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01
※元は二次創作です。流血・性描写表現有り。18禁。

 ノアの目は生まれつき光を映すことはなかった。そのため、彼は世界を見ることは叶わない。生きていくことも苦労し、生活の幅も狭かったが、両親や妹の存在に支えられ、それなりに幸せに暮らしてはいた。彼の生活が変わってしまったのは、彼が十八の時である。
 彼が眠っていることに遠慮したのだろう。両親と妹が彼を家に残して出掛けた日が、彼等が最後に生きていた日となってしまった。鳴り響く電話のベルで起こされたノアは、まず母親を探す。だが、返事はない。家の中に誰の気配も感じられないことを理解すると、仕方なくベッドの脇に立てかけてあった杖を片手に部屋を出た。手すりを掴み階段を降りると音を頼りに電話を探す。漸くそこに辿り着いた所で受話器を上げそっと耳に押し付けた。
「はい、ディングレイです」
 それがノアの世界が大きく変わることになった出来事。
 その日を境に彼は一人になった。幸い、面倒見の良い親戚が近所に暮らしていたお陰で生活に大きな支障を来すことはない。ハンディを負っている割には友人たちにも恵まれていたのも救いの一つだ。だが、それはあくまで表面上の事。一歩家の中に踏み入れ扉を閉められてしまうと、途端に外界から隔絶され孤独が隣で寄り添い始める。
「ルーティ」
「ハッ、ハッ」
 姿を見ることの叶わない介助犬が、彼のもっとも近い唯一の家族。今はまだ介助犬が居るお陰で寂しさも紛れてはいるが、いつかはこの介助犬も返さなければならない。新しい介助犬を預かることができるまで独りの時間を過ごすことになる訳だが、それがとても悲しく寂しいと感じている。それでも彼は死を選ぶことはせず、闇に覆われた世界で細々と生きていた。

 ライアンの生活を変えたのは一つの仕事がきっかけだった。依頼は割とシンプルな物で、遠隔射撃でターゲットを仕留めると言うもの。長年使い込んだ相棒を組み立て屋上のスポットに設置する。片方だけグローブを嵌め短く刈り込んだ髪にニット帽を被りコンクリートの上に寝そべる。グローブを嵌めていない方の指を軽く湿らせ風向きを確認すると、もう片方の手にもグローブを嵌め効き目をスコープに宛てターゲットを探した。基本的にチャンスはたったの一度きり。そのせいか、正確な射撃の技術が求められる。弾の射出角度と速度、ターゲットまでの距離、トリガーを引くタイミング、銃口の跳ね上がりの角度による弾道のズレに対する補正。その他に天候、風向きと風速、突然発生するイレギュラーな要因に対する対応など。一瞬の判断ミスも許されない状況が、今と言う時間。全ての条件を頭に入れスタンバイ。
「さてさて…さっさと仕事を終わらせて、帰って寝ちまいましょうかね」
 アークティク・ウォーフェア・マグナムの銃床を肩に付けると、ライアンは呼吸を絞りトリガーを引くタイミングを待った。
 トリガーを引くまでの時間は何時だって緊張感が高まる。渇いてくる唇を湿った舌で舐めることで潤すと口角を吊り上げトリガーに触れた指に力を籠めた。ターゲットが歩くスピード。丁度銃口から伸びる弾道の先にターゲットの頭が重なった瞬間、躊躇うことなく指を手前に引く。小さな発砲音を立てて銃口から射出される.338 Lapuaのマグナム弾。発砲した際に僅かに跳ね上がった銃口。暴走する前に銃身を押さえ込み素早くボトルレバーを引き、打ち損じた時の為にと薬室に弾をセットしスコープを覗く。弾道にブレが無いようにと肩に当てた銃床から叩き込まれた衝撃がじんわりと痛みを広げる。さて、どういう結果になるのだろう。ライアンは細く呼吸を繰り返しながら事の顛末をスコープ越しに見守った。
