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04
「全く。爵位を持ち部下を従える程の者が、よくもまあ争いの火種を自己生産出来るものだ」
「不可抗力ってやつだ。仕方ねぇだろ?」
 背後で笑うムストから再び視線をブランへと戻したナミルに、ブランはすっと手を差し伸べて此方に来るよう指示を出した。
「早くソイツから離れろ! 今はまだ何もしていないみたいだから今ならまだ救われる。お前もさっさとこの家から出て行け! 昨日の約束通り、一度は助けてやろう。そして二度と俺の前に姿を現すな! 判ったなら早くしろ!」
「……噂通り、酷い高慢だな、これは」
 一度盛大に吐き出された溜息。
「人間!」
「黙れ! 高潔なる者よ!」
 これ以上ブランが吠える事の無いよう、ナミルは怒号をあげ一喝する。
「良いか! 此処はお前の住むイェツィラーではない、アッシャーだ!」
 突然変わった口調に怖じ気づいたブランが怯んだ隙を突き、ナミルは尚も強く言葉を続けた。
「それに此処は俺の家だ! 俺の家に居る以上、お前達はこの家のルールに従って貰う! 無益な争いは止め、大人しく席に着け。それが出来ぬと言うのならば、今すぐ此処から出ていけ! 判ったな!」
 有無を言わさぬ強い口調。
「……どうするよ? 天使さん」
 ナミルの背後でムストが困った様に笑う。
「外は夜だ。アンタの翼じゃ目立ちすぎる。だからイェツィラーに向かうためのゲートに戻れないんだろう?」
「黙れ、下衆が」
「そうは言っても、どうしようもねぇじゃん。此処は大人しく家長に従うべきだと俺は思うんだが」
 ブランは暫し考える。確かにムストの言う通り闇に溶け込めない白は酷く目立つ。その上、夜の世界は魔の眷属の力の方が増す。不用心に行動を起こし悪魔に見つかっては堪ったものではない。身体に傷が付けば同僚の小言は増えるし、最悪アッシャーへ降りることを禁止されてしまう危険も伴う。
「どうするんだ? 高潔なる者よ。俺の友人と共に卓を囲むのか? それとも夜の闇の外に放り出されるのが良いか? さあ、選べ」
「………判った。同席を認めよう」
 苦渋の選択。ブランは唇を噛むと大人しく席に戻った。
「宜しい」

