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02
 コンビニを出たら猫に会った。割としつこく擦り寄ってきた猫の事を思い出し小さな溜息を零す。余りにも強請るから折れて買ったばかりのジャンクフードを分け与えたところ、餌を貰えた途端に態度を変えた猫に少しだけつまらなさを感じた。
「そう言えば…あん時、確かに「ありがとう」って聞こえた気がするんだけど…」
 ふと思い出したのは奇妙な台詞。急いで振り返ったがそこに人が居るような気配は無かった。多分それは気のせいだろうと青年は頷く。もしそれが幽霊だとしても、信じなければ居ないのと同じだ。そもそも、幽霊何てものに御礼を言われるような事をした覚えは何一つ無い。
 コンビニから歩いて公園の前まで来たところで妙な兎を見付けた。二足歩行で金縁の眼鏡を掛け、金色の懐中時計を見て居た不思議な白い兎。夢でも見ているんじゃないかと疑ったが、抓った左の太股からは確かに痛みを感じた。幻覚でも見たのだろう。そう思い何も気付かなかったことにし公園を立ち去ったはずなのに、気が付いたら無意識にその兎に近付いていて、いきなり兎の方から話掛けられたのだ。兎が日本語を喋るなんて聞いたことがない。それなのに、その兎ははっきりと、人間の言葉で日本語を喋っていた。
「ついてこい」
 そう言われて何かの力に導かれるように兎の後を追ってしまう。暫く歩いて辿り着いたのは開けた場所。広い原っぱのような所にたった一本だけ朽ちた樹がが生えており、その虚に吸い込まれるようにして兎が消えた。馬鹿馬鹿しく感じてきた青年がその場を離れようとした瞬間、足場が崩れ青年は足下に出来た真っ暗な穴の中へと落ちていく。そして…現在は此処に居る。
「…やっぱ、寝てるのかも。早く目、覚めねーかなぁ…玄関締められてたら嫌だな。夜の学校って気味悪いし…」
 一人学校に取り残されていることを想像し、一気に気持ちが暗くなる。どうやったら夢が醒めるのかが判らず、青年は更に落ち込んだ。
「あと少し…」
 突然背後から声が聞こえ、青年は驚いて振り返る。しかし、真っ暗な視界ではその声の持ち主を特定することは難しく、声は一瞬で音を無くし、再び静寂が空間を満たしててしまった。真っ暗闇の中で聞こえる声はとても不気味に感じる。正体の判らない声に、背筋に悪寒が走った。
 急に襲いかかる不安。鼓動が少し早くなる。
 突然、空気の感じが変わった。ふわりと柔らかい風が肌を包んだと思った瞬間、今まであった浮遊感が一気になくなり、青年の身体は凄い力で下へと押しつけられた。
「うわぁっっ!!」
 受け身を取ることも出来ずに叩きつけられた身体。衝撃が左側に広がっていく。
「…痛てて…」
 突然の事で着地のバランスなど取れるはずがない。当然、青年の身体は底らしき場所に倒れ込んでしまう。一応は出来る範囲で身を守ったお陰で全身強打は免れたが様だが、代わりに左手首を捻ったらしい。鈍い痛みが手首に走る。
「ここは…?」
 ゆっくりと身を起こし辺りを見回してみる。相変わらず視界は真っ黒なまま。だが、徐々に黒い色は薄くなりつつあるようだ。
「部屋?」
 夜に電気を消したくらいの明るさ…と言えば判るだろうか。底のない闇のように真っ黒だった色が徐々に薄まり、何とか今自分のいる場所が把握出来るくらいの明るさには変化した様だった。そこは無機質なコンクリートに囲まれた、安い建物の一室といった雰囲気の部屋。
 取り敢えず青年は電気のスイッチを探す。決して広くない室内を、壁に手を付けて歩き回ること数十秒。壁の一部に妙な凹凸物を見つけた。手触りでそれが『電気のスイッチ』だと言うことが判る。
 青年は躊躇わずにスイッチを押した。
「……ん?」
 点くはずの明かりは全く灯る気配がない。何度かスイッチを切り替えたが、何度やっても同じだった。
「何だよ…切れてるのか?」
 小さな溜息が出る。今ある光の量以上は望めないと知ると、今度はドアを探すことにした。ドアは直ぐに見つかる。大抵、ドアはスイッチの近くにあると相場は決まっている。だから、目的のモノは数秒もしないうちに手に触れた。
 ドアノブを回して扉を押す。扉はびくともしない。今度は反対に引いてみる。しかし、扉は一向に開く気配がない。
「鍵がかかってるのかな?」
 ドアノブの下を探ると、そこに有るはずの鍵のつまみの感触が無い。変わりに、鍵穴のような穴が開いていることに気付いた。
「…普通、室外に鍵穴って付いてないか?」
 諦めきれず、何度かドアノブの下を触るが、やはりあるのはロックのつまみではなく、鍵穴のみ。
「どうなってるんだよ!!」
 この部屋からは出られないということを青年は悟る。こんな変な状況があってたまるか。夢なら早く覚めてくれ。そう願いはしても、状況は何一つ変わる気配が無い。落胆した青年の視界に、奇妙なモノが映った。それは部屋の中央に置かれた一つのテーブル。テーブルの上には、アンティークショップで売っているような傘付きのテーブルスタンドが置かれている。もしかしてと思い、青年はテーブルに急いで近付くと、スタンドのスイッチを入れた。
 スタンドは一度接触不良で点滅したが、すんなりと明かりを灯す。小さいスタンドの割には、部屋を充分明るくするだけの光量はあった。部屋が一瞬にして明るくなる。
