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06
「ブラッド!!」
 反動でバランスを崩したブラッドの身体が大きく傾く。しかしその傾きを利用し素早く左手を地面に付け身体を反転させると、付けた腕を軸に身体を回転させる。そうして体勢を立て直しそのまま下段構えの状態で勢いの付いた右足をハイエナの踝に目掛けて叩き込んだ。
「倒れちまいなぁっっ!!」
 ハイエナの踝に見事入った右足。それに力を込めそのまま強引に払い上げる。思ったよりも体重が重く身体が浮かないかも知れないと一瞬心配になったが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。ハイエナの身体は大きく傾き、足が地面を離れ宙に浮いた。
「そのまま落ちやがれってんだヨォォ!!」
 もう一度身体を回転させ、今度は両腕の筋肉を使って身体を持ち上げる。止めと言わんばかりに跳ね上がった右足の踝をハイエナのシャツに覆われた腹へと叩き込む。ブラッドが掛けた負荷と重力に引っ張られるようにしてハイエナの身体は、固い床の上に背中から叩きつけられた。
 ハイエナの身体と共に下ろした足を素早く戻すとブラッドはバネのような筋肉を使って身体を起こし立ち上がる。
「Brilliant!!」
 それとほぼ同時に聞こえて来たのは皮肉混じりのヴァルの賞賛だった。
「あ?」
「流石だな、ブラッド。最高じゃん」
 テンポの遅い渇いた拍手の音。振り返れば其処には小さく口笛を吹きながら戯けた表情を浮かべるヴァルが楽しそうに此方を見ている。
「何もしねぇのかよ、テメェ」
「何かする前にお前が何とかしちまったんだろう? 俺の出る幕今回無しーってな」
 歯を見せて笑うその表情は子供のようで悪意がない。少しだけ上がった息を整えながらブラッドは軽く首を回し筋肉を解す。
「で、コイツどうすんだよ」
 ヴァルから床で倒れているハイエナへと視線を移しながらブラッドは問う。
「どうするって…始末…かな? そう言う依頼だろ?」
 床で伸びたままのハイエナを指差しながら特に興味もない様にそう言い放つと、ヴァルは大きな欠伸を一つ零す。それから面倒臭そうに首を緩く振り肩を上げ両手を広げた。
「Got it. テメェがやれよ」
「Roger. ご指名頂きましたから、責任を持って」
 ヴァルの着ているジャケット。フロントを開くと装着したホルスターの左脇部分から一丁のデザートイーグルが出てくる。一度バレットを取り出し弾をチェックした後、馴れた手つきで勢いよくそれを嵌めセーフティーを外す。
「それじゃあ、さっさと始末して帰りましょうや」
 始めは難航するかと思われた依頼。しかし、色々と予想外のアクシデントが起こったことによりどうやら呆気なく仕事も片付きそうである。未だ完全に仕事が終わった訳でもないのに、ヴァルは口笛を吹きながら両手でデザートイーグルを構えると、ターゲットの眉間に照準を合わせてトリガーを引くために指を掛けその感触を確かめた。
「グ……ガガ……」
「おい」
 ヴァルがトリガーを引こうとした瞬間だ。
「ヴァル!!」
「ガァァァァッッッッッッッッッ!!」
 突然ハイエナが咆吼を上げながら目を見開いた。
「クソッ!!」
 構えていたデザートイーグルを上げるとヴァルはバックステップで素早くハイエナとの距離を取る。床に倒れていたハイエナが勢いよく跳ね起き後ろに飛んだ。
「何!?」
 ハイエナが着地した先。随分と高そうな机の上で獣のように身を低くして構えるハイエナの表情は、先程まで二人が見ていたものとは異なり、完全に捕食者のものに切り替わっている。放たれる殺気。剥き出しの黄ばんだ歯を見せながら唸り声を上げていたハイエナは再び咆吼を上げると上半身を前に突き出し動きを止め、徐々に身体の形態を変化させ始めた。
「ライカンスロープか!?」
