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02
 正直に言えば、アシュレーにとってロイの立ち位置というのは非常に曖昧なものなのだろう。一番妥当なのは相棒というポジションだろうが、それを望んで居るのはロイの方だけで、アシュレーも同じように考えているかどうかなど判りはしない。現に、こうやって過剰なスキンシップを求められることを考えると、単なる相棒というよりは、それ以上の関係を求めているのだと言う事は、ロイにだって何となく予想できた。
 だが、それを素直に許容する必要は無いとロイは考えている。それはアシュレーが人ではないものだからというよりは、どちらかというと性別的な意味の問題でだった。
「いっそのこと、アンタがでっけぇ犬みたいなもんだったら良かったのになぁ……」
 犬型のフリークスならば多少過剰になるスキンシップも、命の危険さえなければただのじゃれ合いになるだろう。しかし、残念なことに自分の事を腕の中に閉じ込めようとする怪物の形態は人型である。
「……俺は、アンタのお姫様じゃねぇんだってば……」
 恋人のように扱われることに対して感じる不満。与えられる想いに応えることも、それを受け入れ永遠に寄り添うことも出来ないと横に振るのは首だ。
「俺……男なんだけど……」
 確かに、好意という感情を寄せられることが嫌だとは思ってはいない。だが、その想いの強さによって越えたくはないラインというものは確かにあるのだ。ましてや、この怪物は俗世に出てきたばかり。余りにも世間のことを知らなさすぎるため、自分の気持ちを勘違いしているのではないかと思ってしまう。それはまるで、卵から孵ったばかりの雛が、始めに目にした動物を親だと勘違いする現象に似ていた。
「何で手放しちまったのかね、アンタは」
 名前しか知らない過去の面影。何度も何度も聞かされた像は、この怪物のことを気に入っていたのだろう。
「アンタに少しだけ勇気があれば、アンタの隣には大事だって言っていた彼女の姿があったんだろうに」
 自分にはない柔らかさと、もしかしたらという可能性を宿せるであろう身体。それを手にすることが出来て居れば、森の奥にある閉ざされた空間でも、永遠とも言える長い刻を幸せに暮らすことも出来たはずだ。
「……わっかんねぇな。何だって、こんな……」
 それを何度かアシュレーに聞いたことはあった。それでも、返ってくる答えはいつも同じもので。あの時の選択を後悔したことは一度も無いと悲しそうに微笑まれてしまう。
「寂しい……って思ってるからそんな顔するんだろが」
 聞いて欲しいが、流してくれても構わないと。特に返事を求めることなく、一方的に続く会話。
「例えさぁ、眷属にしないで彼女の刻が人と同じように終わったとして、二人の子供は残せたんじゃねぇの? そうすればアンタは一人じゃ……」
「それ以上は言わなくて良いよ」
「……はぁ」
 大きな独り言は相手の言葉によって遮られてしまう。相変わらず、ロイの身体はアシュレーの腕の中で。自分の事を離そうとしない相手に大きな溜息を吐いた後、ロイは面倒臭そうにアシュレーの背を撫でる。
「よしよし」
「…………」
 不器用な獣。それが、今のアシュレーに対して抱く印象。それが実に面倒臭いとロイは静かに瞼を伏せた。

 相変わらず世界は忙しなく動いている。フリークスがハントの対象だからといって、全く共存出来ない訳では無いらしく、人型に近い者の中には、人と生活を共にするものもいる。それは、種族的に大きなコミュニティを持ったものから、個人的に相手を気に入って共棲をしているものまで様々だ。
 活気のある店内には、注文の商品を持って忙しなく動く店員の姿がある。従業員の殆どは人間ではあるのだが、何人かは人間の形とは異なったパーツを持つ者も混ざっていた。それは何度見ても慣れない光景だと、アシュレーは言葉を零す。
「……昔とは随分状況が変わったんだなぁ……」
 森の奥に引きこもっていた頃は、人と化け物の境界はとてもハッキリとしていた。その壁はとても高く、簡単に乗り越えられるようなものでは無かったはずだと。
「また言ってら」
 それを聞き飽きたとでも言うように、ロイは箸を器用に使い、こんがりと焼けた叉焼を頬張った。
「確かに、まだフリークスと人の距離は存在してるよ。ただ、アンタがいた頃から穏和な種族は人と共生はしてたんだろ?」
「……そう……なのか?」
「そうだよ」
 豪快に盛りつけられた中華料理。その皿を差し出しながらロイは言葉を続ける。
「耳長とかは薬草の知識に精通しているからな。彼らのコミュニティとなんかは薬学を通して交流があったりするし、火山帯を住処にしているやつとかは、鉄鋼技術に長けている。どこの製品よりも物が良いから交易を行っている国は沢山あるんだぜ」
「へぇ……」
