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 あの時、幸いにも父親だけは外出しており難を逃れていた。帰宅した父親が狂ったように泣き叫ぶヴァルに驚き何があったのかを問いただす。ヴァルが告げた言葉は俄に信じられない事ではあったが、それを攻めることをせずに彼は自分の子供を必死に宥めた。
 被害にあったのは彼の妻と娘。息子の説明では、妹であるアイラが母親を襲い自分も襲ってきたのだと言っていた。確かに彼の妻の身体は人間によって食いちぎられた後が何箇所か残っており、それは娘の歯形と完全に一致する。しかし、なんだって自分の娘がこの様な事をしたのだろうか。
 一つ奇妙な事があるとすれば娘の身体に残された醜い歯形だ。それは人間の物とは異なり、どうやら犬の様な動物のものであるという報告を検屍を担当した医者から聞かされた。警察に確認したところ、そのような動物はあの家には居なかったと。当然、彼にもペットを子供達に買い与え育てるように指示を出した記憶はない。一体その歯形は何処で付けられた物だろう。
「……ごめんなさい……とうさん……」
 家に帰ることは出来ない。そのために警察で手配して貰ったホテルに息子と二人。
「おれ……あいらを……」
「いいんだ、ヴァル。がんばったな……」
 寒がるように震える息子に毛布を掛け、彼はそっとその身体を抱き込む。
「お前だけでも無事で良かった」
 誰が悪い訳ではない。自分の行動を責めるように謝り続ける息子の背中を撫でながら吐き出した息。これから自分は何をするべきなのだろう。崩れてしまった平穏は、もう二度とは取り戻すことが出来ないと彼は悟る。
「お前だけでも…無事で……良かった……」
 ヴァルの言う通り自分の娘を壊したのが腕の中に居る息子だったとしても、それを責めることはしたくない。優しくされる事で張り詰めていた物が一気に弾けたのか、ヴァルは再び泣き出してしまった。それを時間を掛けてゆっくりと宥めながら、彼は今後の自分たちの事を考え始める。静かに夜は更けていく。先程起こったばかりの現実離れした光景を掻き消していくかのように。

 この両手にはあの時の感触が未だ残された未だ。妹を壊したその感触を忘れさせてくれない。あの日から、ヴァルの生活は一変。学校を辞め、父親と様々な場所を歩き渡るようになった。残されたたった二人の家族ではあったが、それなりにヴァルが成長していたことが幸いし、差ほど大きな問題が起こることは無い。住んでいた家は当然引き払った。家から持ち出したのは必要最小限の物だけで。葬儀は手早く身内だけで済ませた。余りその場に引き留められることを両者共に嫌がった為だ。状況が状況なだけに土葬はせず、愛した妻と娘の身体は火にかけ灰へと変える。
 家を失った後は車とモーテルと、知り合いの家を転々とする生活で。しかし、その方が逆に都合の良いことも実際にありはする。家族の幸せな時間が壊れてしまった原因を知りたい。何かに取り憑かれたように調べ出した父親を、ヴァルは影ながら支え続けた。彼だって何故あのように妹が変化したのか知りたかった。だから父親の言うことに素直に首を縦に動かし、その指示に従い出来る事は率先して手伝うようにしていた。そうやって見えてきたのは化け物という存在。この世界には自分たち人間の他に、人間に上手く擬態はしているが全く性質の異なる種族の生物が居ることを理解する。それに気付いてからというもの、彼らは注意深く人を観察するようになった。何度もそれを繰り返していれば自ずと見えてくる両者の違い。そして彼らは出会う事になる。始めて彼らがハンターとして手を下したターゲットという存在に。
 彼らが始めて始末したのはとても綺麗な女性の形をした吸血鬼だった。
 情報を仕入れてから着々と準備を進め狩りのタイミングを見極めるためにひたすらに待ち続ける。その日は嫌に色の赤い満月が空に輝く日だったのを今でもヴァルは覚えていた。
 父親は元々射撃が得意で、軍の仕事を引退した後も偶に射撃場へ足を運びその腕が鈍らないように日頃から訓練を続けていた。それに幼い頃から付いていたヴァル自身も、父親から直に教えられいつの間にか人並み以上に銃を扱える腕にまで成長はしている。だが、一度も生物を撃ったことはその時まで無い。手の中のライフルをしっかりと握り込みヴァルは深呼吸を繰り返す。
「緊張しているのか? ヴァル」
「……そんなこと無いよ、父さん」
 強がりは言っても身体の震えは止まらない。それを見抜いた父親が、柔らかく微笑むと優しく彼の頭を撫でた。