 対立するものと何処にも属すことのない中立者。おかしな空間が小さな小屋の小さな部屋に出来る。
「然し、妙な具合になったな」
 作った料理を小皿に取り分けながらナミルが両者を見比べて呟いた。
「妙な具合…か」
 それに同意するかの様にムストは頷く。
「俺的には最悪なんだけども」
 一人ごねるブランは差し出された皿を手に取った後、向かいに座るムストに一瞥をくれてそっぽを向いてしまった。
「……まぁ、対極にある訳だから仲良くしろとは言わないが、せめて同じ空間に在る以上、その態度は何とかならないのか? ブラン」
「あ! 馬鹿!! 名前…」
 慌ててナミルの口元に手をやったが、時既に遅し。
「へぇ…アンタ、ブランって言うんだな」
 ブランの名前はしっかりとムストの耳に入ってしまった後だった。
「最悪だ…悪魔に名を知られるなんて」
 益々不貞腐れるブランに対して、面倒事を嫌うナミルは複雑だという様な表情を。困ったねと眉を下げるムストは渇いた笑いを零す。
「俺はムストだ。天使のブランさん」
「……何だと?」
 ムストと名乗った悪魔に視線を向ければ、相手はにっこりと微笑み「片方だけ名乗るのはフェアじゃないからな。これであいこだろ?」と声をかけてくる。
「お前…名を知られることがどういう事か判っているよな?」
「ああ、知ってるぜ」
「ならば何故対立する者にそうあっさりと名を明け渡す?」
「だって公平じゃないだろう? 片方だけが片方の情報を持っているってのはさ」
 それが当たり前。そんな風に言い切る彼は、矢張り何処か変だった。ブランの知っている悪魔には無い反応。それに対しての戸惑い。
「…というか、俺が散々ムストと呼んでいたのだから、わざわざ名乗らなくとも名前くらいは判っていたんじゃないのか?」
「あ…」
 何とも場違いな突っ込みに、両者が間抜けな表情を浮かべて固まる。
「……その調子だと、互いに気付いていなかったな。間抜けめ」
 何処かぎこちない空気。それでも争うことはなく無事終わる食事の時間。
「あっ、手伝うわ、俺」
「別に構わないんだが…」
 食器を片付けるナミルに手を差し出したのはムストの方。
「俺も手伝おうか?」
「いや。アンタは客だから気を遣わなくて構わない。ゆっくりしていてくれ」
 無駄に芽生えた対抗意識にそう提案してみたが、それはあっさり断られてしまった。
「何か…つまらないな」
 人間と悪魔。本来なら殺すべき対象と護るべき対象が仲良くしている不思議な光景。あの悪魔と出会って以来イレギュラーな事が多すぎてどう情報を整理すればいいのか判らなくなる。
「あの人間は一体どういうつもりであの悪魔と一緒に居るんだろう」
 初めてあった時から予想外のことばかりしてくる不思議な悪魔。
「そして、あの悪魔は何故あんなにもあの人間のことを可愛がって居るんだ」
 悪魔の存在を肯定しそれを友だと言う人間。
「……悪魔は所詮悪魔なのに…何故だ…?」
 頭の中で湧き出す様々な疑問。
「今は大人しくしているが、何時か牙を剥いてあの人間を殺すかも知れないんだぞ? それでも友と言うのだろうか?」
 認めることが出来ない現象にブランは頭を抱えて唸った。
「何れにせよ、あの悪魔をこのまま見過ごして置くわけにはいかない。あの人間の為にも…そして…」
 自分自身の為にも。最後の一言は言葉に出さず胸の中でそっと呟く。
「……殺してしまおう」
 一切の感情の感情が消えたブランの瞳に暗い火が灯る。
「不浄なる者の存在を許してはならない。それが神の教えであり、俺達の理念でもある」
 ゆっくりと持ち上がった頭。何処までも冷たい視線が、楽しそうに会話を楽しむ悪魔の背中へと真っ直ぐに突き刺さった。

 宛がわれた客間に一人。ブランは灯り取りのランプの中で揺れる火をじっと見つめている。夜を待って寝首を掻こうと模索していると、ふと廊下の方で人の動く気配を感じた。悟られないようにそっと扉を開けると、悪魔が部屋から出て何処かへ向かう。
「……絶好の機会…という事か」
 出来る事なら人間に悪魔を始末しているところを見られたくない。気配を完全に消し、悪魔の後を追う。
「…………」
 この家では割と広い方に入る部屋の一角。大きな観音開きの窓を開き窓枠に腰掛けると、ムストはぼんやりと星空を眺めた。漆黒に浮かぶ小さな煌めきが好きだ。それが例え命の篝火だとしても、それが綺麗だと感じる事には変わりがない。世界を照らす太陽の光はムストにとって眩しすぎる。その為昼間という時間は苦手だと感じ、専ら活動する時間は夜に偏ってしまうことが多い。
「………何でアイツが居たんだろう…」
 考えるのはナミルに招かれた客人のこと。
「…どっちにしたって、好かれてる風ではないっぽいか」
 夜気が窓をすり抜け室内へと忍び込んでくる。風の流れに目を向ければ、廊下の奥で空気が動く気配を感じムストはふっと表情を崩した。
「……ははっ。殺気。隠してても隠しきれてねぇよ、バーカ」
 争いを起こすことは好まない。何よりそれを契約した主であるナミルが望まない。それに、争いを起こすこと自体が面倒臭い。さて、どうするか。ムストがこの後の行動をどうすべきか考えて居ると、殺気を感じるのとは別の方からもう一人の気配が動き出したことに気付く。
「……ムスト?」
「何だ? ナミル」
 先に部屋に現れたのはナミルの方。
「眠れないのか?」
 そう言って近寄ってくる彼は、小さな欠伸を零した後、眠そうな目を擦った。
「まあな」
「天使と同じ場に居るからか?」
「そうじゃねぇよ。元々、俺、夜型だし」
 星が綺麗だぜ。そう言って手招くと、覚束無い足取りで目の前に立つ友人。
「ムスト」
 ナミルが広げたムストの腕の中に大人しく収まる。
「歌え」
「は?」
 甘えるように頬を擦り寄せながら強請られた要求に、ムストは間抜けな返事を返した。
「久しぶりに歌が聴きたい。昔は良く歌ってくれただろう?」
「んー…まぁ、お前、夜になると中々寝付けなかったからな。仕方無く…だ」
 歌は余り得意ではないから勘弁してくれ。そう言って遠回しに嫌だと言ったのだが、ナミルの目が真っ直ぐにムストの姿を捉えそれは駄目だと断られた。
「……仕方無いな…全く」
 子供をあやすように優しく背を叩きながら、ムストはゆっくりと息を吸い込む。
「遠き時間、白む世界…」
 静かな空気に織り込まれていくように、ムストの声が部屋に、外にと響き出す。
「白き翼は夢を見る」
 ナミルはそっと目を閉じ、その歌に聴き入った。