「ギブアンドテイク的なものだと、あんた等みたいな吸血種とかは長命種なだけあって学問に強いだろ? 体液を直接摂取しないかわりに、ライフラインを保障する。そういう規定条約に同意さえ出来れば、人間の政府機関が収める国の学校なんかで教鞭を執ることだって出来るしさぁ」
 少しずつ消えていく皿の中味。喋りながらも、ロイは食べ物を摘む手を止めることはない。
「今は暮らしの形態が昔とは変わってんだよ。争い事を面倒臭いから良い方に変化したいって奴も結構いるんだって」
「そうなのか」
 口を動かす合間合間に、勝手に相棒の皿に取り分けられていく料理たち。一人で食べるのも味気ないと目で訴えれば、思い出したようにアシュレーも皿の中味を口に運び始める。
「もしかしたら、アンタもそっちの方が向いてるのかもな」
「何が?」
「ハンターじゃなくて、教師やってみなよって話」
 それは勿論、冗談半分で呟いた言葉だ。
「アンタさぁ、頭の回転早いし、飲み込み良いじゃん? 性格も粗暴じゃなく穏和だし、ニコニコしてりゃ周りに好感持たれるっぽいし。ちょっと勉強して試験受けたら、案外アッサリ免許が取れたりして」
 言葉にすると、段々実現しそうな気がしてくるから不思議である。思いつきで言ってみたが、思ったよりも悪い考えじゃない気がして、ロイは無意識に表情を綻ばせた。
「そうだ! 試験、受けてみろよ。で、良い就職先が見つかれば、漸くこんなヤクザな仕事からおさらば出来るぜ?」
「それは……」
「同族を狩るよりもよっぽど健全だろ? そうしなって! なぁ」
 何故そう言う言葉が自然に出てしまうのかは至って単純な話。いつまでも自分に依存しないで欲しいという願いと、共に仕事をすることで、アシュレーに同族を狩らせてしまっている負い目。確かに着いていきたいと願ったのはアシュレー自身ではあるが、それは永遠ではないとロイは願っている。
 そう。始めは、適当に何処かの町で別れるつもりだった。あくまでも自分は、新しい世界に足を踏み出したばかりの相手を導くだけの案内人。手を引いて歩くのは案内板の在る分岐点まで。それだけの関係で終わるつもりだったのだ。だから、本気で仕事を手伝って欲しいと願ったわけではないし、これほど長い時間、生活を共にすることは想定外である。
「……ロイは、俺が居ない方が良いと思っているのか?」
「んー……」
 こういった話は、この数ヶ月で何度か口に出してみた。だが、その度に齢何百歳の化け物は、捨てられた子犬のように悲しそうな表情を浮かべ俯いてしまう。
「居ない方が良いっていうかなぁ……」
 居てくれたら助かる。確かにそれは間違い無い事実だ。しかし、それが長くなれば成る程、相手の自分に対しての依存度は高まっていく。
「アンタさぁ……本当に自分の同族を狩ること、嫌じゃねぇの?」
「…………」
 何時の間にか止まってしまった箸。店内の賑やかな音楽とは裏腹に、二人の座った卓の空気だけが重くなる。
「正直さ、俺だったら嫌だって感じるわ。お前が言うなって話ではあるけど、自分に関係無いところで相手に取って都合が悪いからって狩りの対象に指定されちまうんだぜ? まぁ、中にはいたぶることが趣味で食う事が娯楽ってやつもいるだろうから、正面からぶつかってどちらかが殺される的な状況があっても仕方ないんだけどよ……中には……なぁ……」
 相変わらずアシュレー側からの反応はない。一度言葉を濁して視線を逸らした後、ロイは声のボリュームを落としてこう呟く。
「……アンタみたいな……何も知らないのに勝手に狩られてる奴もいるんだろうなって」
 言い淀んで俯いて、瞼を伏せると目の前に広がる闇。塞ぐことの出来ない耳からは相変わらず賑やかな音楽と楽しそうな会話が聞こえてくるが、意識はほんの数ヶ月前の記憶を辿り始める。
「俺…さ、アンタに会うまで気にしたこと無かったんだよね。フリークスって、リストにファイリングされたらそれだけで狩りの対象になるんだってのが当たり前だったからさぁ」
 それはただ単に運が良かっただけなのだろうか。請け負う仕事の質の問題で、ロイが手掛ける依頼の殆どは、凶悪とされるフリークスの討伐が圧倒的に多かったのだ。人と良好な関係を築く異種の依頼は調査という名目で討伐は含まれていない。そのため、狩りと調査の線引きはハッキリとしていた。
「アンタが始めてだったんだよね。俺の常識が通用しない相手って言うのがさ」
 その線引きを曖昧にしてしまったのがアシュレーとの出会いだ。
「まぁ、内容をしっかり確認しなかったのと、思い込みでそうだと決めつけてたことは悪いとは思うよ」
 フリークスの中には刻を自ら止め、殻に籠もることで世間から離別してしまった者が居ると。そういう者達は、非常に無知でありどこまでも純粋なのだと言う事を知って以来、どうにも仕事がやりにくい。
「アンタさぁ、これから何をしたいわけ?」

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