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後日談
 ブランがイェツラーには、当分戻らないことを決め、アッシャーで知り合ったナミルの家に居候し始めてから数週間が過ぎたある日の事。

 ナミルから書庫の整理を仰せつかったブランは、今現在地下にある書庫に居た。
「うわぁ…スゲェ…」
 地上にある掘っ立て小屋の様な住まいからは想像出来ない空間が地下には広がっている。
「これだけの量、よく集めたな、ナミルは」
 棚に綺麗に整理された沢山の本。それに目を奪われたブランは、軽い立ち眩みを覚え危うく持っていたカンテラを落としてしまいそうになる。
「おっと!」
 カンテラが手から落ちないうちにフックにつり下げると、指定された本を探して蔵書の背表紙を眺め始めた。
「えーっと……」
 渡されたリストに書かれたタイトルを目で追って探す。探すと言う単純な作業な筈が、これだけの量があると物凄いめんどくさいものに変わる。落ち葉の中から新しく落ちた落ち葉を探す。その辺に転がる石の中から小さな小石を見つけ出す。そうやって見つけ出された本は、ブランの手の中に一冊、また一冊と増え続け、その重さはだんだんと増してくる。そんな気の遠くなる作業をひたすらに繰り返すこと数時間。
「これで……最後っ…だ!」
 漸く指定された本の最後の一冊を見つけたブランは、勢いよくその本を引っ張り本棚から抜き取った。
「………ふぅ」
 本を抜き取ったことで出来た黒い隙間。何だかその奥に何かが潜んでいそうな気がして反射的に身体が震える。
「やっと上に戻れる」
 此処にある蔵書は非常に気になるが、地下の空気は濁っていて居心地が悪い。兎にも角にも一分、一秒でも早く外へ出たいと願うブランは、急いで取り出した本を纏めると両手に抱えて立ち上がった。
「カンテラは………でっ!」
 両手が塞がったせいで持ってきた灯り取りのカンテラをどうするか考えて居た所でブランの脳天目掛けて落ちてきたのは一冊の本。それはブランの頭を直撃し、重たい音を立てて地面へと落ちる。
「…んだよ…ったく…」
 足で蹴り飛ばし表紙を確かめると、タイトルの掠れた皮の表面が目に止まる。
「何の本だぁ? 一体」
 気になって拾い上げそれを確認してみるが、そのタイトルに覚えは無く傾げた首。
「………何の本か全く判らん」
 適当な棚に戻そうとしたところで上の部屋から大きな物音が聞こえ、ブランは慌てて階段を駆け上った。
「ナミル!?」
 …だが、呼んだ名前から帰ってくる返事は…無い。
「…おかしいな…」
 兎に角、一度持っていた本を机の上に置くと、地下に戻ってカンテラを回収する。書庫の扉を閉めカンテラの明かりを消し壁に掛けた後、机に置いた蔵書を指定された部屋へと移動し任務完了。
「……あ。これ…」
 と、そこで気づいたのが一冊だけ指定されていない本。
「慌ててたから一緒に持って来ちまったよ」
 余ったそれを手に取りどうするべきか考えたが、再び地下に降りるのは面倒だし、地上の書物に興味が無い訳じゃ無い。結局、暇潰しに活用しようと借りることに決めたブランは、ナミルに許可を取る気べく家主の姿を探して歩き出した。
「ナミル−?」
 次々に部屋の扉を開き家主の姿を探すが、見慣れた黒髪は何処にも居ない。
「あれー?」
 最後に辿り着いた玄関先。ピンで止められたメモ帳の存在に気付き、ブランは乱暴にそれを引っ張り破り取る。メモには几帳面な字で、『買い物に出掛けてくる。留守番を頼む』と書かれて居た。
「ありゃ。買い物に行ったのか」
 …ということは、今現在、この家には自分とあまり仲が良くなったとは言えない、家主の友人である悪魔と二人きり。なるべく顔を合わさないように注意しよう。以前自分の中で勝手に決めた取り決めを守るべく、ブランは寄り道せず自室として宛がわれた客間を目指す…つもりだった。
 いや。正確には自室に無事辿り着いた。戻った部屋でナミルが帰ってくるまで勝手に拝借した本を読み時間を潰そうと考え、ベッドに腰掛け本の表紙を捲る。書かれた文字を目で追い、挿絵を眺める一連の行動。
「……何だ? この本」
 途中まで捲っていたページ。それを音を立てて閉じると、ブランは本を目の前にして思わず顔を顰める。
「一体何の本なのか、さっぱり判らない」
 そう。持ってきた本はブランの知識には無い不可思議な事ばかり書いてある不思議な内容の載った本だったのだ。
「駄目だ、駄目だ! これじゃあ暇潰しにもなりゃしねぇ!」
 そう言ってベッドの上に放り出された一冊の本。
「…………」
 だがしかし、内容は気になって仕方ない。
「………アイツなら…何が書いてあるのか判るのかな?」
