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08
「このドアを開けて中を確認するだけだろう? それの何処が恐いんだって?」
 豪快な笑い声を上げビクターと呼ばれた男が扉に手を掛ける。
「ほら。何も難しい事は無いじゃないか。簡単に……」
「危ねぇっ!! 逃げろっっ!!」
「へ?」
 仲間の方を見ながら扉を開いたと同時に、部屋から聞こえて来た切羽詰まった声。次の瞬間、ビクターの身体は、何か大きな物にぶつかられた様な衝撃が走り何も出来ぬ儘床の上へと叩きつけられていた。

 ブラッドとハイエナの戦闘を傍目に見ながら、ヴァルは大きな欠伸を零し机の上に腰掛けていた。
「動きが鈍いって言ってんだろ!!」
「ガァァッッ!!」
 楽しそうにナイフを操りながら、リズムを付けてハイエナを追い詰めていくブラッドの表情は、この上なく嬉しそうに歪められている。
「こう言うとき、アイツってホント猟犬だなーって思うんだよなぁ」
 基本的にブラッドは、仲間以外の敵と見なした相手に容赦という言葉を知らない。元々、軍の特殊部隊に所属していたらしい彼は、人為的に敵を狩る為に育成された猟犬である。
「実力は上の上。しかし、性格に難あり、扱いには注意が必要、と」
 気に入らない相手は全力でぶっ潰す。元来の凶暴な性格がそのスタイルにより一層拍車をかけていて質が悪い。
「でも、だからこそ仕事は非常に効率がよい、と」
 机の上に置きっぱなしの葉巻。それを一本掴み取ると、先をシガーカッターでカットしガスライターで炙りながら火を点ける。葉巻を通して口の中に広がる香ばしい香りは、普段の安っぽい紙煙草とは全く違う味がして心地がよい。
「ふぅ」
 肺の中に吸い込んだ煙を、口を窄めた状態で細く吐き出す。目の前では相変わらず続けられている戦闘。
「まるで、舞踏会の様だな、これは」
 ブラッドのバトルスタイルの関係だろうか。命を賭けてやり合うその光景は、まるで優雅にダンスを楽しんで居るかのようにも見えた。
「オラオラ、どうしたぁ? 獣の癖に、息上げてんじゃねぇよ」
 追い詰められた獣が狩人を睨む。
「何だぁ? 気に入らねぇな、その面ァ」
 元より艶のないばさばさの毛皮に所々付着する赤。次々と繰り出される攻撃は、確かに致命傷は避けられている物の、相手の身体を確実に切り刻みダメージを与えてはいるようだ。
「別に良いんだぜぇ、テメェの首を此処で狩っちまってもよぉ」
 ブラッドがハイエナに顔を近付け口角を吊り上げる。
「ま、そんな事すると、楽しみは半減しちまうから、当分このまんまだけどなぁ! ギャハハハハハ!!」
「悪趣味、め」
 そうは言っても自分からモーションを掛けることは絶対にしないヴァルも、随分悪趣味と言えるだろう。
「さて。この後は耐久戦だな。まぁ、ブラッドのスタミナなら、この後延々と嬲られるのがオチだろうが……」
 もう一度スモークをと思い葉巻を口に咥えた時だ。
「…………………………………? それの何処が恐いんだって?」
 突然、署長室の扉のノブが倒れ閉ざされていた板が手前に小さな音を立てて倒れた。
「なっ!?」
「!!」
 ハイエナの耳が僅かに動く。
「ブラッドっ!」
「クソッ!!」
 追い詰められたハイエナが両手を勢いよく前に突き出すことで、ブラッドの身体は強い力により後方に吹き飛ばされた。両足を床に付け衝撃を緩和しながら上体を前に倒しブレーキを掛ける。素早く床を蹴り身体を宙に浮かせると今度は両足を上半身よりも後ろに移動し、左右に広げて床の上に下ろした。靴底のゴムが床と摩耗し嫌な音を立てる。そのまま倒した上体を更に低く倒し右手を床に付けて完全に制止すべく全身に力を込める。その間にもハイエナの行動は監視したまま。
「ほら。何も難しい事は無いじゃないか。簡単に……」
 室外から聞こえてくる声にハイエナがいち早く反応した。
「危ねぇっ!! 逃げろっっ!!」
 机に腰掛けていたヴァルが慌てて立ち上がると、扉を開けた人物に向かって大声で叫ぶ。
「へ?」
 扉の向こう側に居た人物は間の抜けるような声を上げ此方を見た後、直ぐに視界から消えた。
「ヤベェっ!!」
 正確には、その人物に素早く近付いたハイエナにタックルを仕掛けられ身体が傾き床に倒れ込んだだけなのだが。
「うわぁぁぁ!? 何だよっ、これ!!」
 獰猛な唸り声をあげるハイエナに強い力で押された男が、狂ったような叫び声を上げた。
「誰かっ! 助けてくれ!!」
 この状況はどうやら男も予想していなかったらしい。噛みつこうと口を開けて必死に顔を近付けるハイエナの首に太い腕を押しつけながら、押し倒された男は抵抗を試みている。
「誰か! 誰か!!」
 周囲に居る同僚達に助けを求めるが、誰一人としてその状態に素早く動きを取れる者が居ない。固唾を呑んでぼんやりと見て居る同僚の顔が男に絶望を与える。
「誰………う……」
 激しく顔を動かしたハイエナの攻撃で、男の腕の力が一瞬弱まった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!!」
 大きく見開かれた男の目。喉の皮膚を突き破るようにして埋め込まれた牙が、男の肉を喰らい引き千切る。響き渡る絶叫と、吹き上がる鮮血。
「冗談じゃねぇぇっっ!!」
 本当はもっとシンプルに仕事を片付けるはずだったのに、最悪の状況が起こった。ヴァルの顔から一瞬にして笑みが消え焦りが浮かぶ。
「ブラッド!!」
「判ってる、ノロマ」
 ブラッドの口から吐き出される舌打ち。次の瞬間、ブラッドが素早く走り出しハイエナとの距離を詰めるとその背中に持っていたナイフを突き立てた。
「グガァァァァァっっっ!!」
「ギャーギャー喚くな!! テメェ、ホントに、煩せぇ…んだ……よっっ!!」
 ハイエナの背中からナイフが抜ける。痛みで顔を上げたハイエナの口を鷲掴みにすると、そのまま上に持ち上げ無防備に曝された首に鈍色に輝くナイフの刃を当てる。
「テメェ等退いてろ!! さっさとどっかに行け!!」
 その光景を黙って見ていた男達に乱暴にそう叫んだ後、ブラッドは一気に喉に当てていたナイフをスライドさせ、ハイエナの首を掻き切った。
「ガッ……ガカッ…」
 しっかりと頸動脈を捕らえ傷を付けたその攻撃により、ハイエナが大きく全身を痙攣させる。だが、それはまだ完全に生命活動を停止させるのには押しが弱い。
「ヴァル!!」
 ハイエナの身体を上から押さえつけながらブラッドは叫ぶ。
「判ってるよ!! 今行くから待ってろ!!」
 ホルスターに戻したデザートイーグルを取り出すとヴァルは急いでブラッドの元へと駆け寄った。
「少し遊びが過ぎたようだな、下衆野郎。さっさと消えちまいな!!」
 後頭部に当てられた銃口。既にセーフティは外してあるからあとはトリガーを引けば終わり。ヴァルは躊躇うことなくそれを引くと、頭の中に数発の弾丸を叩き込んだ。

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あきゅろす。
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