 暗闇に居たせいで、初めは光に目が慣れなかった。徐々に目が慣れてくると、漸く室内の状況が把握出来るようになる。コンクリートで打ち付けられた四角形の部屋。壁にはドアと機能しない照明スイッチ。天井には蛍光灯が抜かれた照明器具があり、なるほどと青年は納得した。
「だから、電気が点かなかったのか」
 部屋の中央には、この部屋には似つかないアンティークデザインの机とスタンドがぽつんと置かれていた。
一通り部屋の状況を把握したところで、青年は取り敢えずドアに近付き手に感じた感触が本物かどうかを確認する。ドアはやはりこちら側に鍵の差し口があり、ロックは解除出来そうにない。次に鍵を探してみる。狭い部屋はあっという間に調べ終わってしまったが、それらしきモノは何処にも見あたらなかった。
「どうなってるんだ。結局出られねーじゃんか!!」
 青年はこの状況に段々苛々を感じ始める。自分の身に起こっていることがさっぱり理解出来ない。例えコレが夢であれ現実であれ、彼が置かれた状況は理不尽なことには変わりない。もう一度部屋の中を鍵を探してうろついてみるが、やはり『鍵らしきもの』は見あたらなかった。変わりに、ドアと反対側の壁に小さな穴を見つける。それは猫ぐらいの動物が通れるくらいの穴だ。当然人間は通ることが出来ない。
「まさかこの穴から出ろってことか?」
この先に鍵があるとは思えなかったが、青年は穴の中に手を突っ込んでみる。穴の外は結構奥行きがあるらしい。しかし、その先から鍵らしきものの感触が伝わってくることは無かった。
「誰かが開けてくれるまで待つしかねーのかよ…」
 がっかりしながらテーブルの傍まで行くと、いつの間にか小瓶とメモが置かれていた。
「何だ?コレ」
 小瓶は二つ。中にはどちらも透明な液体が入っている。メモにはこう書かれていた。
『ここから出るのなら小瓶の中身を。但し、当たりは一つきり』
 胡散臭いことこの上ない。青年はどうしようか迷って、口を付けることをやめた。待っていればいつかは誰かが助けてくれる。そう思っての判断だった。

 あれから数時間が過ぎたが、状況は一向に変わらない。腹はコンビニで買った唐揚げで何とか満たし、買った雑誌で多少は時間潰しが出来たが、直ぐにやることが無くなってしまった。一人で部屋の中に居ると段々不安になる。どうするべきか、青年は正直迷っていた。
「もし…コレが夢なら…」
 今まで彼の身に起こったことは現実とは思えないことが結構あった。夢か現実か非常に曖昧ではあったが、現実にあり得ない事の方が多かったので、ここはいっそ、夢と割り切ってしまう方がいいのだろう。意を決してテーブルの上の小瓶を手に取ると、一気に中身を流し込む。液体は妙に甘かった。
「…………」
 何も変化がない。服が大きくなるわけでも、部屋が大きく見えるわけでもなく、ただ口の中に甘ったるい味が残っただけ。
「…なんだよ…じゃあ、こっちか?」
 残ったもう一本を開けて、同じように口に流し込むと、こちらは非常に苦い味がした。
「うえー…なんだよ、不味っ!!」
 小瓶を机に置いて嘔吐いた所で、目の前の景色が歪んでいく。
「あっ…あれ?」
 徐々に机が大きくなる。いや。机だけじゃない。全ての物が大きく変化していくのだ。
「なっ…何が…」
 ぐらぐら揺れる視界で、色んな物が巨大化する。平衡感覚が保てなくて、青年は尻餅を付いた。
「気持ち悪…」
 まだ視界は回っている。込み上げる胃のむかつきを押さえると、軽く頭を振る。視界が正常に戻るまで時間を有したが、徐々に視点が正常に結ばれるようになり、漸く現状を理解することが出来た。
「うはーっ! 嘘みてぇ!! 俺、ちっさくなっちまったのか?」
 狭かったはずの部屋が広すぎと感じられる大きさに変化している。腰くらいまでしかなかったはずの机が今は見上げても上に置かれた物が見えない程大きくなっていた。
「これなら、あそこの穴通れるかな」
 猫が通るのがやっとなくらいの小さな穴。彼はその穴の前に立つ。
「うし! この大きさなら大丈夫だろう」
 穴は若干小さかったが、四つんばいになれば充分通れる大きさになっていた。もうこの部屋に居ても仕方無い。青年は身を屈めて穴を抜ける。
「この状況に何事もなく適応しちゃってるよ、俺。まっ、夢だから問題はねーだろ」
 潜った先は、もう一回り大きな部屋。やはりこの部屋もコンクリを打ち付けただけの無機質なもので、目立った物は何もない。ただ、前の部屋と違うのは、蛍光灯が煌々と光っているのと、ドアが開いていることくらいだった。
「…すんなり出られる訳ではねーのか」
 肩を落としながら開かれたドアを目指して歩く。普通の大きさなら決して長くはない距離だが、ご都合主義で縮んだ体ではいつもの倍の倍距離がある気がして堪らない。たった数メートルもない距離が、何千、何万も離れているような気がする。ドアに辿り着いた頃には、信じられないことに息が上がっていた。ドア枠に手を付けて呼吸を整える。
「小さい体ってすっげぇ不便」
 誰に言うわけでもなく呟いて顔を上げると、いつの間にか黒いモヤが目の前にあった。
「…………」
 全身の毛が逆立つ。頭が警告を発する。膝が笑い出すのを止められない。そう…コレは、恐怖だ。何故だか判らないが、目の前で揺れる黒いモヤに、青年は底知れぬ恐怖を感じていた。
『グルルルル…』
 黒いモヤが低く唸る。途端に溢れ出る獣臭さ。
「ヤバイ!!」
 直感的そう悟った彼は、全力でその場を離れようとした。

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