「俺だって緊張はしている。お前と一緒だな」
「……何だよ、バカにすんな!」
 妻と娘が亡くなってからその日で二年と三ヶ月近くの月日が流れていた。その間に息子は大分成長したらしい。体付きも一回り大きくなり、随分とがっしりとした体躯になったと彼は思う。だが、それでも息子は息子で、いつまで経っても彼の子供には変わりがない。
「馬鹿になんてしていないぞ? 何時、俺がお前の事を馬鹿にしたんだ?」
 そう言ってやれば、直ぐに向きになって食って掛かるのは幼い頃のまま。
「そうやって言う言い方が、物凄く馬鹿にしてるように聞こえるんだよ! 馬鹿親父!!」
「ははっ、そうか。悪かったな」
 残された息子が思いの外素直に育ってくれて良かったと彼は小さく胸を撫で下ろす。
「あっ、来た」
 自分をからかう父親は放っておくことに決めたヴァルが視線を前の通りに戻したときだ。通りに二つの人影が現れた。
「父さん、あの女の人がそう?」
「……………ああ」
 手渡されたモンタージュと路地に現れた人間を見比べ男は小さく頷く。
「……見た目は全然人間と変わらないね」
「そうだな」
 幸い、敵にまだコチラの存在を気取られては居ない。気配を消し目を懲らす。状況を見るためしっかりと視線で二人組を捕らえ息を呑む。どうやら男の方は酔っ払っているらしい。ケラケラと陽気な声が通りに響いた。
 これは持久戦になるものかと覚悟を決めたときだ。
「!」
 女が行動を開始する。
「おいおい、やめろよなぁ〜。こんな広いところでやるつもりかぁ?」
「ふふふ…」
 男はどうやらセックスを強請られていると勘違いしているらしい。言葉では嫌がるものの満更ではない様子で、自分の首に腕を絡めて抱きついてくる女の身体を抱き込むと、口付けを交わすべく彼女の形の良い唇に自分のそれを近付けた。
「シャァァァ!!」
「え?」
 男には何が起こったのか判らなかったのだろう。それは実に一瞬の出来事で。次の瞬間には、女の頭が男の喉元に張り付くようにして存在している。
「ヴァル!」
「判ってるよ、父さん!!」
 男の合図を受けてヴァルが隠れていた物陰からライフルの銃口だけをターゲットに向ける。照準は素早く正確に定めなければならない。狙うのは男の喉元に存在している化け物の頭部。光量が少ないため状況は見え難いではあるが、働く勘と大凡の起動を把握すると、ヴァルは躊躇うことなくトリガーを手前に引いた。発砲音を殆ど出さずに銃口から射出される弾が、起動をずれることなくターゲットへ向かって飛んでいく。時間にしたらほんの僅かなそれ。女の頭部が大きくぶれ二人の人間の身体が地面へと崩れ落ちた。
「父さん!」
「気を抜くな! 安心するのは未だ早いぞ、ヴァル!」
 敵の生死を確認する前から武器を下ろすのは未だ早い。そう息子を叱りつけ、男は素早く地面へと崩れ落ちた二人組へと近寄った。ワンテンポ後れてヴァルもそれに続く。いつの間に装備したのだろう。男の手には一丁の使い古されたリボルバーが握られている。
「グッ……ガッ……」
 頭を射貫かれた女が身体を痙攣させ視線を彷徨わせているのが目にとまった。
「まだ…生きてやがる……」
 女に合わせていた視線をスライドさせ男の方を見ると、コチラはか細い呼吸を繰り返しながら焦点の合わない目を左右に動かしている。噛みつかれた傷口から流れ出す血液が黒いアスファルトの上に広がり染みを作っていく。これは後でこの男も始末しなければならないだろう。そう思い再び女の方へと戻した視線。
「ガァァッッ!!」
 女と一瞬目があった。次の瞬間、女が勢いよく上半身を跳ね起こし男に向かって腕を伸ばしてきた。
「父さん!」
 ヴァルの声が通りに響く。後れて手に伝わる反動。
「……とう……さん……?」
「ああ、大丈夫だ…ヴァル…」
 動きは実に素早く無駄がない。戦場で培った経験が今、この場で、この様な形で発揮される。反射的に撃ち抜いた弾は女の眉間に命中し完全に脳を破壊したようだ。
「しん…だ……?」
「おそらく」
 念のため、あらかじめ用意してあった死人の血を倒れた女と未だ視線を彷徨わせている男に素早く注射し、白木で作った杭を胸に打ち込む。
「ヴァル! 済まないが車を回してきてくれないか?」
「判った、父さん」
 放り投げられた車のキーを上手くキャッチすると、ヴァルは言われた通り路上に駐車してある父親の車を取りに走った。

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