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 夢の中のソイツは、何時だって寂しそうに笑うんだ。『ごめん』という謝罪の言葉を告げ引かれたトリガーの音だけがやけに記憶に残る。アイツは…一体…誰だ…?

 小さな欠伸を零し男は眠そうに半分伏せた瞼を擦る。
「怠い…」
 腰掛けた愛車のボンネット。特に何をするわけでもなくそこに座り続けて何十分たったのだろう。誰も居ない駐車場は酷く寂しい。不自然に立つ一本の街頭が、心許ない灯りを落とす。
「……腹……減ったな………」
 そう呟いた男の顔は何処かしら寂しそうで。何故わざわざこの様な人気のない場所に居る必要があるのだろう。もし、この場に彼以外の誰かが居たら、そう疑問に思う事だろう。腹が減ったのなら空腹を満たすために食べ物を手に入れればよい。金さえあれば食べに入るのも、持ち帰りで買うのも出来るはず。しかし、男は何故かその場から動こうとはしなかった。
「………………」
 羽織っていたジャケット。そのポケットに突っ込んでいた手を静かに抜き取る。広げられた手の平の中には、酷く古ぼけた小さなロケットが一つ。蓋は既に壊れてしまっている。中にあった絵も酷く汚れて判りにくい。
「……いつ…あえる…?」
 そこに描かれているはずの人物のシルエットを指でなぞりながら男が呟く。
「はやく……あいたいよ……」
 ずっと探している人が居る。忘れられないたった一つの存在。いつも、もう少しという所までは辿り着けるのだが、掴もうと手を伸ばした瞬間、その存在は陽炎のように消えて無くなってしまう。そして何時だって連れ戻されるスタート地点。男はずっと探している。その忘れられない存在の事を。

 相変わらずの薄暗い部屋。ぼんやりとソファに寝転がり天井を眺める。咥え煙草は良くないと色々な相手に言われるが、どうにもこの癖は抜けそうにない。視界では捕らえている煙草の状況。灰が落ちそうだなと思えば、無意識に腕が灰皿を探しに伸び、既に何本か積まれている其処に堪った物を叩いて落とす。今日の予定は今のところ無い。放置された携帯電話が鳴る気配は一切無かった。
「……寝る…かな……」
 気怠げにその場から起き上がると、半分ほど燃えかすになって短くなった煙草を灰皿に擦り付けて火を消す。別に一睡もしていない訳ではないのに、身体は全く休まらず思考が鈍い。それもそのはずで、数時間おきに繰り返される覚醒のせいで、身体が上手く休息を得られていないのだ。眠れない理由は分かっている。
「あの夢……」
 夢を見るのが恐い。この年になって悪夢に脅えるだなんて笑える話ではあるが、ヴァルにとって何度も繰り返される自分の殺害シーンは矢張り精神的に良い影響を与えるはずもない。しつこく繰り返される悪夢には一体どのような意味があるのだろう。理由が分かれば多少は気が楽になるだろうに、何一つ判らないこの状況が憎々しく思えて仕方がない。
「イライラする…」
 何時だって自分を殺す相手は哀しそうに笑い謝罪の言葉を述べる。
「………ちくしょう……っ…」
 そして、消える命。全てが其処で終わり現実に引き戻されるのだ。ずっと繰り返し。壊れた機械のように。
 寝室に移動しベッドの上に倒れ込むと無意識に瞼は閉じる。睡魔は直ぐにやってきた。何時の間にか立て始めた寝息。それにヴァルは気付くことはない。
 何時の間にか変わってしまった風景。この映像には覚えがある。見覚えがあるからこそ余計に苛々が積もる。
「……マタカッ!」
 夢を見たくないと願っても、それは自分の意志を汲み取ってはくれないようで。今日もまた狩られる。とても嫌な気分だとヴァルは思った。
『目が覚めたか?』
「?」
 不意にかけられた声に反射的に振り返る。
『良かった。もう…目覚めねぇかと思った』
「……アン…タ……ハ…」
 気配を全く感じなかったのに突然現れた男が一人。その顔には見覚えがあり働いた警戒心に身を堅くし警戒を示す。
『そんなに脅えるこたぁねぇだろ? ただ……少し、話がしてぇんだ』
 嫌われているという自覚はあるらしい。男が困った様に眉を下げた。
 驚いたことに夢は、少しだけ内容を変えたようだ。今までこの様に自分を殺す相手と話をしたことは無い。それなのに、今日の夢はどうやら、この男と言葉を交わす事から始まるらしい。
『俺の名前は×××。お前さんは×××だろ?』
「ア……アア…」
 相手は確かに名前を口に出してはいるはずなのに、その音が耳に届いてこない。しかし、それを疑問に思う訳でもなく、ヴァルの口は自然と相槌の言葉を呟く。
『久しぶりだな。元気に………してたか…?』
 まるで何年ぶりかに会う親友の様に話掛けて来る相手に戸惑いを隠せない。夢の内容が変わったことに意味はあるのだろうか。ヴァルは一人考える。
「ゲンキ……ワカラナイ…」
 自分の身体の筈なのに、口は自分の意志に反して勝手にその問いに受け答えを返す。どうも上手く思考と行動が連動しない様だ。強烈な違和感を感じてもそれをどうする事も出来ず大人しく成り行きに任せるしかない。
『それでも、お前と出会うことが出来て良かった』
「……………」
 隣で男が微笑む。
『会いたかったよ。ずっと、ずっと。探して居たんだ、長いこと』
「サガシテ…」
『そう』
 何時もとは異なるその表情は、気恥ずかしそうで嬉しそうなもので。伸ばされた手が軽く自分の頬を撫でると、何故かそこから懐かしいむず痒さが全身へと広がっていく。
『見つける事が出来て良かった』
 次の瞬間、視界が大きくぶれた。
『会いたかったんだ、ずっと…お前に…』
 この人は何だろう。抱き込まれた腕の中。
 ヴァルには何一つ判らない。何故この人がこういう行動を取るのか、何故この人がこういう事を自分へ訴えてくるのか。ヴァルに判る事は、今、自分に会いたかったと告げ嬉しそうに自分の事を抱き込むこの男が、今までは自分を殺してきた相手だと言う事だけだ。
『………………たかったから……』
「え?」
 自分の声に驚いて開いた瞼。
「いま……の…は………」
 気が付けばベッドの上。夢はどうやら終わりらしい。
「今のは…一体…何だ……?」
 うつ伏せたままの身体を起こすとベッドに座り込み辺りを見回す。視界に入るのは薄汚れた部屋の壁。狭い寝室は自分の良く見知った自分の部屋。これも夢かと思ったがどうも違うらしい。これは確かに現実で、自分が存在する世界だと言う事に気が付き胸を撫で下ろしたヴァルが呟いた言葉。
「今日は……殺されなかった……」
 そう。確かに夢の内容は変わったのだ。
「何を意味しているんだろう…」
 この夢には何か意味がある。そんな気がしてならない。
「やっぱ…親父に…相談してみるべき……かな……」
 さて、どうこの状況を説明しよう。ヴァルは余り上手く働かない頭をフル稼働させながら、起きっぱなしの端末を求めてベッドを降りた。

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あきゅろす。
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