 全身がくすんだ茶色の毛で覆われていく。隆起した筋肉により着ていた衣服は破れ、その姿が徐々に獣に近付く。ごつい指先には鋭い爪。変化した骨格。完全に変化を遂げ現れた化け物に二人は一度言葉を失い、それから渇いた笑い声を零した。
「ははっ、マジでコイツハイエナだったのかよ」
 低い唸り声を上げながら二人を威嚇してくる化け物は、当初二人が抱いた印象通りの姿をしていた。姑息で狡猾な表情を浮かべる一匹の獣の顔は見覚えがある。他の生物が狩った獲物を横から奪う事を得意としているハイエナ。それによく似ていた。朧気に人の面影を残しているところは、この生物が完全に動物のハイエナではないことを意味している。ハイエナはゆっくりと床に足を下ろすと、獲物を品定めするように床の上を歩き始めた。
「ハイエナだって。始めて見たよ」
「今はんなこと言ってる場合じゃねぇだろ? テメェ」
 四つん這いで嫌な音を立てながら二人の目の前を何度も往復する獣。
「だって、ハイエナだぜ? 狼よりも悪食っぽくね?」
「それについては否定はしねぇ。だが、殺れるのか? テメェの鈍い動きで、アイツが」
 ハイエナから目を放すことなくパートナーを挑発し続けるブラッドも、腰に装備していたナイフホルダーから愛用しているコンバットナイフを引き抜くとそれを投げつつ相手の出方を覗っている。
「鈍いとか言うな!」
「本当の事を言っただけだぜ? 俺は。大体、ガンナーなんて、マジ前衛では使えねぇクズみてぇなもんじゃねぇか!」
「んだとぉ!? だったら、見境無しに特攻かけるアタッカーの何処が万能だって言うんだよ!! 毎回ヒーヒー言いながら後衛にバックアップを要請してるのは一体何処のどいつだ!!」
「テメェ!! ざけんじゃねぇぞ!!」
「お前こそ、巫山戯んな!!」
 目の前で始末しなければならないターゲットが殺気を放っているというのに、突然この二人は口論を始めてしまう。
「大体、テメェが何時までもぐずぐずしてるから、あの野郎を仕留め損なったんじゃねぇか!!」
「煩せぇな! お前がもう少し強く攻撃を叩き込んで居たら、気絶してる時間がもう少し長くなったんだろ!! 俺のせいにすんな!!」
「テメェ! 助けてやったのに、んだぁ!? その言い方ぁぁっっ!! さっさと玩具装備してバックアップしろっつったのに、ボケっと突っ立ってた分際でデカイ口叩くんじゃねぇぇっっ!!」
「頭に血ぃ昇らしてんじゃねぇよ! ガキが!! 誰が助けてくれなんてテメェに頼んだっつーんだ!! 粋がんのもいい加減にしやがれってんだよ!!」
 完全にハイエナの存在を無視し盛り上がる二人。ハイエナは暫くその様子を注意深く覗っていたが、遂に痺れを切らし咆吼を上げると、真っ直ぐに二人に向かって走り始める。
「ほら、ぐずぐずしてんじゃねぇぞ!! 来るっ!」
「判ってらぁぁっっ!! 相手してやんよ、クソ犬がぁぁっっ!!」
 ハイエナが動き出した気配に気付いた二人が素早く迎撃態勢に入る。ハイエナの足が地を蹴り身体を宙に浮かせた。
「思ったよりも高い!?」
 向かい合い立っていた二人が素早く身を屈めるとそれぞれ別の方向へと身体をスライドさせその場から離れる。獲物を逃がしたハイエナが何も無い空間に着地し直ぐさま身を翻し二人の場所を捕捉する。
「先制は取られたが、こっちも容赦はしねぇぜ!! クズ野郎っ!!」
 コンバットナイフを持ち直したブラッドが先に行動を起こした。
「こっちだ! ワンちゃん!!」
 それをサポートするように少し離れた場所からヴァルがハイエナの足首を狙ってトリガーを引く。
「ギャンッ!!」
 放った弾丸はハイエナの足に命中し、ハイエナが一瞬姿勢を崩した。
「余所見してんじゃねぇぇっ!!」
 その隙を見逃すはずもなく、ブラッドは右手を顔の左側引き寄せると、大きな動作で素早く右側へと払う。

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あきゅろす。
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