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03
 出会って間もない知り合いがこんなにも早く自分を訪ねてきてくれるとは正直驚いた。だが、そんな小さな気遣いが始めての事で、ノアは自然と声が弾む。
「何だかとても楽しそうですね」
 朝食がまだだと言う事だったので、ライアンが買って来てくれたデリバリーのパッケージを一緒に摘む。
「ええ。ライアンさんが来てくれたから」
 こういう風に自分の事を気遣い訪ねてきてくれた友達は初めてで、ノアは正直に自分の気持ちを伝えた。
「貴方がこういう風に笑ってくれるのなら、俺も訪ねて来てみて良かった」

 その日から少しずつ、ライアンがノアの元に訪れる機会が増え始めた。始めは数時間会話を楽しむ程度だったものも、何時しか共に外出をする様になり、夕飯を過ごす時間も増え始め、最近ではノアの家にライアンが泊まる事も少なくは無くなった。
「お早う、ノア」
「……うん」
 誰かの温もりが傍に有ることが嬉しい。洗面所から聞こえてくる音を頼りに向かった先でライアンの気配を見付けたノアがドア越しに様子を覗っている。それに気付いたライアンは、使っていた剃刀の泡を軽く落としながら口を開いた。
「今日、朝食は軽めで良いか?」
「ライアンに任せるよ」
 そう言ってノアは一度トイレへと姿を消す。
「……任せる、か」
 その言葉に思わず笑顔を浮かべ頭の中で献立を考える。余り料理は上手い方ではない。いや。見た目は上手いとは思うが味覚が今一とよく文句を言われる事が若干のトラウマにはなっている。
「無難なのにしとこう」
 再び開始する髭剃りという作業。ライアンの肌にあった髭が無くなり随分とさっぱりした顔。
「髭剃り、終わった?」
「ん? ああ」
 絶妙なタイミングで現れたノアに顔を洗ったライアンがタオルで水気を拭きながら答える。
「手と顔、洗っても良い?」
「OK。どうぞ」
 脇に退け場所を譲ると、パジャマの袖を捲りながらノアが洗面台に近付く。
「目が見えて無くても物の位置は把握してるんだな」
「家の中だけならね」
 少しだけ手を動かしてコックを探し捻ったノアが流れ出した水の中に手を突っ込んで洗う。多少手が迷うこともあるが、大体は物のある場所からそれが外れることはない。家の中だけでなら、階段の上り下り以外の動作は杖無しでも支障を余り来さないことに始めの内は驚いた。
「髭剃り…」
 流石に剃刀は使えないらしく電気シェーバーを探すノアの手を掴むと、ライアンは自分の方へとノアの身体を向かせて向かいあう。
「ライアン?」
「剃ってやるよ」
 鏡を見て作業が出来る訳ではないから偶にある剃り残し。折角の男前が台無しだと常に思って居たため、この機会にとライアンが提案した。
「べっ、別にいいよ!!」
 それが恥ずかしいらしくノアが全力で拒否を示す。
「良いって。俺が構いたいんだから」
 片付けられた電気シェーバーを片手にノアの頬を撫でる。
「……それじゃあ…お願い」
「了解〜」
 肌を傷つけない様に丁寧に剃っていく伸びた髭。男の髭剃りをまさかする日がくるなんて思っても見なかったが、元々世話焼きな気質だったせいか、こうやって相手を甘やかすことは純粋に楽しい。口から零れる音外れのメロディ。それに対してノアがクスクスと笑う。
「くすぐったい?」
 一度シェーバーを肌から話首を傾げると、ゆっくりと左右に振られる首。
「音、外れてる」
「え!?」
 歌が上手いと褒められたことはないが、面と向かって音痴と言われた事もないため、ライアンは間抜けな声を上げて固まった。
「其処のメロディはこうだよ」
 そう言って音を紡ぐノアに絶句。
「……俺…ずっと間違ってこの歌覚えてた」
「そっか」
 綺麗にノアの髭を剃り終わるとシェーバーを掃除し片付ける。
「それじゃあ、顔洗ったら飯にしようぜ。先にキッチンに居るから」
「うん」
 軽く頭を撫でられ遠ざかる気配。
「……ありがとう、ライアン」
 ライアンに撫でられた頭を自分の手で撫でると、指示された通りノアは洗顔を開始した。
 タオルを首に巻きキッチンに顔を出すとふんわりと香る卵とベーコンの良い匂いが鼻を擽る。
「ベーコンエッグ?」
「そ」
 それはノアも好きなメニューの一つ。椅子を引いて腰掛けると、直ぐ目の前に皿が置かれる音が響く。
「俺の?」
「そうだよ。どうぞ」
 隣にもう一枚皿が置かれライアンが腰掛けた気配。
「おっと! そうだ、コーヒー、コーヒー」
 良いながら慌ただしくライアンが席を立つ。少し遅れてコーヒーの匂いが広がり、皿の横に先程とは違う音が聞こえてきた。
「ミルクはいらないんだったよな?」
「うん」
 此処まで揃ったら漸く朝食の時間。物の場所を把握するために何処に何が有るかを質問するノアに、フォークを握らせ一つずつ場所を指示するライアン。
「ごめんね。面倒臭くて」
「いいや、全然。寧ろ嬉しいよ。ノアが俺を頼ってくれるのが」
 自分がライアンに迷惑を掛けていることは気付いては居る。それを謝るとライアンは首を振って迷惑なんかではないと否定してくれる。自分の世話を焼いてくれる友人は何処までも優しい。優しいからついつい甘えてしまう。
「後でルーティの朝食も用意してやらないとな」
 フォークに突き刺したベーコンを口に運びながらライアンは言う。
「そうだね。ルーティ、お腹空かせてるかも」
 パンを囓りながらノアは答えた。

