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05
「クッ……」
 追い詰められたハイエナが悔しそうに唇を噛む。それを見たヴァルは満足げに眼を細め肉食獣の様な笑みを浮かべた。
「命の保証が出来ねぇんなら、交渉は決裂、だ。此処まで足を運ばせた経費は後で本部から請求を回しておいてやる。じゃあな、署長サン」
 手の平をひらひらと動かしながら葉巻の煙を深く吸い込み歯を見せて笑う。無駄足だったが、これで少しはストレスも解放された。さっさと帰って女でも抱きに行くか…と考えた矢先だ。
「でもよ、それだと可笑しいぜ、ヴァル」
「はぁ?」
 意外な所からの突っ込みにヴァルは間抜けにも口を開けて振り返った。
「忘れたのか? テメェ」
「何を?」
「だから、写真の事だっつーんだよ」
「写真?」
 そこでヴァルは何かを思い出したように固まる。
「あ」
「やっと気が付いたか、間抜け」
 呆れた表情を浮かべ皮肉な笑みを浮かべたブラッドは、持っていた設計図をヴァルに返した後ハイエナの方へと視線を移した。ハイエナは警戒心を剥き出しにしながら此方の様子を覗っている。
「おい、オッサン」
「なっ、何だ!?」
 突然ブラッドに話掛けられ、ハイエナは条件反射的に身体をびくつかせた。
「この施設がよぉ、このアホの言う通り囚人同士で殺し合いをさせる為のバトルロワイヤルの為の施設だっつーんなら、テメェ等はこの建物の中には入らねぇってことだろ?」
 ブラッドの質問に見る見る表情を曇らせていくのは意外にもヴァルの方だ。
「だったらよ、何故グロイ死体が出来上がったトイレの写真が撮れんだよ? 外部の物は新しく収監される人間以外入らねぇ。一度入ったら出られねぇ。多分面会もねぇんだろ? そんな状況でよくあれだけ鮮明な写真が撮れるよなぁ?」
 忘れて居た、写真の存在を。確かにブラッドの言う通り、提出された資料には惨殺が起こったトイレの写真がしっかりと添付されていたことをハッキリと思い出す。
「それにあのトイレは血や肉片が無ければやけに綺麗だったと記憶してるが……そりゃ、俺の記憶違いか? あ?」
 ブラッドが写真を見たのは一瞬だったはずだ。それなのに、よく細部まで覚えて居るものだと、ヴァルは感心する。…いや。単純に見て居る対象が違っているだけだったのかもしれない。ヴァルは被害者の状況を。それに対してブラッドは全体的な画像のイメージを、それぞれ記憶にインプットしてバックアップしていただけなのだから。
「ヴァルの説明を聞くまで俺もあのトイレがムショ内の何処かにあると信じて疑わなかったがよ…ひょっとして、あのトイレはこっち側の建物のどっかにあんじゃねぇのか? 違うか?」
「……………」
 あれだけ饒舌にぺらぺらとしゃべり続けていたハイエナは、未だ黙ったまま。感じ始めた不穏な空気に手に汗が滲み出る。
「それに……」
 さらに畳み掛けるようにブラッドは言葉を付け加え口角を吊り上げた。
「さっきから気になってたが、テメェから変な匂いがずっとしてんだよな。なぁ、オッサン。その匂いは何だぁ?」
「……………」
 匂い? ヴァルは慌てて鼻をひくつかせ匂いを嗅ぐ。だが、ヴァルの鼻ではブラッドの言う様な匂いは感じ取れない。
「匂いだって? そんなの、この野郎が大量に付けてる不快な香水の匂いしかねぇぞ、ブラッド」
「だろうな。だってテメェはそんな煙たいモノ吸ってんじゃねぇか。嗅覚も鈍るっつーんだよ! アホ」
 吸っていた葉巻に文句を言われたが其処は反論出来ない。ヴァルは悔しそうに表情を曇らせ唇を噛む。先程と形勢が逆転したことに気を良くしたブラッドはケラケラと笑いながら楽しそうに声を張り上げた。
「ひょーっとして、オッサン! テメェが俺達のターゲットだったりしてなぁ!? ひゃはははははっ!」
「…………もう少し、頭の弱いハンターが派遣されるかと思って居たよ」
「あ?」
