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05
 度数の高いアルコールだ。酔いが回れば痛覚の感覚は鈍くなる。男は苦しそうに咳き込み喉を掻き毟る行動を取る。
「おいおい。そんなことしたら、別の傷が増えるだろう?」
 暴れないように両手をベッドの上で拘束したところでグレイヴは困った様に笑った。
「何だか…いけない事してるみてぇだな」
 全裸の男を縛り付けて一体何をしているんだと聞かれても上手い言い訳が出来ない状態。一瞬頭を過ぎった背筋の寒くなるような考えを振り払うと、漸く傷口の具合を見に掛かる。湿らせたタオルを使って丁寧に血液を拭う。血が無くなると見えてくる傷跡。
「矢張り銃創で間違いないか。弾は…」
 身体の中に弾が残っているようなら摘出しないと拙い。酒で意識がぼんやりとしている男の肩を掴み一度身体を横に倒し背中を確認すると、丁度傷口の延長に当たる背中の部分に同じ様な傷跡があった。
「貫通しているか」
 どうやら弾は貫通しているらしい。用意したナイフで傷口を抉る必要は無さそうだとほっと息を吐く。弾が貫通しているのなら手当は簡単だ。傷口を消毒しばい菌が入らないようにしてやればよいのだから。
 手にしたオキシドールをタオルに染み込ませ傷口を拭いていく。オキシドールが染みるのだろう。傷口を拭う度、男が苦しそうに表情を歪め微かに暴れた。
「大人しくしてろって。そうしていれば直ぐに済むから」
 山の中で独り暮らしをしている以上、ある程度のことは自分で出来るつもりだ。夜が明けたらきちんとした医者に診せることにし、この場は兎に角応急処置で済ませてしまう。傷口を綺麗に拭い終わると真っ白なガーゼを宛てテープで固定する。その上から包帯を巻いてやれば治療は完了。
「お疲れさん。終わったよ」
 使った道具を片付けながら男の手を縛っていたタオルを解く。漸く自由になった腕を庇うように自分の胸に避難させると、男が涙を浮かべた目でグレイヴの事を睨んだ。
「……悪かったよ。こんな風に無理に治療をしちまってさ」
 何となく言いたいことが伝わったのか、グレイヴは済まなさそうに頭を掻きながら小さな溜息を吐いた。
「でも…放っておけなかったからな」
 済まない。そう言って男の肩を軽く叩くと、男は驚いた様に目を見開き身を引いた。
「ん?」
「…………」
 暫く無言で見つめ合う。グレイヴは男の言葉を待って黙っていたが、男は一言も言葉を発しない。その内男が小さく肩を震わせ、勢いよくくしゃみをした。
「おっと…」
 そう言えば、ずっと全裸のままだった。
「俺の服で良ければ借りるか?」
 そう聞くと、男は不思議そうに首を傾げる。
「おいおい。頼むから返事くらいしてくれって」
 そう言いながらもクローゼットを開けると、適当に下着とシャツ、ズボンを取り出し男の方へと放り投げた。
「着替え、それで良いだろう?」
 そう言った後、グレイヴは治療のために使った道具を持ち一度部屋から出るべく扉に手を掛ける。
「片付けて来るから着替えておけよ。シーツは後で変えに来る。じゃあな」
「…………」
 ゴミになった消耗品はダストボックスへ。血の付いたタオルは軽く濯いで洗濯機に放り込む。救急箱は忘れない内に指定の場所へ戻し、アルコールの瓶を取りにもう一度寝室へ戻ったところでグレイヴは再び絶句することになる。
「お…まえ……」
 ベッドの上に座る男がじっと此方を見ている。
「未だ着替えてなかったのかよ!?」
 男は未だに全裸だ。貸してやった服はベッドの上に放り投げた時の儘放置されていた。
「何なんだ!? 怪しい趣味でもあんのかよ!?」
 投げた服を手に取ると、今度は男に直接手渡す。
