夢を見る山羊 朝の光が心地よい。大きく背を伸ばし全身にその光を浴びれば、自然と細くなる瞼。ついでに小さな欠伸が一つ。 「ふわあぁぁぁ…」 地上に降りてから一体どれくらいの時間が流れたのだろう。ブランは最早日課となった日光浴を楽しむ。ブランが日光浴を楽しんで居るのを見つけた小鳥が小さく鳴き、彼の肩に止まった。 「お早う」 この小鳥は彼の友達である。指の腹で鳥の顎を軽く撫でれば、小さな友人はとても心地良さそうに瞳を閉じた。今日も一日は非常に穏やか。いつも通り動き出す。 「ブラン」 玄関の扉を開け顔を出したのは、居候先の大家であるナミルと言う青年。 「ああ、お早う、ナミル」 今日は何を頼まれるのだろう?そんな風に思いながら、ブランはナミルの元へと歩み寄る。 「今日の朝は何をすればいいんだ?」 働かざる者食うべからず。普段からそう言い仕事を用意しているナミルに問いかける毎日の日課。 「悪いんだが、ここ二、三日家を空ける。留守番を頼めるか?」 「へ?」 帰ってきたのは意外な言葉だった。 「留守…番?」 「そうだ」 以前、留守番を頼まれた際二度と留守番は頼まないと言われていたため、ブランは間抜けな表情で間抜けな返答を返してしまった。 「でも…俺には留守番は…」 「今日はムストが居ないからな。平気だろう?」 「そう…言えば…」 傷が癒えた途端姿を消してしまったもう一人の居候。その存在を思い出し、ブランは小さく溜息を吐く。 「…何だ? 残念そうな顔をして」 「あっ! いや、何でもねぇよ!」 ナミルは知らないある出来事。 「と、とりあえず、大人しく留守番してっからさ、早く帰って来いよな」 適当に笑ってごまかして。そうやって言葉を濁しブランは笑う。ナミルは軽く首を傾げた後、「おかしな奴だ」と一言だけ呟き、荷物を纏めるために家の中に戻っていった。 「ムスト…か」 自分が堕天使になるきっかけを作った悪魔の名前をぽつりと呟く。 「今頃、何処にいるんだろうな…」 その悪魔と出会ったことで、ブランの世界は大きく変化した。ナミルと出会いこうして生活を共にしているのもムストが原因。 「また…会えるんだよな?」 瞼を伏せると思い出す面影。行き先は告げず風のように消えてしまった陰に感じた寂しさの原因はブランだけしか知らない。 「約束したし」 同居生活がスタートして暫くしてからのことだ。一冊の本を見つけたブランが、これは何だとムストに尋ねたのがきっかけ。そこで始まった肉体関係は、いつの間にかゆるゆるとゆるやかな奇妙な関係へと変化した。初めは無知故に傷付けてしまったが、その後何度も体を重ね、漸くムストを満足させてやれるレベルまで到達した矢先に、ムストは姿を眩ませてしまう。 「早く戻って来いよ…」 人の家で待つのは些か常識知らずな気もしたが、互いが元の世界に戻ってしまえば会うことは今以上に難しい。だからこそ、中間にいる共通の友人の住まう場所で、ブランはただ待ち続けていた。 「寂しいじゃないか…」 ムストが姿を消してしまうまで気づかなかった自分の心。いつの間にか本気になっていた存在に自嘲がこぼれる。 「悪魔に本気になっちまうなんてな…笑えない」 それでも好きな者は好きだ。悪魔にしては異質な思い人に会いたいと、ブランはゆっくりと空に向かって手を伸ばした。 「それじゃあ、行ってくるぞ」 支度が終わり馬に跨ったナミルがブランを見下ろす。 「ああ、気をつけてな」 軽く手を拭って声をかける。完全にナミルの姿が見えなくなったことを確認した後、ブランは誰もいない部屋の中へと戻る。 「行っちまった…」 しん…と静まりかえった室内はひどく寂しい。三人だと手狭なナミルの家に一人で残されたブランは、自室に戻りベッドに腰掛けた。 「何…しよう」 普段ならある仕事も、今日は無い。ぼんやりと天井を眺めていると、段々と降りてくる睡魔。 「寝るか」 起きていても詰まらないなら、いっそのこと夢でも見ていた方が得だ。そう自分に言い聞かせると、ブランはベッドに倒れ込み目を伏せた。 どれくらいの時間眠っていたのだろう。 「……い」 軽く自分の身体が揺れる。 「……ぅ…」 瞼を動かし小さく唸れば、揺らされる力はより一層強くなった。 「おい、ブラン!」 「ぅ…ん…」 ゆっくりと瞼を開くとぼんやりとした視界に映る一人の人間のシルエット。 「おいっ!」 「むす…と…?」 聞き慣れた声に小さく声を漏らせば、相手が呆れたように溜息を吐いて緩く首を振った。 「ナミルはどうしたんだよ?」 「なみ…る…?」 オウム返しにそう呟き暫し考えた後小さく頷く。 「出掛けた」 「はぁ?」 ブランの言葉に明らかにがっかりしたような声が響く。 「マジかよ…あー…」 ゆっくりと身体を起こし欠伸をこぼしながらベッドに座り直したブランの目の前には、会いたいと思っていたムストの姿。 「困ったな…どうすっかなぁ…」 ブランの事などどうでも良い。そんな風にムストは頭を掻き盛大な溜息を吐く。 「何処に行ったか知らないか?アンタ」 折角会えたのに自分よりもナミルなんて優先するムストに寂しさを覚え、ブランはがっくりと肩を落とした。 「知らねぇよ。留守番してろっていわれだけだし」 「ふぅん…」 [*前へ][次へ#] [戻る] |