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09
 買い物が終わり駐車場へと移動する。
「荷物…持つの手伝おうか?」
「いいや。大丈夫だって」
 思ったよりも量の増えた戦利品。不安定にバランスが崩れそうな袋を抱え直してライアンは笑う。
「ごめん。俺が自分で持てれば良かったんだけど」
「そういうことは言いなさんなって。俺はノアのために何かが出来る事が、純粋に嬉しいんだよ? 気にしない、気にしない」
 そう言って先に歩き出すライアンの足音。少し距離を置いてノアも続く。はぐれてしまわないように、同じ歩調で歩くノアに、突然ライアンが足を止めて振り返った。
「ライアン?」
 聞こえなくなった足音。不安そうにノアが顔を上げる。
「ほら。おいで」
「……あ…」
 離れた足音が自分の方へと近付いてきて止まる。軽く肩を叩かれて歩く事を促されたノアは、声のする方へと顔を向け僅かに眉間に皺を寄せ口を開いた。
「杖を持っているしルーティのハーネスを握ってるから手は繋げないけど、隣で歩く事くらいは出来るだろう?」
 片腕で上手くバランスを取った後、ライアンは先程店内でやったのと同じようにノアの頭を撫でる。
「俺の後からお前が付いてくるのも嫌じゃないけど、俺はお前の隣で歩きたい。そんな我が儘を言ったりしたら迷惑か?」
「……ううん。そんなことない」
 俯き小さく首を振ると、力の入らない手がノアの頭を小突いた。
「なら、ほら。一緒に歩こう。車までは直ぐ其処だから」
 再び耳に届く足音。今度は少し離れた前の距離ではなく自分の隣から。
「ライアン」
「ん?」
 名前を呼ばれたことでライアンは隣へと視線を向ける。
「隣に立って歩くのって楽しいね」
「…そうだな」
 片腕で荷物を持ったせいで遊んでしまった右手。無性に手を繋ぎたくなり無意識に伸ばすが、ノアの持つ杖に気が付き固く握りしめる。
「こんなに近くに居るのにな…」
 相手に迷惑が掛かるため手を繋ぐことですら難しい現状。
「いつかは、手を繋いで歩く事も可能…なのかな…」
「何?」
「いや。何でもねぇよ」
 何でもないとライアンは言う。それでも先程まで上機嫌だった声のトーンが今は異なる事にノアは気が付いていた。何かがあってライアンは落ち込んでいるらしい。異なる人間だからこそ、相手の考えは理解出来ない。それは何も悪いことではないのだが、理解出来ないからこそ、些細なことで強く不安は感じてしまう。
「…………」
 杖を握る手に力が入る。杖を放り出してライアンの腕に触れたい。手を握って貰えれば、そこから伝わる温もりで心は確かに安定することを知っている。しかし、杖がなければ家の中という空間ではないこの場所でまともに動くことすらままならない。
「……ノア?」
「…っっ」
 それでもノアは行動を起こす。杖の紐を手首に掛けると、左手を彷徨わせて何かを探す動きを見せた。暫くしてノアの左手の指先がライアンの羽織っていたジャケットに触れる。それを確かめると同時に嬉しそうに崩れる表情。皮のジャケットの感触を確かめながら指を下ろし漸く辿り着いた温もりに指先を這わせると、ノアは躊躇うことなくそれを強く握り込んだ。
「え?」
「手、繋ぎたかったから」
 ライアンが躊躇ったそれをノアは求める。杖の代わりにしっかりと握られた手の感触。
「でも…お前…」
 慌てて杖を握らせようと藻掻くが、それを嫌がるようにノアは首を左右に振った。
「杖を握るより、ライアンと手を繋ぐ方が嬉しい。杖がないから、誘導してくれる?」
 自分から不安定な状況を求め自分に縋るノアを、ライアンは突き放すことが出来るはずもなかった。
「…本当に…良いのか?」
 一度繋げてしまった手の温もり。それを手放せと言われても素直には頷けない。もしノアが否定的な言葉を言ったとして、自分は判ったと身を引くことが出来るのか心配になる。
「良いよ。ライアンに連れて行って欲しいし」
 だが、その心配は杞憂に終わったようだった。猫のように甘えすり寄るノアが早く以降と腕を振る。否定的なことを言われなかったことにほっと胸を撫で下ろすと、ライアンは一歩前に足を踏み出し歩き出した。
「歩くのに支障がでそうなら手を離すから。やばかったら言えよ」
「判った。ナビ、よろしくな」
 時間は無限にあるわけではない。だが、ノアの時間は普通の人間よりも進むのが遅い。先程以上にゆっくりと進む歩調。前の状況が判らないせいで行動はより慎重な物へと変わる。その状態に心配はしつつも、ノアの優しさに甘えている自分。絶対にノアは自分の欲しくない返事を返さない。自分の望んだ答えだけを提示して欲しい訳ではないが、常に考えを読み取られているかのように何時だって欲しいと思っている言葉を返される事にとても驚く。
「ああ、そっち。段差があるから危ないぞ」
 先に進もうとするノアの手を引っ張り一度足を止めさせる。
「何処?」
「右側。足を伸ばせばつま先が触れる位の距離だな」
 言われてノアは右足を伸ばす。つま先で障害物を探し場所を把握すると、それを起用に避けて先に進む。