 ライアンの放ったマグナム弾は、大幅にズレることもなく真っ直ぐにターゲットを目掛けて進む。硝子に入る小さな罅と出来た穴。弾が吸い込まれるようにターゲットのこめかみに辺り頭蓋を破壊する。頭の中を通過した凶器が反対側の骨を破壊し皮膚を打ち破り壁にめり込まれた。大きく傾くターゲットの身体。まるでスローモーションの映画を見ているかのように床に崩れ落ちる。
「BINGO!」
 此処まで確認すればこの場所に留まる必要は無い。急いで身体を起こすとアークティク・ウォーフェア・マグナムを持ち上げ一度奥へと移動する。素早くケースを開き相棒を解体して中に詰める。まだ熱を持っているためグローブ越しにもその熱さが指に伝わってくる。だが、相棒の熱が冷めるまでのんびりしていられる状況ではない。解体し終わった相棒を納めたケースは更に射撃の試合用ライフルのケースに入れファスナーを閉める。素早くその場から立ち軽く片付け忘れとこの場に自分が居た痕跡が残っていない事を確認すると、ライアンはさっさと屋上から姿を消した。
 建物の中に入り裏の階段を下りながらニット帽と手袋を外す。階の途中で着ていたコートの袖を伸ばし手を包むと扉を開け廊下へと出た。このフロアには監視カメラが付いていないことは確認済み。この時間なら人気も殆ど無いことも事前に調査してある。一度フロアに人が居ないかどうかを確認した後階段からフロアへと移動した。目指すは職員用ロッカールーム。仕事をこなすには何処までも用意周到に。コートのポケットから作った合い鍵を取り出しロッカールームの鍵を外すと、誰も居ないことを確認して部屋の中に身を滑り込ませた。室内に入り鍵を掛け、更に奥へと進む。今は使われていない職員のロッカーの前でコートから手袋を取り出し嵌めると、その扉を開け持っていた相棒の入ったケースを下ろした。先に調達してあった職員の制服に着替えた後、用意してあった麻袋にライフルの入ったケース、コート、自分の着ていた衣服、靴、帽子や手袋などの備品を纏めて口を縛る。制服に偽名の名札を付けた後、ロッカーを閉め鍵を掛けて麻袋を持ったまま部屋を出た。廊下を進む途中でダストシュートに立ち寄り、持っていた麻袋を其処から落とす。建物から出た直後に回収しに行かないと拙いが、下手に荷物を持ってうろつくよりは怪しまれる可能性はぐっと低い。ゴミの回収業者が入るまでの時間は三時間。それまでにライアンはこの建物から出ないと行けなかった。
 なるべく怪しまれないように注意を払いながら建物の中を歩く。幾つもの場数を踏んできているためそれなりに経験が物を言う状況。無事に建物を裏口から脱出すると、急いでダストシュートに放り込まれたゴミが辿り着く集積所に向かう。目的の麻袋は直ぐに見つかった。それを回収して路地に戻り、麻袋を開け服を着替えて職員用の制服一式を今度はその麻袋に詰めてビライアンをかけた。その後ケースの中にあるスペースにそれらを押し込めるとライアンは伊達眼鏡を掛け町の中に紛れ込む。目指すは愛車を止めてある駐車場。この仕事は楽勝だった。そう思い無意識に口角を吊り上げたときだった。
「あっ」
 自分の左肩と相手の右肩が当たる。相手がバランスを崩し前に倒れ込んだのに気付き慌てて腕を伸ばし相手の身体を抱き留めた。
「すいません」
 まず真っ先に感じたのは違和感。その正体が何であるかは直ぐに分かる。
「いいえ。こちらこそ、すいませんでした」
 盲目者用の杖とハーネスを付けた犬。自分のぶつかった相手が視覚障害者であることに気が付きライアンは表情を歪めた。
「前を見ていなかったもので、ホント申し訳無い」
 相手の身体をきちんと地面に立たせた後もう一度謝れば、ぶつかった相手はサングラスを付けた顔を此方に向け柔らかく微笑んだ。
「大丈夫です。俺も…ルーティ……あっ、介助犬の言う事を無視して進んでしまっていたので確認不十分でしたから」