 元々無類の本の虫であるブランにとって、読めない本というのは非常に居心地が悪かった。
 暫く迷った末決意した彼は、その本を持って立ち上がり、真っ直ぐにムストの部屋を目指して歩き出す。
「…………良し」
 深呼吸は三回。心を落ち着かせた後、ブランは意を決して扉を叩いた。
「んだよ?」
「ちょっと良いか?」
 扉を開けると、眠たそうに身体を起こすムストの姿が目に止まる。
「寝ていたのか?」
「んー……ちょっと…昼間は苦手」
 大きな欠伸をしながら伸ばした上半身。
「……で、何?」
「この本なんけどな…」
 何となく綺麗だななんて思ったのは、一瞬の気の迷い。それを否定するかのように首を振ると、ブランは持っていた本のページを適当に捲ってムストの方へと差し出す。
「どんな内容が書いてあるか、お前には判るか?」
「んー…?」
 ブランから差し出された本に手を伸ばし、未だ完全に覚醒することのない頭で、ムストはそれを眺める。開いたページが拙かったのだろう。目に飛び込んできたのはえげつないエロ画像。一瞬、ムストの頭の中が真っ白になる。
「………セックス」
「は?」
「これはセックスの指南書だ! アホ!!」
 余りにも予想外の展開に、混乱したムストが大声を張り上げながらブランの頭を本で叩いた。
「ちょっ、痛てぇ! 何すんだ! ムスト!!」
「何だってお前、こんなの持ってんだよ! アンタ天使だろうが! 何? ずっとこっちにいるから色欲に興味でも持った訳!?」
 墜ちてくれるなら万々歳。…なんてそんなアホなこと言うかー!! ボケナス!!なんて、未だ混乱し続けるムストの頭は正常な判断が出来ず、訳の分からないことを叫びながらブランを容赦なく殴り続ける。これ以上殴られるのはゴメンだと伸ばした腕でムストから本を奪い取ったブランは、本を一度サイドボードへ移動すると、ムストの両手首を掴みベッドへと押し倒した。
「いい加減にしろ! 流石に痛いだろ!!」
「痛くなるように殴ってるんだ! このうすらボケ!」
 無言の睨み合いが暫し続く。
「ったく、ホント、悪魔って言うのは口が悪くて可愛げが無いな!」
 手を離したら今すぐにでも噛みついてきそうな勢いに身の危険を感じ、投げ出されて放置されていたタオルを発見するとそれを使ってムストの両手首を縛り上げ、余った布の部分をベッドのパイプ部分へと括り付けた。これで少しは落ち着いて話が出来るだろう。縁に腰掛け吐いた溜息が、心なしか大きい気がする。
「………で、何なんだ? セックスって」
「はぁ!?」
 サイドボードに置いた本を手に取ると、ブランは真剣な顔でムストに聞いた。
「お前は今、この本がセックスってやつの指南書だと言った。セックスって何なんだ?」
「ちょっ…冗談?」
「本気だ。嘘を言ってどうする」
「……………馬鹿?」
 目の前の天使は何処まで穢れ無く清いと言う事をアピールすれば気が済むのだろう。違った意味で襲われる眩暈にムストはがっくりと肩を落とす。尤も、腕が頭上で縛られているからそれは表現としての行動と言うことになるが。
「簡単に言えば、女の孔に男の竿を突っ込んで、中で精子を出せば女が妊娠して子供が出来る。そう言う事」
 判った? そう目で訴えると、ブランは面白いほど奇妙な表情を浮かべ首を傾げる。
「さっぱり判んねぇ」
「………だよな」
 そもそも、こういう話を天使であるコイツにすること自体が間違って居る。疲れは二倍に膨れあがり、ムストはぐったりとベッドの上に身体を投げ出した。
「どうでも良いけど、コレ解け」
「これに書いて有る通りに行動すると何か判るのか?」
 その言葉はほぼ同時に発せられる。
「え?」
「書いてある内容にちょっと興味が沸いた。なぁ、ムスト。ちょっと付き合えよ」
「は? ちょっ、何言って…うわっ! ばっ…」
 最悪なことに抵抗したくとも両手は拘束されベッドに縛り付けられている。目の前には無茶苦茶マジな顔をして本を片手に自分を見下ろすブランの姿。背中に伝うのは嫌な冷たさのある汗だ。
「ぼっ…暴力はんたーい……」
「暴力をするなんてこの本には書いてねぇぞ? この本に書いてあることをただ実戦するだけだからな平気だろう? 心配するな、ムスト」
 ムストはこの時初めて、天使とは本気で恐いものなのだと言うことを肌で感じ取った。
 コレって…絶対絶命の大ピンチ? 神様なんて信じてないけど、助けて! 神様!! ヘルプミー!!

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あきゅろす。
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