 遠き時間 白む世界 白き翼は夢を見る
 神に愛され神を求め 世界の全てが祝福されていると信じ そっと伏せた汚れ無き瞳
 ある日白き翼 人と出会う
 土塊息吹で作られし 神の遊びの駒人形
 大地を耕し実りを得 性を営み命を得る
 見捨てられた世界の最果て 人は逞しく生きていた
 恵まれぬ限られた世界で はち切れんばかりの命を燃やし
 人は小さな幸せ探す
 その姿 とても輝いて見えた
 ふと 白き翼 心が揺らいだ
 それがとても羨ましいと 何故だかそう心に思う
 何時しか白き翼 人に憧れを抱く あれを求め感じてみたいと
 遂に白き翼 決意を固める
 降りし大地 立つ足の固さ
 白き翼は初めて歩く 人の息づく大地の上を
 その地で白き翼 様々なものを得た
 以前に住まう世界では 手に入れられなかった尊い何か
 しかしその大気 白き翼を汚れに染める
 純白だった美しい翼は何時しか黒く染まり行く
 白き翼 天へと帰れず 神はそれに怒り裁く
 白き翼は黒く染まり 剥奪された楽園への鍵
 更に下へと堕とされて 辿り着きしは暗き闇
 白き翼 天へと帰れず 何時しか其処に住まう魔へと変わる
 未だ忘れぬ楽園求め 黒き世界で涙を流す

 いつしかナミルは小さな寝息を立てて眠ってしまっていた。
「狡いよなぁ。自分だけさっさと寝ちまうなんて、さ」
 そうは思わないか? そう廊下に向かって声を掛ければ、空気が動き奥の暗がりからブランが姿を現す。
「……そうやって…相手を油断させて魂を奪うつもりか?」
「んー? そんなことはしねぇよ。する必要もねぇし」
 ムストの腕の中で眠るナミルは何処までも無防備で、それが信頼関係の上で成り立っているのだと言うことは見て直ぐに判った。
「コイツはさ…俺の家族みたいなもんだ」
 悪魔にしては珍しく慈愛に満ちたその表情。穏やかな空気を纏う闇を携える者が腕の中で眠る者の背を優しく撫でる。
「コイツ自身が俺の事をどう思っているのかは知らない。でも、俺はコイツのことを弟のような存在だと思っている。可笑しいと笑うか? 悪魔の俺が人間に対してこんな感情を抱くことがさ」
「……可笑しいと思うのは当然だろう? お前にはそんな感情、有るはずもないんだから」
 愛を説き慈しみを与えるのは清らかな者に与えられし特権。闇に墜ちた穢れし者にあるものは偽りと欲望。それがブランの知る摂理だ。まるでマニュアルに書いてあるような文句をつらつらと述べると、ブランはムストに近付きその存在を見下す。
「なぁ、アンタ、知ってるか?」
「何を」
「何故、俺達は白と黒なんだろうな」

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