「ほら。さっさと着ちまえ。じゃねぇと風邪引くぞ」
「…………?」
 手渡された衣服を見て男はまた首を傾げた。暫くするとそれの匂いを嗅ぎ始め次の瞬間、服に噛みつく。
「おい!!」
 慌てて服を取り上げると、今度はグレイヴの方を見上げ首を傾げた。
「……まさか……服の着方判らんねぇ…とか…ねぇよな…?」
「…………?」
 男は困った様に眉を寄せる。
「……本気で判らない?」
「…………?」
 言葉では一言も返さない。ただじっとグレイヴを見て居るだけ。
「…判ったよ。怪我してるからな、特別だ。手伝ってやる」
 まるで大きな子供を相手にしているようなこの心境。非常に胸中は複雑である。片足ずつ上げさせて下着を履かせ、万歳をさせてシャツを着せる。もう一度足を上げさせてズボンを履かせれば、取り敢えずはまともな人間の完成。
「つ……疲れる…」
 見た目はそんなにグレイヴと変わらないこの男。いや、寧ろ他人の筈なのに似ている印象さえ与えるこの男は突然グレイヴの目の前に現れ訳の分からない事ばかり起こす。
「お前、一体何なんだ?」
 視線だけを動かし男の事を盗み見ると、男は着せたばかりの服に首を傾げながら顔を顰めた。そのうち袖の部分の匂いを嗅ぎ始め、ある程度匂いを嗅いだ後で今度は服を掴んで引っ張り始める。
「何?」
「うー……うー……」
 何が言いたいのかはさっぱり判らない。しかし衣服が嫌だと思って居るらしい事は何となく判った。
「俺の匂いがするのがそんなに嫌な訳?」
 女に比べれば確かに臭いんだろう。だがそんな風に嫌がられると正直傷付くと言うもの。不憫に思って服を貸してやったらそんな事をされた。グレイヴは不機嫌そうな表情を浮かべ男を睨む。
「悪かったな。生憎此処には俺しか住んでねぇから、俺の匂いが付いた物以外の服はねぇぞ」
「う…………」
 突然男が服を引っ張るのを止めベッドから降りグレイヴの元へと近付いてくる。
「ん?」
 直ぐ目の前で立ち止まると男は目を伏せ鼻を動かしてグレイヴの匂いを嗅ぎ始めた。
「おいおい。ちょっ…何なんだよ…」
「!」
 男が驚いた様に目を見開いた後、嬉しそうに笑いグレイヴに飛びつく。
「うを!?」
「! !」
 ふわりと柔らかい髪の毛がグレイヴ頬を擽った。
「おっ、おい!」
 抱きついてきた男が身を擦り寄らせ甘えてくる。正直訳が分からなくて気持ちが悪い。
「ちょっ…やめっ…」
 兎に角同じ背丈の男に擦り寄られるのは背筋に寒気が走るほど気持ちが悪い。グレイヴは男の肩を掴むと両腕に力を込めて男の身体を引き剥がした。
「何すんだ!? 何考えてんだよ! お前!!」
「っっ!」
 止めて欲しくて怒鳴ったら、今度は男が酷く傷付いた表情を浮かべ俯いた。
「……へ……?」
「………………」
 男はそのまま床に座り込むと、両手を床に付けたまま俯き肩を震わせる。
「お…おい…」
 もしかして…泣いたのか? グレイヴは慌ててしゃがみ込むと、男の肩を掴み声を掛けた。
「おい! 一寸待てよ! 勝手に泣くなって」
「……………」
 ゆっくりと顔を上げた男は涙こそ流しては居なかったが、その瞳が不安そうに揺れ何かを訴えるようにじっとグレイヴの事を見つめてきた。
「……何だよ…」
 何がしたいのか。何を言いたいのか。何もかもが全く判らないこの状況。
「頼むから、言いたいことが有るなら言ってくれよ」
 そう訴えかけては見るものの、矢張り男は一言も喋ろうとせずただ黙ってグレイヴの事を見て居るだけ。
「わっかんねぇ…」
 正直お手上げだ。本格的にどう接して良いのか判らずグレイヴはがっくりと項垂れた。

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