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07
 闇の中を一人歩く。前にも後ろにも広がるのは黒。元々黒い色は好きだ。自分の気配が紛れて落ち着く。だが、其処は酷く寂しい。誰も隣に存在しないから。
「…また…独り、だ」
 進めて居た歩を止めムストは俯いた。小さな波紋が足下から広がり、静かに消える。
「この世界には誰も居ない。もしかすると、俺自身も存在していないのかも知れないな」
 目を開いても伏せても色が変わることはないそれは、辛うじて自分の存在が其処に在る事が判る程度。
「好き…か」
 今、自分が夢を見ていることは判っていた。これ以上話を続けたくなくて手放した意識の底。
「でも、やっぱり無理だろ? だって、幾ら穢してもアンタは何処までも白い。墜ちてきてくれやしないじゃないか」
 闇の中で腕を伸ばし、欲しいと願う存在を求める。それでも、辺りを覆い尽くす闇は直ぐに小さな白を塗りつぶし、光の一筋すら差し込ませて等くれない。
「俺だって…好きなんだ、多分」
 ブランに「好きだ」と言われたとき、正直素直に嬉しいと感じていた。肉体だけの関係が嫌だと告げられた時は、若しかしたら心も手に入るのかも知れないと思った程だ。だが、ブランの背から生える白の翼を見た瞬間、それは叶わない事だと諦めた。どんなに望んでも手に入らない物は確かに有る。そんな風に思う。
「…初めてなのにな……こんな風に好きだって思うのも、欲しいって願うのも」
 何故その人でなければならないのだろう。同じ種族ならこんな風に悩むことはない。無理にでも自分のモノにしてしまえばそれで終わり。人間であるなら誑かせばよい。その後に存分に愛で、関係を終わらせるときは魂を抜き取ればお終い。ただの天使なら引きずり堕とせばよい。その後鎖につないで調教でもし、飽きたら階級の低い同族に売り払えば良いだけ。
「自分の方が始めから捉まっているんだ。何でだろう…こんなにも好きで仕方ないのに…」
 自分から行動を起こせない理由ははっきりと判る。いつでも優勢でいた自分が劣勢にあるせいだ。嫌われたくなくて相手の顔色を伺い、機嫌を取るなんてことは昔の自分からは考えられず戸惑いを強く感じている。
「欲しいと願っても手に入らないからこそ、肉体だけの関係で満足しようと割り切っていたのに」
 あんな風に求められると自分の気持ちに嘘がつけなくなってしまう。
「アンタの腕の中は心地よすぎるんだよ。だからこそ、何処までも白い存在であり続けるアンタが憎んだ、ブラン」
 何故あの人は黒く染まってくれないのだろう。何時までも白いままの翼が憎らしい。
「せめて互いに人間であれば…」
 結果は違っていたのだろうか。
「何でこんな種族に生まれちまったんだろうな」
 力も階級も。属性も何もかも捨ててただの人になりたいとこんなにも切望したことは初めてだった。
「土塊が…今は何よりも羨ましい存在だと感じてるなんて皮肉だ…そうだろう? ナミル」

 睡魔に囚われたムストの呼吸音に誘われるようにブランも意識を落としていた。小さく漏れる唸り声に意識が浮上し脳が覚醒する。
「ムスト…?」
 相変わらず腕の中の人は目を閉じて寝息を立てたまま。
「まだ、眠っているのか」
 いつになったら目を覚まして自分のことを見てくれる? そっと頬に指を触れさせると、小さく身動ぎムストが言葉を零す。
「ぶら……ん……」
「え?」
 着ているシャツを強く握り込まれムストが甘えるように顔をすり寄せる。
「今…確かに俺のな…まえ…」
 掠れた小さな声はほんの一瞬だったが、しっかりと自分の名を呼んだ気がして顔が熱くなった。
「嘘…だろ…?」
 どんな夢を見ているのだろう? 夢の中でも自分の存在を認めてもらえているのだとすれば、少しは自分にも可能性があると言うことだろうか?
「早く目を覚ましてよ、ムスト。キスしたら目を覚ましてくれる?」
 もっと沢山話がしたい。そっとムストの顔を持ち上げると、目を伏せて軽く口に自分の唇を押し当てた。
 相手は男だ。しかも悪魔。それなのに何度も唇を重ねたいと無意識に願う。無理に起こさないように軽く何度も啄むそれ。歯止めが利かず次第に長くなる重なる時間。
「ぅ……んっ……」
 ついつい我を忘れて貪ってしまったのがいけなかったのだろう。ムストが唸り声を上げゆっくりと瞼を開く。
「……悪い…起こしたか?」
 もう一度軽く唇を重ねた後身を離すと、それを寂しがるようにムストがすっと腕を伸ばしブランのことを引き寄せた。
「ぶらん……」
 ムストの方から重ねられる口吻。重なる瞬間、嬉しそうに目を細められる。
「んっ…」
 薄く開いた唇からブランを求めるように舌が伸ばされ絡めとられる。起きて早々こんな風に求められるとは予想外だった。ムストが求めるのに必死に応えようとブランが動く。経験豊富な悪魔に対して自分は本当に何も出来ない。それが歯痒く悔しいと感じている。
「ふぁ……」
 目覚めたらきちんとブランが傍に居ることに安心感を覚え、ムストが柔らかく笑った。
「あ……」
 そんな表情が思わず可愛いと。ブランはぼんやりと見とれてしまう。
「なに?」
 抱き込まれた腕の中で姿勢を変えようとムストが藻掻く。それに気が付き急いで緩める腕の拘束。
「お早う」
 もう一度軽くムストから口吻られ、ブランの顔が一気に赤く染まった。
「?」
 訳がわからない。首を傾げながら背を伸ばせば、視界に飛び込む純白の翼。
「…白い…」
 未だ自分を覆い隠すように包まれたままだと言うことに気が付き小さな皺が眉間に寄った。
「んっ…」
 出しっぱなしだった黒くて形のよくない自分の翼を畳み体内に戻す。少しだけ身が軽くなったところでムストは改めてブランと向き合う。
「ずっとこの体制で居たの? アンタ」
「ん? ああ」
 拘束は緩くはなったが完全に解放はされていない。するつもりはないのだろう。その証拠にすぐに抱き寄せられ額に口吻られる。
「ホントにキスが好きなんだな、アンタは」
 くすぐったいと身を捩り上目遣いで睨めば、あっさりと「好きだよ」と返され言葉に詰まった。
「……そうですか」

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