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01
 突きつけられた銃口の感触をリアルに思い出すことがある。
『もう、これで終わりだから』
 そう言って哀しそうに笑った男の顔を今でも忘れることが出来ない。
『ごめんな、×××』

 そう。それが一番最後に覚えている記憶だった。

「うわあぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
 しん、と静まりかえった室内に男の絶叫が響き渡る。勢いよく上半身を跳ね上げ起きあがった男が、半ば錯乱しながら頭を抱え蹲った。
「………ゆ……め……」
 震えながら怯えるように辺りに視線を巡らせる男。この場所が何処であるかを漸く理解したところで深く息を吐き腕を下ろす。
「……ゆめか……」
 乾いた音を立てて回る換気扇の奏でるリズムに、男はゆっくりと瞼を伏せ深呼吸を繰り返した。
 男には幼い頃から見続けている一つの夢があった。その光景は妙に生々しい物で何度見ても気持ちが悪いと感じてしまう。
 男の繰り返し見る夢の内容は自分が死ぬ瞬間の映像。
 随分と大きくなった自分の身体に戸惑いながらも、男はあるものと必死に闘っていた。それを殺さなければならないことを本能的に悟っており、自分が生きる為にと容赦なく攻撃を繰り出す。だが、それも手加減はしないと言うように自分に向けて様々な武器を操り攻撃を繰り出してくる。それの手の中に収まる機械が火を噴く。すると自分の身体に微妙な熱を感じた。暫くして鈍い痛みが其処から広がる。それが許せなくて自分はそれに腕を伸ばす。自分の影が鋭い刃となりそれの身体を傷つける。そんなことをひたすら繰り返しなかなか終わらない攻防に舌打ちが零れた瞬間、大きな衝撃が腹に入り自分の身体が後方へと吹き飛ばされた。
「がっ……はっ…」
 背中に伝わる衝撃で壁に叩きつけられたと言うことを理解すると同時に、口の中に広がっていく鉄錆の味。大きく開いた口から目の前に飛び出す赤が地面へと落ち赤黒い染みを作る。腹に腕を回すと伝わる滑る感触。遅れて腹部にじんわりと熱が宿り思わず顔を顰めた。
『頼むから、抵抗しないでくれ』
 顔を持ち上げると眼の前に迫った使い込まれた銃の銃口。
『もう、これで終わりだから』
 そう言って哀しそうに笑う男の顔に思わず目を見開いて固まる。
『ごめんな、×××』
 眉間へと宛てられた鉄の感触に急いでコイツを殺さなければと腕を払うが、男の指がトリガーを引くのが僅かに早く頭蓋に衝撃が走り後頭部の骨が砕ける衝撃と脳味噌が飛び散る感覚がリアルに伝わる。
『嫌だ! まだ死にたくない!!』
 そう思い腕を伸ばすのに、男の身体に指一本触れられぬ儘自分の身体は大きく傾き、飛び散った脳漿の上へと音を立てて倒れ込んだ。
『……ぁ…ぁ……』
 口から零れる声にならない声。接続の切れた神経の先。身体を構築するパーツがそれぞれに機能を停止し始める。
 途切れた意識の先にある物は無。何もない。何も感じない。完全な喪失に突然不安を覚え声を上げようと大きく口を開き目を見開いた。
「うわあぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
 そこで漸く男の意識は夢の世界と現実をリンクさせ現実へと意識を浮上させる。
「……何なんだよ…もう…」
 幼い頃からずっと繰り返されるこの後味の悪い夢に、男はやりきれない思いを抱えながら顔を顰めた。
 漸く覚醒した頭を抱えベッドから抜け出す。そのまま洗面所に向かい蛇口を捻ると洗面台に頭を突っ込んで水を被る。霞掛かった思考がクリアになっていく。冷静さを取り戻した段階で洗面台から頭を引き抜くと目の前の鏡に一人の男の姿が現れた。
「……うっわ…すんげぇ酷でぇ顔」
 薄い硝子の向こう側。目の下に隈を作り、無精髭を好き放題に伸ばしたぼさぼさ頭の男が一人。卑屈な笑いを浮かべがながら此方側をじっと見て立って居る。
「これじゃあ、まともに外にも出れねぇや」
 先ずはこの髭から何とかしなければ。シェービングクリームと剃刀を用意すると洗面台に水を溜めクリームを泡立てる。器用に剃刀を操りながら消していく伸びた髭。それが無くなっただけでも随分さっぱりとするものだ。
「……風呂……」
 使った道具を片付けた後、男はふらつく足取りでシャワールームへと向かった。