 風に吹かれて相手の髪の毛がふわりと揺れる。
「……どうかしましたか?」
「…いえ」
 ライアンはぶつかった相手の顔を見て酷く驚いた。サングラスをしていて髪の毛足が長いため印象は随分と変わるが、まるで鏡を見て居るかのように自分とそっくりな容姿。
「……どち…らまで…?」
 何故そんな事を聞いたのかは判らない。だが、その言葉は自然と口から出てしまっている。
「買い物をしてきた帰りで、今家に帰ろうと思っていた所です」
 見ると確かに男の手には白いビニール袋が握られていた。只でさえ両手が塞がっている状態だ。その袋を持つことによってバランスは更に悪くなる。
「良かったら、俺が持ちますよ、その荷物」
 ぶつかった詫びにと提案した申し入れ。
「いいえ。大丈夫です」
 それは悪いと相手は断ったが、無理矢理その手から荷物を奪うと、ライアンは家は何処だと問い掛けた。
「……えっと…」
「気にしないでも大丈夫。俺も家に帰るだけだったんで、後の予定は無いんです。荷物持ちくらいで許しては貰えないでしょうけど、これくらいはさせて下さい」
 家に帰るまでのロスタイムは生まれるが、この人を放っておく事が出来ない。そんな気持ちからライアンは進んで手伝いを申し出た。
「…それじゃあ、お言葉に甘えて」
 介助犬に指示を出し男がゆっくりと歩き出す。それを追う様に隣でライアンも歩調を合わせて足を動かした。
「…差し支えなければ、名前を教えて貰えませんか?」
 杖を突きながら男が問い掛ける。
「俺はシュー……」
 始めライアンは自分のコードネームを言おうとした。だが、この人にそのコードネームを知られるのが無性に嫌で一度言葉を濁す。
「どうかしましたか?」
「いいえ。ライアン。ライアン・バレットです」
「へぇ…」
 本名は名前のファーストネームの部分だけ。当然ラストネームは適当に付けたものである。それに対して男は驚いた様に声を上げる。
「確か何かのブランドと同じ名前だ」
「え?」
 そう言われてしまったと思いライアンは表情を歪めた。
「凄いですね。もしかして、ご本人ですか?」
「…いいえ。偶然同じ名前ですよ。何か嫌だなぁ…恥ずかしい」
 適当に言葉を濁しその場を切り抜ける。どうやら相手はとても素直な人間だったようで、「そうですか。偶然にしても凄い」と楽しそうに声を弾ませた。
「ところで貴方は?」
「俺ですか? 俺はノア。ノア・ディングレイです」
 ノアの隣をルーティと呼ばれた介助犬が寄り添うようにして歩く。会話の途中で介助犬に指示を出しながら歩く道。意外にもノアは話し好きのようで、色々と話題を振ってきた。それに一つ一つ答えながらライアンは周りの景色を記憶の中にインプットしていく。そして辿り着いた一件の家。
「こっちです」
「…へぇ…」
 正直意外だった。何故か勝手にアパート住まいだと勘違いしていたのだが、ノアの住まいはきちんとした持ち家。取りだした鍵で扉を開けているところを見ると、それはどうやら冗談では無さそうだ。
「良ければお茶でもどうですか? 荷物を運んで貰った御礼もしたいので」
「…それじゃあ、お言葉に甘えて」
 招かれた室内は随分と殺風景。本当に必要最小限の物しか無く生活感も余りない。
「…こんなに広い家なのに、一人で暮らしているんですか?」
 ふとそんな事が気になり無意識に口に出した言葉。
「昔は…家族と暮らしていたんですけど、事故でみんな亡くなってしまいました」
「…あ…」
 こっちです。と誘われ奥の部屋に通される。気まずい雰囲気が流れライアンは小さく舌打ちを零した。配慮の足りない言葉と傷付いたような相手の表情。何も考えずに軽はずみに発言してしまった言葉はもう無かったもにすることは出来ない。

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