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02
「これか」
 ディスプレイに表示されたのは、先ほど閉じたブラウザ情報。その内容に間違いが無いことを確認した後で、中断していた講義を再会させる。
「今回のターゲットなんだけど、見ての通りまだ細かい情報が登録されていないっぽいな。管理番号が00ってなっているだろ?」
「ああ」
 モンタージュの詳細画面に切り替え分類表を表示させる。左上に表記されている識別管理番号はロイの言葉通り、00と記載されているようだ。底に感じた違和感にアシュレーは首を傾げながら疑問を口にした。
「あれ? でも待てよ。さっき植物型のクリーチャーって言ってなかったか? それなら何故管理番号が00なんだ?」
 ついさき程聞いた話では、形態のはっきりと判る種族はそれぞれ、カテゴリ分けされたナンバリングで管理されるというような内容になっていたはずだ。ディスプレイに表示されているモンタージュは事細かに描かれているわけでははないにしろ、その姿形はどう見ても植物にしか見えない。
「良いところに気付いたな!」
 その気付きに嬉しいと感じたのだろうか。ロイが小さく手を叩きながら楽しそうにそう呟いた後、人差し指を立てながら言葉を続けた。
「さっきも少し説明はしたけど、こいつは変異体って呼ばれている奴だ。素体は植物なんだが、幾つかの遺伝子情報が統合して新しい組織体を形成してしまっている。しかも未だ尚、進化し続けているようだな……」
「どう言うことだ?」
「ここに掲載されている情報は不完全だってことだよ」
 だからナンバリングが00になっているんだ。そこで一度ロイは話を区切り考え込んでしまった。
「……ロイ?」
「だから、まだ情報が新しく更新し続けるってことか」
 そこで一度言葉を句切り、吐き出したのは大きな溜息で。
「コイツ、次にホストにアクセスして情報を引き出したら、形が変わってしまっているかも知れねぇクリーチャーって事かよ。しかし……厄介だなぁ……」
 ディスプレイに表示された情報。スクロールして一通り目を通し終えたところでロイは唸る。
「何で?」
 この世界で判らないことはまだ沢山あると。一人考え事を始めてしまったロイにアシュレーが言葉を強請ると、彼は直ぐにこう答えてくれた。
「基本的に植物型のクリーチャーは核と呼ばれるものを持っているんだけどさぁ……」
「核?」
「そそ。生物で言う心臓みたいもんだよ」
 一度表示された情報を閉じ、新しく検索する単語。次に表示させた情報は、クリーチャーのハントリストなどではなく、クリーチャーの概要を調べるためのアーカイブ情報だ。その中から植物タイプのクリーチャーのリストを選択し、
ホログラフを空間に表示させるべく液晶画面をタップする。
「これを見てくれれば何となく判るとは思うけど、この部分が赤く染まってるだろ?」
「これか?」
「そう」
 一見すると森で良く見る植物の形をしているそれの中心で光る赤。これがロイの言っている核というものだろう。
「本来、植物型のクリーチャーっていうのは、核を持っている本体自体はもの凄く弱いんだ。何故だか判る?」
 突然投げられた質問。一応言葉を待ってはみるが、ロイの口から答えが出る可能性は、彼の反応を見る限り低そうだと判断する。暫く考えた末アシュレーは自信が無いと言うように答える。
「植物だから動けない…とか?」
 出した答えは当てずっぽう。しかし、思い付いたまま言葉を口にすると、ロイは一度驚いた表情を浮かべた後口角をつり上げて笑いながら頷いた。
「正解!」
 軽く手を叩きアシュレーの回答を褒めたロイは、タッチパネルを操作し植物型のクリーチャーの情報を適当に表示させる。表示去れた情報。その一部にタップし、指を動かしスワイプさせることで表示比率を拡大する。余計な情報が省かれたことで随分と読みやすくなった備考欄だけが表示された画面を確認しながら続ける言葉。
「調査報告が不完全……情報不備が多いって訳ね。でも、まぁ予測される核のポイントはおおよそこの辺りだろうな。見てみろよ、アシュレー」
 こっちへ来いと動かされる手に素直に従うと、ここを見ろと指示される。アシュレーは大人しくそれに従いディスプレイへと視線を落とした。
「数字? この数字が何か意味があるのか?」
 ロイが指で叩いた画面に記載されているのは桁の随分大きな数字だ。