 静かに揺れ始める空気。ハイエナは脅える様に震わせていた身体の揺れをピタリと止め腰を曲げて立ち直す。
「たった一枚の図面と写真から其処まで推測されるとは、予想外だった」
「けっ。どうやらビンゴって感じか? これは」
 突然態度が変わったことは、ブラッドの言葉を肯定する印。徐々に漂い始める緊張感に、二人のハンター達は表情を締め状況を捕捉し始める。
「質問をしてもいいか?」
「何だ?」
 沈黙を破るようにヴァルが口を開いた。ハイエナは未だ俯いたまま顔を上げる気配は無い。
「何故…俺達の派遣を申請した? アンタが俺達のターゲットだって言うんなら、俺達はアンタに取って邪魔な存在って事になるだろう?」
 それは純粋な興味。
「ふっ……其処に深い意味はない。いや…敢えて理由をつけるとするなら、ボディガードが欲しかったのだよ、私は」
「ボディ……ガード……?」
 ハイエナの言った言葉にヴァルとブラッドは目を見開き、互いに顔を合わせる。
「化け物がボディガードだって? 一体何だってそんな…」
「私にだって恐い物は有る。この収容施設は私にとって都合の良い狩り場だった。だが、最近になってどうも行動を監視されているような気配がするのだよ。今は直接手を出してこないが、明らかに私に向いている殺気が幾つかある。それは人のモノではなく同族のモノだ」
「……だから……俺達に其奴等を始末させよう…と?」
「そう言う事だな」
 ハイエナの顔がゆっくりと持ち上がる。
「っ……」
「頭の悪いハンターで充分だった。適当に同族を始末させたら後で自分で喰ってしまおうと考えて居たからな。しかし誤算だったな…まさかこんな曲者が送られてくるとは予想外だったぞ」
 不気味に笑うその表情は、まるで動物のハイエナを連想させる程狡猾で嫌らしい。背筋に走る悪寒。二人のハンターは無意識に、それぞれの武器を探す。
「其処まで知られたらお前達は私に力を貸してはくれないだろう?」
「……当然だ」
「だろうな。だったらもうお前達は必要無い」
 ハイエナは腰を落とし低く身構えた。威嚇体勢に入ったことを瞬時に察知した二人も同時に迎撃体勢に切り替える。
「此処で俺達とやり合ったら、施設内の人間に気付かれるんじゃねぇのか?」
「なに…施設内の人間を全員ぶっ殺して貯蔵庫にでもぶち込んでやるさ。その後、コロセウムから適当に罪を被せそうな奴を一人引っ張り出してソイツに身代わりになって貰った後、新しい職員を派遣して貰えるように申請書を提出すればいい。実に簡単だろう? 何処も難しい事じゃない」
 ハイエナの舌がだらりと垂れる。舌を伝う唾液が、一滴床の上に垂れた。
「そう言う訳だ! さっさと死んで貰うぞ、ハンター共っ!!」
「来るっ!?」
 先に先制攻撃を仕掛けるのはハイエナの方。一段と腰を低くすると床を蹴って一気に間合いを詰めてくる。ターゲットは手前にいたヴァルに定めたようだ。
「ぼーっとしてんじゃねぇよ!! タコっ!!」
 ハイエナが動き出したと同時に動き出したのはブラッドの方だった。冷静に相手の動きを分析していたのだろう。ターゲットをヴァルに定めたことを瞬時に見抜いた彼は二人の間に割り込むように身を滑り込ませると、ハイエナの攻撃をブロックして受け流す。
「テメェは前衛では役に立たねぇんだよ! さっさと玩具を取り出しバックアップしやがれ!」
 左腕でハイエナの攻撃を受け流したブラッドは、間髪を入れずに右手を伸ばしターゲットの髪の毛を掴み頭を引き寄せる。そのまま頭突きを喰らわせた後、右足を引いて腹に膝蹴りをくれてやる。
「ヴァル! 早くしろ!!」
 一度軽く地面に足を付けバランスを整えた後、ブラッドのすらりと長い足が空を切りハイエナの下顎を蹴り上げた。

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あきゅろす。
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