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後日談
 そう言えば、と。グレイヴはふと有ることに疑問を覚え固まった。
 切っ掛けは事務所から一歩出た瞬間聞こえて来た異様な声。
「赤ん坊!?」
 それは赤ん坊が泣いているような声にも聞こえ、一瞬身構える。
「……いや、猫か」
 だが、良く聞いてみれば、何てことは無い。発情期の猫が鳴いている声、それだった。声のする方に視線を向ければ盛って行為の真っ最中な二匹の獣の姿が見える。人間同士の行為でなくとも目のやり場には非常に困る訳で、慌てて視線を逸らして俯いたところで、グレイヴは有ることに気が付き固まった。
「……そう言えば……ルーイにも有るのか? ……発情期って」

 ウィルは一体どうして良いか判らず盛大に溜息を吐いた。
 事務所に戻ってきて早々聞こえて来たのはグレイヴの唸り声。始めは腹を壊してトイレで呻っているのかと思ったが、どうやら違うようである。
「うーん……うーん……」
「グレイヴ・タイラー。聞いているのかね?」
 いい加減、自分が入ってきたことに気付いても良い頃だというのに存在自体を無視されているこの状況。一体どうすればよいのかとウィルは頭を抱えた。
「グレイヴ・タイラー!!」
「うわぁっっ!?」
 耐えきれなくなり大声で怒鳴ると、グレイヴが驚いて上体を起こし、その反動で椅子から転げ落ちる。
「……何をやっているのかね? 君は」
「痛ててて………あっ……ウィル…」
 転げ落ちたグレイヴに手を差し伸べながら眉間に皺を寄せるウィル。その手を掴み起き上がったグレイヴは、椅子を元に戻すと罰が悪いような表情を浮かべて頭を掻く。
「一体、何をそんなに悩んでいるのだね? 君は」
 コーヒーメーカーに水と粉末の入ったフィルターをセットしながらウィルは続けた。
「見合いの相談でも来たのか?」
「そんなんじゃねぇよ」
 用意したのは二人分のマグカップ。
「それでは、一体何を真剣に考え込んで居たのだね?」
 コーヒーメーカーのスイッチを入れると、直ぐさま機械が音を立て始める。
「あー……と……あのさぁ、ウィル…」
 暫し何かを考え込んだ後、グレイヴは言い難そうに口を開いた。
「動物には発情期ってあんじゃん?」
「ああ。有るとも。それがどうかしたのかね?」
「狼の発情期って…何時か知ってる………か……?」
「ああ。それなら冬季に一度だから…大体二月頃だ。それが何か?」
「……何て言うかさぁ……ルーイにも…あるのかなー…発情期…って……って思って……サ」
「……………」
 ウィルだから思い切って相談してみたら、彼はとても面白い表情を浮かべながら固まる。
「………一体何を考えて居るんだね、君は」
「だって、重要な事だろ!! これ!!」
 呆れた顔で自分を睨むウィルに、グレイヴは必死に抗議を続ける。
「ルーイにも発情期があるんなら、ちゃんと時期は知っておかないと拙いと思ったんだよ!!」
 グレイヴはとても必死だ。物凄く滑稽である。見るとまだまだコーヒーメーカーのポットの中に黒い液体が溜まり終わる様子がない。ウィルはやれやれと首を振るとがっくりと肩を落として盛大に溜息を吐いた。
「君は頭が弱いのだな、グレイヴ・タイラー」
「何でだよ!!」
 遠回しに馬鹿と言われて、グレイヴは声を荒げる。
「だって気になるじゃねぇか! 純粋に気になって何が悪い!」
 自分でも何を言って居るのか判らないが、兎に角気になるものは気になる訳で。
「気になるもんは気になるんだよ!!」
 まるで子供の言い訳のような台詞を叫んだ後、思いっきり肩で息をしたグレイヴの肩に、ウィルの右手がそっと置かれた。
「君は一つ勘違いをしているぞ、グレイヴ・タイラー」
「へ?」
 顔を上げると、とても爽やかな笑顔で微笑むウィルの顔が目の前に有る。
「いいか。動物には確かに発情期という物が存在する。だがしかし、だ」
 意味深な部分で一度言葉を切ったウィルが、食器棚の奥に隠されていたパウンドケーキを取り出すと、慣れた手つきで切り分け二つの皿に一つずつ乗せそれをグレイヴに手渡した。
「基本的に、雄の発情は雌の発情が始まらないと起こらない。よって、雄単体では発情しないのだな、残念な事に」
「へ?」
 そこで漸く出来上がったインスタントのコーヒー。ポットを取り出し用意した二つのマグカップに注いだ後、二本のフォークを用意してウィルは先程グレイヴが腰掛けていた椅子の向かいに腰掛ける。
「取り敢えず、座ろうじゃないか」
「あ……ああ」
 手渡されたケーキの乗った皿を机の上に置くと、グレイヴはウィルの向かいに腰掛けた。
「いいかね、グレイヴ・タイラー」
 暖かな湯気を上らせながら香りを放つのは黒い液体。その香りを一度楽しんだ後、ウィルはゆっくりとそれを口に含み味を楽しむ。
「動物の発情の時期はそれぞれの種によって異なるが、基本的に人間とは違い、どの生物も雌が先に発情し、雌の発情が始まってから始めて雄は発情を始める」
 ウィルの持っていたマグカップが音を立てて机の上に置かれる。空いた手で銀の小さなフォークを掴むと、彼は器用にパウンドケーキをカットして口の中へと放り込んだ。グレイヴは両手でマグを持ちながら黙ってその光景を見つめる。
「生物は雄よりも雌の方が強い。ああ、これは種的にという意味でだぞ。何故なら、雌しか子供を育てる事が出来ないからな。雄と雌が揃って始めて生命は誕生するが、子育ては主に雌が担当する。雌が生きていく上での知恵を子に授け、子を一人前に育て上げ次に命を繋ぐ」
「……うーん……」
「まぁ、だから…という訳ではないが、先程も言った様に、人間以外の生物は基本的に、先に雌が発情期を迎える。雄の発情期は雌によって左右され、雌が発情しない場合、雄は発情しない…と。実に効率的な生殖プログラムと言う訳だ」
 其処まで言ってウィルはにっこりと微笑んだ。
「萬年発情して犯りたがるのは人間くらいなものなのだよ、グレイヴ・タイラー。残念だったな」
「……はぅ……」

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