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09
 吸い込まれた弾丸。ブラッドが押さえていた化け物の体が痙攣し、やがて完全に動きを止める。
「なんだかんだ言いながら、テメェも結構容赦ねぇな」
 完全に相手が沈黙したことを確かめた後、ブラッドはナイフの刃に付いた血を服の裾で拭いながら立ち上がった。
「下にいる奴も同時に始末するなんて流石じゃねぇか」
「偶々だろ? 場所が良かっただけだ。纏めて片付けられて手間が省けたとは思うがな」
 化け物に乗りかかれた男は既に息絶えている。首から肩に掛けての肉が食いちぎられ傷口が大きいため出血も多い。どちらにせよ、体組織の変化が間に合わなければ男は何もしなくても死んでいただろうし、組織が変化したらしたで、妙な会話を交わす二人のハンターによって始末されてしまっていたのだから、遅かれ早かれこうなる運命ではあった。
「取り敢えず、ミッション、コンプリートってか?」
「当然だろう?」
 互いの右拳を当て笑みを浮かべると、二人のハンターは署長室から廊下へと移動する。
「何、見てんだぁ?」
 そこで漸く気が付いたのだろう。自分達とターゲット。襲われた被害者の他にギャラリーが居たことに。
「テメェ等、誰の許可得て勝手に見てんだよ、あ?」
 仕事をしているところを他人に見られるのはあまりスマートとは言えない。そうでなくとも、一度獲物を取り逃がしそうになった失態を犯しているブラッドは、このギャラリーの存在を快く思わなかったようで。全力でアピールする不機嫌に場の雰囲気が段々と悪くなり始める。
「何苛だってんだ。ヤメロって」
 それに直ぐに気が付いたヴァルが、軽く彼の後頭部を叩いた。
「何すんだ!」
「どうもお騒がせしました!」
 文句を言い暴れ出すブラッドを素早く押さえ込むと、営業用スマイルを浮かべ小さく頭を下げたヴァルが彼を引きずるようにして歩き出す。後に残されたのは三人の男。余りにも目の前で起こったことが現実とかけ離れすぎて状況が上手く飲み込めていないようだった。

「ああ、署長が犯人だった」
 建物を出、迎えを寄越せと催促した後に、そのまま電話口でする簡易的な報告。クーラーの効いた建物内と異なり、外は異様に熱かった。
「そのまま始末して仕事は完了だ。ただ、一人だけターゲットに襲われそのまま死亡した。処理班を寄越してくれ」
 そう言って電話を切ったヴァルが乱暴に頭を掻く。隣では新しいガムの包みを開き、それを口に放り込んだブラッドがフェンスに凭れるようにしてぼんやりと外の景色を眺めていた。
「……報告は済んだのか?」
 わざわざ聞かなくとも判ることだろうに、それを敢えて言葉にし、ブラッドはヴァルからの返事を待つ。
「帰ったらデータで提出しろだと。迎えはもうそろそろこっちに着くらしい」
「ふぅん」
 特に興味はない。そんな風に答えられるのは何時もの事で。それに慣れているのか、ヴァルも強く何かを言うことはしない。
「……最近…多いな…」
「何が?」
「フリークス…」
「………んなの、気にしたことねぇよ」
 相変わらず、隣に居るブラッドは目の前に広がる風景を眺めているだけ。
「気にしたことねぇ…か…」
 ポケットを漁り取り出した煙草。先程署長室で吸っていた葉巻とは違い安っぽいその味は何時も吸っている慣れた味。
「いつまで…俺達は狩る立場で居ることが出来るんだろうな…」
 ゆっくりと吸い込んだ煙が体の内側に染みていく。
「そんなのは、殺られる立場になるまでだろ?」
「ははっ、言えてる」
 二口目を吸おうと手を動かしたときに耳に届いたヘリコプターのプロペラ音。それに気づき音のする方へと視線を向けた。
「思っていたよりは早く到着したな」
「待たされるのは好きじゃねぇ。疲れた。さっさと帰って寝てぇよ」
「…全く」

 世界はまるで灰色に見える。
 何もかもが意味のない物体で。
 色を失ったその場所が、自分の在る領域。
 それは酷く虚しいと感じては居る。
 しかし、色のない世界に色を入れる方法を知らない。
 そんな世界にも、たった一色だけ。識別できる色があった。
 鮮やかな紅。
 その色は、何処までも灰色の世界には溶け込まず己を主張し誇示し続ける。
 まるで、この世界をその色に染め変えたいとでも言うように。

 キーホールに鍵を差し回せば小さな音を立ててロックが外れる。ノブを回し開いた扉。室内の空気は微妙に生暖かい。手に持った紙袋を抱え直して部屋の中へ入り、後ろ手に戸を閉め鍵を掛ける。振り返りチェーンを掛けてから移動するは殺風景なキッチン。
「………はぁ…」
 誰も居ない部屋。そこに人の温もりは存在しなかった。それも当然のことである。机の上に散乱した物を右腕を使って隅の方へ寄せる。紙袋をそこに置いた後取り出したゴミ袋。それを机の端に付け一緒くたに空になったゴミ達を放り込んでいく。中身のない空の容器だけは大量にあるのに、それを満たす中身は何処にも見つからない。ゴミで満たされたのは空だったゴミ袋で。しかしそれを羨ましいとは思えなかった。
 自分はどちらかと言えばゴミに似ている。中身なんて無く空っぽで。その空白を満たしてくれる何かを未だに見つけることはできていない。それどころか、多分自分という容器はとても不完全で、少しずつ自分の中に有った物も外へと流れ出してしまっているのだろう。
 他人に温もりを求めたいと思う事は確かに有った。しかしそれも一時的な物にしか過ぎない。どんなに誰かと時間を共有しても、そこにある違和感を拭い去ることは難しく、結局いつも誰も居ない、この空っぽの部屋に一人で戻ってきてしまうのだ。そしてそこでゆっくりと息を吐き出し、この空間に自分が在ることに安堵を覚える。暫くするとまた人恋しくなり、温もりを求めて外へと足を踏み出すだろう。何時もそれの繰り返し。
「ばっか…みてぇ……」
 ゴミ袋の口を縛り部屋の隅に放り投げると、ヴァルは椅子を引っ張り出しそこに乱暴に腰掛けた。
「…なに……やってんだろ……おれ……」
 いつからだろう。こんな風に生きることを虚しいと感じ始めたのは。
 理由は何一つ分からないが、確かにその空っぽな感覚だけは、常にヴァルの傍に付きまとい離れていく気配を見せなかった。始めは多分、本の小さな違和感だったように思う。だが、それは何時しか大きな虚となり、ヴァルを内側からじわりじわりと浸食し始めた。
「…………を…この手で…殺してからかな……」
 未だに忘れられない感触がある。
「だって…仕方ないじゃないか……」
 そっと伏せる瞼。目の前に広がる闇で閉ざされた世界に再生された映像は、随分と古い彼自身の記憶で。
「ああするしか無かった……そうするしか無かったからっ…」
 自分の生活がこんな風に変わったきっかけ。思い出したくなくて普段は記憶の奥底に閉じ込めそこから目を背けている。だが、それはふとした瞬間に蘇り、何時までもヴァルの元へ後悔を連れて戻ってくるのだ。
「ごめんな…アイラ……」

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あきゅろす。
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