「そうだ。今日、俺遅いから」
「え?」
 服を着替えながらライアンが思い出したように呟く。
「帰ってくるの。だから先に寝てても良いぜ」
「………クスクス」
「何が可笑しいんだよ」
 靴紐を結んでいた手を止めライアンが不機嫌そうに呟く。
「別に気にしなくても良いのに」
「何が?」
「帰ってくる時間」
 壁に持たれながら尚も肩を震わせるノアに小さく傾げる首。
「どういう事だ?」
「だって、一緒に住んでる訳じゃないだろ? だから俺に気を遣う必要は無いじゃん」
 割と頻繁に泊まりに来ているせいでつい忘れがちになってしまっている事。
「……あ…」
 そうだったとライアンは表情を歪める。確かに同居をしている訳では無い。ライアンはノアのルームメイトではないのだ。ただの友人であり、居候に近い立ち場。場所は提供して貰っても、生活を共にする必要は何処にも無い。だが、それを改めてノアの口から言われてしまうと悲しくなる。自分は必要とされていないんじゃないかと不安に囚われ吐いた溜息。
「ライアン?」
「……迷惑…だったか?」
 ガッカリとした口調で吐き出された言葉に今度はノアが慌てた。
「そんなことない! 一緒に居てくれるだけで助かってるから!」
「……本当に?」
 助かっている。それは本当の事だった。ライアンの存在に随分と助けられているのは事実。
「うん。物凄く助かってる。ライアンが居てくれて良かった」
 そう言ってやると安心したように息を吐き出し、ライアンが小さく声を上げた。
「良かったぁ…ノアに迷惑だって言われたらどうしようかと思った」
 再び靴紐を結ぶ作業を開始する。
「気を遣わないでも良いってお前は言うけど、俺が好きでお前の傍に居るんだよ? お前の元に帰ってきたいから此処に来るんだ。お願いだから気にしなくて良いなんて事は言わないでくれ」
「……判った、ごめん」
 何故こんなにも自分の世話を焼いてくれるのだろう。ライアンの好意に感じる戸惑い。
「それじゃあ、後でな。もしかしたら明日の朝かもしんねぇけど、絶対戻ってくるから」
「別に…」
「良いなんていったら叩くぞ、こら!」
 言ってる傍から軽く小突かれる。
「もう叩いてるし」
「ははっ。じゃあ、いってきます」
 そう言って軽く肩を抱き込まれた。
「……あ…」
 ライアンが寝泊まりする様になって始めてされた抱擁。
「…いって…らっしゃい」
「応! 後でな!」
 どうやらそれは無意識だったらしい。ライアンが階段を下りていく足音。やがて玄関のドアが開かれ小さく閉まる。
「…変な奴」

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