「…やっぱり杖…」
 が有った方が安全に進めるんじゃないか。そう言いかけたライアンの言葉をノアは急いで遮った。
「ライアンに誘導して貰う方がいい。そう望んだのは俺だってば。気にしないでよ」
「………そうは言ってもなぁ…」
 いつも以上に危うい歩くという行動。ほんの僅かな距離では有ったものの、目的の場所に辿り着くまで十五分近くもオーバーしてしまっている。
「着いた?」
「ああ」
 一度ノアの手を離しポケットに右手を突っ込むと、キーを取り出してロックを外す。
「ほら、乗った乗った」
 後部座席のドアを開けて乗るように指示を出す。介助犬が主人の顔色を窺うようにして顔を上げた。介助犬の動きを手で感じたノアは、傍にしゃがみ込んでハーネスを外すと、車に乗り込むように指示を出す。指示に素直に従って動き何時ものポジション収まる様にして座る介助犬。
「それじゃあ、ノアも乗って」
 次にノアを車内に座らせようとライアンが動く。手に持った荷物を抱え直しノアの腕を掴むと、ドアの傍まで連れて行き足を上げるように指示を出した。
「ほら、右足上げて」
 何時もなら素直に従うその行動。しかしノアは一向に足を上げる気配がない。
「ノア? どうしたんだよ。車に乗らないと帰れないんだけど…」
「此処は嫌」
「え?」
 そう言ってノアが軽く首を振り指示を嫌がった。
「何でだよ? どうして? ノア」
 何時もとは違う反応にライアンは戸惑う。今すぐにでも家に帰って抱きしめたいのに、中々車に乗ってくれないノアに泣きたくなってしまう。
「頼むから、大人しく此処に座って…」
「絶対嫌」
 介助犬の隣に空いたスペース。其処に乗るのは嫌だと頑なに拒み続けるノア。
「でも、それじゃあ家に帰れないだろう?」
「なら、ライアンの隣に座りたい」
「なん…だって…?」
 ライアンの腕を強く握り顔を上げるノアに思わず言葉が詰まった。ノアは今、なんと言ったのだろう? いつも以上に回転の遅い頭を必死に動かし考える。
「声が遠いのが気になってた。ライアンの隣に空間があるよね。其処、多分座るスペースがある気がする」
 離れたくないと弱々しい力で握り込まれる腕。
「荷物が偶に其処に置かれるけど、俺の膝くらいの位置で音が止まるから、多分それ、椅子か何かだよね? もしライアンの隣に座ることの出来るスペースがあるんなら、俺は其処に座りたい」
 別に介助犬の隣が嫌なわけではない。ただ、隣から聞こえてくる声が何時も車という空間に入り込むと必ず前から聞こえてくる物に変化することが寂しいとは感じていた。先程ライアンが隣で歩きたいと言ったように、少しだけ自分も我が儘に主張してみたい。もしライアンの隣に居ることの出来る空間があるのなら、常に其処は自分の居場所であると感じていたいとノアは必死に訴える。
「……俺の…とな…り…?」
「そう。ライアンの隣。ライアンの隣に座ってみたい。ダメかな?」
 無理だというのなら諦める。そんなニュアンスを漂わせながら顔を伏せたノアに、ライアンは慌てて首を振った。
「ダメじゃない! ダメなんかじゃねぇから!!」
 常に介助犬の傍にあった方が良いと思い何時も後部座席に座るよう指示を出していたが、始めてノアの方から自分の隣に腰掛けたいと言われ次第に緩む顔の表情。
「ノアが其処に座りたいっていうんなら、何時だって其処に座って欲しいよ、俺は」
「本当?」
 ノアの相棒には悪いが少しだけ感じる優越感。
「本当。だって隣には何時だってノアが居るんだぜ? 文句なんて一言も言えないだろう?」
 それならばと早速ノアの身体をドアから離し後部座席に持っていた荷物を乗せる。何時もとは違う状況に介助犬が目を瞬かせるがそのままドアは小さな音を立てて閉ざされた。次に開けたのは助手席のドア。
「今日はこっちな。乗り方は何時もと同じ。ほら、足をあげて」
「うん」
 今度は大人しくライアンの指示に従いノアが動く。ノアの身体が何時もとは異なるシートの上に収まると、シートベルトを伸ばして一度それを手渡し持っているように指示を出した後、ライアンは助手席のドアを閉めて左手側に回り、運転席のドアを開いて車内に身体を滑り込ませた。
「はい。シートベルト頂戴」
「これ? うん」
 素直に渡されるシートベルト。金具を連結具に差し込み安全装置をセットすると、自分もシートに背を預け同じようにシートベルトを掛ける。
「ちょっと苦しいかな?」
「我慢しろって。安全の為、安全の為」
 普段は無い息苦しさに眉を寄せるノアの頭を撫でた後、キーを差し込みエンジンを掛ける。暫し温めた後クラッチとブレーキをを踏みながらギアをシフトしサイドブレーキを離すとブレーキからアクセルへと足を移動し、ゆっくりとクラッチからアクセルへと踏み込みの深さを切り替えて流すタイヤ。

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あきゅろす。
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