声を止め、揃えて置いた前足の上に頭を預けるとそっと目を伏せた。
 父親とは未だ喧嘩続行中でまだ謝って居ない。だから表玄関からは入らず裏口からこっそりと室内へと入る。
「確か…この辺に…」
 棚の中を漁れば、食べる気がしなくて残して置いた自分用のアップルパイが出てきた。
「あった!」
「……お兄ちゃん?」
「!!」
 驚いて振り返ると戸口に妹が立っており不思議そうに首を傾げている。
「何してるの?」
「しー! 良いから黙ってろ! マリー」
 慌てて妹の口を塞ぐと、グレイヴは「これは二人だけの秘密だからな」と念を押す。
「う…うん」
「それじゃあ、俺、出掛けてくるから」
「何処に行くの?」
 手に持ったカットされたアップルパイのをビニールに突っ込むと、グレイヴは再び裏口から外へと出る。
「デート!」
 理由なんて適当で良い。後ろを振り返ることなく手を振ると、グレイヴは再び狼が居る場所を目指して走った。
「雪降ってるのに!?」
「関係ないよ!! じゃあな、マリー!」

「……ウ…」
 降り積もる雪ですっかり全身が白く染まった狼は、一度鼻をひくりと動かした。
「……クゥン…」
 ゆっくりと頭を持ち上げ目を開く。先程消えた匂いが再び此方に近付いてくる。それに気が付き素早く立ち上がると、狼は勢いを付けて全身を震わせ身体に付いた雪を吹き飛ばした。
「あっ! 良かった、まだ生きてる」
「グルルルルル…」
 また人間が戻ってきた。狼の全身から殺気が放たれる。
「大丈夫だよ、何もしねぇって」
 離れた場所で足を止めたグレイヴが、羽織っていたコートのポケットから一つのビニール袋を取りだした。
「あっ…形、崩れてる」
「グルルルル……」
「ごめんな。こんな物しかねぇんだ」
 ビグレイヴから取り出された崩れたパイ。それを適当な大きさに千切ると狼の方へと放り投げる。
「腹減ってるかなと思ってさ。アップルパイだけど食べるかな?」
 目の前に落ちたパイとその向こうに立つ人間。狼は尚も低く唸りながらそれを交互に眺める。
「食べろよ。大丈夫、毒なんて入ってないから」
 不安そうに眺める狼にその食べ物が安全だと言うことをアピールする為、グレイヴは新しくパイを千切るとその欠片を口に入れ噛み砕いた。すっかり冷めてしまったパイ。それが外気のせいでより一層冷やされ堅くなってしまっている。暖かい時よりも味は落ちるが、それでも母親が作ってくれた優しい味が口の中に広がっていく。
「ほら」
 その光景を不思議そうに見ていた狼は目の前に落ちたパイに鼻を近付け臭いを嗅ぐ。暫くそうした後、覚悟を決めたように口を開きパイにかぶりついた。
「あっ」
 狼がパイを食べた。グレイヴの目の前で。それが嬉しくてグレイヴは表情を綻ばせる。
「食べた!」
「……ゥ…ウ…」
 目の前の欠片が無くなると狼は顔を上げ目を大きく見開く。
「もっと欲しいの?」
 そう言うとじっとグレイヴを見つめた後グレイヴの手元にあるビニールの方へと視線を落とした。
「一寸待ってて」
 再びビグレイヴの中からパイを取りだし千切って投げる。雪の上にパイが落ちると、狼はそれの臭いを嗅ぎ口を開いてパイを食べる。そんな行動が幾度となく繰り返される。
「えへへ」
 狼が食事に夢中になっている間、グレイヴは狼を刺激しないように少しずつ距離を詰めていた。目的は狼の左足に食い込んでいる罠を解除することだ。
「ウゥ」
 今目の前にあるパイを全て食べ終わった狼が顔を上げた時、グレイヴはもう目と鼻の先まで迫っており、狼は驚いて身を固めた。
「大丈夫だよ。何もしないってば」
 目を半分だけ開きグレイヴを睨み付けると狼は低く唸り声を上げる。
「驚かせるつもりはなかったのに…」
 狼に威嚇されなかなか距離を詰められないことに落ち込んだグレイヴは小さく溜息を吐き俯いた。
「その罠…外してやりたいだけなのになぁ…」
「……グルルルル………」
 互いに距離を置いたまま暫くそうやって向き合っていたら、次第に声を小さくした狼が諦めたように耳を垂れ甘えるような声で鳴く。
「クゥン」
「え?」
 顔を上げると目の前の狼がじっとグレイヴの手の中にあるビニール袋を見ている。
「欲しいのか?」
 そう問うと、不思議そうに首を傾げた後目を伏せ俯いた。
「えっと……」
 物は試しだ。そう思いビニールからパイを取り出し食べやすいサイズに千切り、そっと近付き手を差し伸べてみる。するとどうだろう。狼はまだ少し警戒をしながらもグレイヴの手の中にあるそれの臭いを嗅いだ後、グレイヴの手の中からパイを食べた。
「あっ」
 細かく噛み砕かれたパイの生地が狼の口から零れて雪の上に落ちる。
「俺の手の中から食べてくれた!」
 食べ終わったら今度はもっと無いのかとグレイヴの手の匂いを嗅ぎ始める狼。それが嬉しくてパイを千切り掌に乗せると再び手を差し出す。すると狼は臭いを嗅いだ後再びグレイヴの手の中からパイを食べた。それがもの凄く嬉しくて、またパイを千切って掌に乗せる。すると狼が手の中からパイを食べる。どうやらこの狼はグレイヴのことを敵ではないと認識し、少しだけ心を開いてくれたらしい。
「座っても良い?」
 その問いに狼が答えることはないと判っては居たが、グレイヴは狼に向かって微笑みながら聞いた。狼は特に吠える様子もなく視線を逸らしそわそわとしている。だがもう威嚇するつもりはないらしい。試しに傍に寄り腰を下ろしてみると、意外なことに狼の方からグレイヴにすり寄り鼻を動かして彼の臭いを嗅いできた。
「うわっ!?」
 臭いを嗅いでいる場所はアップルパイのあった場所に集中しては居たがもう敵意を向ける気配はない。
「くすぐってぇよ!」
 ふわふわの毛が肌に触れむず痒さを感じて思わず狼の顔を掴んだら、一度驚いて身を固めた後狼が鼻先をグレイヴの方へと向けぺろりと彼の顔を舐める。
「え?」
 噛み付かれると思いぎゅっと目を瞑り身構えたが、何度も唇をしつこく舐められるのでその心配は杞憂に終わった。恐る恐る目を開くと、目の前に眼を大きくした狼の顔があり白い息を吐いている。
「撫でても平気かな?」
 試しに頭をそっと撫でてみる。狼は心地よさそうに眼を細め頭を擦り寄せた。

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あきゅろす。
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