 時刻は丁度昼過ぎ。天気は快晴。雲一つ見当たらない空に太陽が浮かんでいる。
「……暑ちぃ…」
 羽織っていたジャケットを脱ぐと、男はバイクから降りチェーンをかけた。メットの中で蒸れたダークブラウンの柔らかな癖毛を手櫛で軽く梳かす。肌は白く西洋人独特の堀の深い顔。顔立ちは整っており、薄く灰色がかった碧の目は、光の角度によって薄く緑がかった色にも見える。先程脱いだ革のジャケットは今、彼の肩に掛けられている。折角糊のきいていたであろうカッターシャツは既に皺が寄ってしまっていて、少しだけだらしない雰囲気を見る者に与える。ヴィンテージもののジーンズに履き馴らしたダークグレーのエンジニアブーツ。空いた手には、愛車や部屋の鍵がぶら下がったキーホルダーのチェーンが握られていた。
 駐輪場から出て向かうは一つの建物。古ぼけた見た目のレトロなアパートに取り付けられた電子パネルを叩きながらコードを入力する。
「相変わらず、見た目とのギャップが凄いこと」
 建物の向こう側からロックが外れる音がし、男は扉に手を掛けそれを奥に押して建物の中へと足を踏み入れた。
「お早うございます」
「応、お早う、ミリア」
 建物に入ると、中は思った以上に綺麗である。入って直ぐのオフィスから、ひょっこりと顔を出したのはミリア・パーシヴァルと言う女の子。
「今日、学校は?」
「今日は創立記念日でお休みなんですよ、ウィルキンソンさん」
 普段見慣れている制服とは異なり、アイボリー色のワンピースに上から薄めのパステルオレンジのアウターを着ていた。ワンピースの下には黒のレギンス。真新しいパンプスは大人の女性が履くようなシャープな印象を与えるものとは異なり、全体的に丸く若い女性が好みそうなカジュアルなデザインのものだ。にこにこと可愛らしく笑う彼女は、シュシュでまとめられたツインテールの髪を揺らしながら首を傾げた。
「お寝坊さんですか?」
「少し調子が悪かったんでね」
 その質問に肩を竦めて戯けた態度で答えれば、ミリアは少し考えるようなジェスチャをした後納得したように頷いてこう返事を返す。
「隈さん、真っ黒に付いちゃってますね。お疲れ様です」
 ミリアの言葉通り、男の目元には隈が出来ていた。それは鏡を見たときに気が付いているから彼女は嘘は言っていない。
「最近、良く眠れねぇんだよ」
 彼女がオフィスに戻っていくのを見ながら、男は後に続く。閉まりそうになった扉に手を掛け中に足を踏み入れると、ふんわりとコーヒーの良い香りが鼻を擽った。
「随分と遅いじゃねぇか。社長出勤かぁ?」
「ブラッド…」
 よぉ。そう言って手を挙げたのは同僚のブラッド・ファーガスンだ。
「昨日は早く帰ったんだろう? 女の所にでも行ってたのかよ? ヴァル」
 中途半端に伸びた黒髪は、大した手入れをしていないのだろう。見た目が悪くない程度に押さえられてはいるものの、よく見ると寝癖が付いている。背に大きな骸骨の描かれている黒のパーカーに、真っ赤な生地に黒のインクで血を象ったデザインのプリントされたシャツ。膝の所を故意的に破いたジーンズに重たい印象を与える黒のブーツ。彼が身体を動かす度に、腰に付けた三本の銀色のチェーンが擦れて音を立てる。そんな彼は、今日もゲームをすることに忙しいらしい。軽く手を上げはしたものの、ブラッドは直ぐに手に持った携帯ゲーム機に視線を移す。
「違う。寝付きが悪くて眠れなかったんだ。ついでに言えば、昔から見ている悪夢を見ちまって、寝起きも最悪でな」
 ひらひらと手を動かしながらジャケットを椅子に掛けると、一度冷蔵庫の前に立ちその扉を開く。
「コーヒーはポットに残ってるぜー」
「りょーかい」
 常備されている栄養ドリンクを一本掴み取り出すと、ヴァルは徐にその蓋を捻って開けた。
「オイオイ…随分と年寄り臭いな」
「煩い。疲れて居るんだから、仕方ねぇだろう?」
 瓶の中身を一気に煽りそれを空にすると、備え付けてあったダストボックスに放り込む。
「相変わらず不味いな。これの味って」
「栄養ドリンクだから、仕方無いだろう?」
 不意に背後から話掛けられ振り向けば、汚れたグローブを外しながら笑う中年の男と目が合った。
「お早うさん、ヴァル」
「ああ、お早う。バリー」

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