「この数字はクリーチャーの全長を表してんの」
「全長……って、はぁ!?」
 アシュレーにしては珍しい反応。それもそのはずで、通常クリーチャーの大きさというのは、どれだけ大きくてもせいぜいメートルクラスがほとんどである。大型に属される種類も全く居ないというわけではないが、そのクラスに分類される程の前兆を持つクリーチャーは滅多に出るものでもなく、そこまで進化するものも極端に少ない。しかしながら、今回のハント対象は、その常識を軽くぶっ飛んでいるレベルの数字で記載されてしまっている。
「ちょっと待てよ、ロイ……これ、軽くキロメートルの単位なんだけど…気のせいなのか?」
「うんにゃ。気のせいじゃねぇな」
 表示されている情報の単位は五キロメートル以上。それだけでも当然、かなり大きいことが解る。
「冗談だろ?」
「冗談なんかじゃねぇみてぇだぜ」
 再びタッチパネルを操作し当該地区の簡易マップを表示させると、クリーチャー情報から割り出された全体像のおおよその座標をコピーしマップに貼り付けていく。暫くすると座標が一つの円を描きその円の中が薄い緑で塗りつぶされた。
「これは?」
「地図とクリーチャーの情報を重ねたもの。これを見て気付くことは?」
 そう言われてもう一度ディスプレイを見直し情報を整理したことで気付いた一つの事柄。
「…………もしかして…この森のこの辺り全部が、今回のハント対象クリーチャーってことか?」
 できれば違うと否定して欲しかった。
「そういうことだね」
 しかし、希望した言葉は返されることなく、あっさりと肯定したロイが備え付けのペン手に取ると、今度はディスプレイにいくつかの丸を描き込み始めた。
「この丸は?」
「始めにこのクリーチャーの目撃情報があった地点だ。ってことは、多分ここが本体になるんだろうな」
 次に描かれた図形は×。その場所は塗りつぶされた円の中心に位置していた。
「それじゃあ、この周りの部分は?」
「クリーチャーの体の一部、触手の部分になんのかな。本体を守るために地に張り巡らされた根やその辺を覆う蔦、その一体に生える植物。触手に触れたことにより乗っ取られた動物などが彷徨く地帯ってことだな」
「はぁ…」
 言っていることは何となく理解は出来る。だが、その光景が全く想像が出来ない。今までロイについて狩りをしてきたクリーチャーとあまりにも条件が違いすぎて、アシュレーは混乱する頭を抱え小さく唸った。
「思ったよりも本体が奥にあるなぁ……。ってことは、空気による感染は考えられないってことになるか。とすると、一度その原因体であるウイルス細胞が動物に感染した後この素体の近くで死亡。その後転移して拡大したと考えるのが妥当かな」
 混乱するアシュレーを一人置きざりにしたままロイは何やら考え始める。次々に表示していく現状入手できている情報。サイドバッグからターミナルユニットの簡易版端末機を取り出すと、ケーブルで接続し情報をコピーしていく。
「しかし…一体どうやって本体を叩くつもりなんだ?」
 一番楽な方法は解っている。森全体を焼き払ってしまえばいい。だがそれをするには非常にリスクが大きいことも理解している。この森は当該地区の面積のうちの三分の二を占めており、迂闊に火を付けると、かなりの範囲の動植物を失うことになってしまう。クリーチャーに支配されているのが森全体に及んでいるのならば諦めもついただろう。しかし、まだ支配されていない部分が殆どのようだ。進化を現段階で食い止め、早いうちに本体を叩いてしまえば運が良ければこの森を救うことが出来るかもしれない。
「考えていることは大凡想像は出来んだけど、それってつまり、ハンターを捨て駒に使うってことか?」
 正直面白くない。コピーの終わった端末からコネクタを外すとロイはやれやれと首を振った。
「アシュレー!」
「ん?」
 ロイの作業は既に完了している。移動するぞと指示を出せば、慌ててアシュレーが足を動かす。
「で、次はどうするんだ?」
「取りあえず、酒場に向かうよ」
「酒場?」
「ああ」

 端末に入ったメッセージの一つ。そこに記載されていた情報には、有る場所に来いとだけ指示が記されていた。その場所というのは、この街で唯一の酒場である。
「うーん……」
 とはいえ、ロイの足取りは何時もよりも重たい。
「どうした? 行かないのか?」
「…………」
 もう既に店の扉に手をかけていたアシュレーがロイに訪ねる。それによい顔をしないロイは、建物から視線を逸らすと一度辺りを見回し、何かを探し始める。
「どうしたんだよ」
 その行動が不思議に思えてアシュレーは首を傾げた。
「やっぱ、中に入らねぇとダメか」
 正直酒場はあまり好きな場所ではないと。入り口で入る事を渋っている様子から、何となくそう思っていることは感じ取れるが、アシュレーにはその理由が判らない。
「………仕方ねぇな」
 覚悟を決めた後、ロイは重い足取りで店の扉を潜る。籠もる酒気に顔をしかませると、奥のテーブルに座っていた団体がロイの存在に気付き声をかけてきた。
「よぉ! 兄さん! 今日は親父さんのお使いかい?」
 チームのリーダーらしき男がからかうようにそう言うと、テーブルを囲んでいた他のメンバーが声を上げて笑う。
「お酒の飲めないお子ちゃまは、こんな場所に用事はないでちゅよね〜」
 予想は出来ていたがやはり来たか。渋い表情を浮かべたままロイはカウンターを目指す。
「ロイ…あれ…」
「いい。気にすんな。……いつものことだって」
 別に未成年というわけではない。だが仕事中に飲酒することをなるべく避けていたロイにとって、酒場での待ち合わせは生殺し状態で苛立つ。それも顔の見知ったハンターの集まる酒場ならなおさらだ。だから無意識に避けていた。この場所に足を運ぶ事を。
 実際、この酒場の扉を開いたのは過去に指を折って数えられるだけ。ハンター協会にIDを登録してある者ならばどんな人間でも揃うこの場に、情報収集の目的で利用した事が何度かはある。
「でも、あんなこと言われて平気なのか?」
 未だ野次を飛ばし続けるテーブル席のパーティに視線を向けながらアシュレーは呟く。
「言いたいだけ言わせておけよ。くだらねぇ」
「それなら何でそんなに辛そうな顔してんだ?」
 カウンターに辿り着き椅子に腰掛けたところで伸びてきたアシュレーの手。
「眉間に皺。また寄ってるぞ」
 ロイの眉間を軽くつついたあと心配そうに眉を下げる男の顔を見ていたくなくて、ロイは鬱陶しそうにその手を払った。
「アンタがからかわれている訳じゃねぇんだから放っとけよ」
 そんなアシュレーを無視しマスターの方に向き直ると、ロイは自分宛に何か伝言がないかと訪ねるべく口を開きかける。
「そんなこと言われても、俺が嫌なんだよ」
「何が?」
「ロイがあんな風に言われてしまうことがさ」
 賑やかだけども何処か素っ気ない。そんな雰囲気が酒気に絡んで辺りに漂う。よく見るとロイを疎ましそうに睨む視線を幾つか見つける。意地の悪い笑みを浮かべていやらしくこちらを見てる者もいる。
「くだらねぇ野次を飛ばしてくる同業者の中には、俺の失脚を願ってる奴が居んだよ。実力主義の世界だからさ、この業界って。あいつ等みたいに真剣に遣り合ってる訳じゃなく、適当に仕事をこなしてるような奴に先を越されちまってんだ。それに対して腹が立つんだろ」
 それが解るからこそ何も言わない。波風を立てたくないから黙って見過ごしている。我慢することに慣れてしまったのは、居場所を失いたくないからだと心の中で反芻するがそれを口に出すことはしない。
「ロイを傷つける者が居るなら、全て殺してやるのに…」
 ロイのそんな思いを知らず、ただ純粋に自分の好意を寄せる相手に対して敵対する者を憎むアシュレーは、恐ろしく低い声でそう呟いた。
「やめろよな。そう言うのホントどうでもいいから」
「でも……」
「いい加減にしろってんの! もしそんなことをするのなら、俺がテメェを即座に殺してやる」
「ロイ!?」
 すっと喉元に突きつけられたコンバットナイフの刃に驚き顔を上げると、怒りの籠もった目で自分を睨むロイと目があう。何故自分が怒られるのか理解出来ずに戸惑うアシュレーは、許しを請うように言い訳を始めた。
「だって、ロイが我慢することはないだろう? ロイは認められてその場所に居るんだ。実力主義の世界なら、力のない者が力のある者を妬むなんて筋違いもいいところじゃないか。それは自分の実力がないからそうなったわけで、ロイに非があるわけじゃ……」
「煩せぇよ、アシュレー」
 黙れ。そう目で脅されアシュレーは口を噤む。
「まぁまぁ。そう相手を虐めなさんなって」
 アシュレーの首に突きつけられていたナイフがすっと下ろされた。止めに入ったのは見かねた酒場のマスターである。

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