書いたもの/稲妻
6.



彼女が待ち望んでいた言葉、求めている言葉を、自分なら言える気がした。

それを言ったらどうなるか。名字は、本当に、フィールドを去っていくかもしれない。

自分の一言は、「決断」という引き金にかかった彼女の指を。実はためらいがちに乗せられていたその指を、最後の一押しへと持っていくかもしれない。


それでも、構わない。


名字が確かにそう望むなら。送り出すことも、引き止めることもせずに、ただ肯定しよう。彼女が今まで積み上げてきたものの価値を、飾らない言葉で。


「頑張ったな、名字。今日まで、本当に、よく頑張ったな。」


背中に回された手に、力が込められた。もう一度言った。


「お前は本当に、強いよ。お前が今までどれだけサッカーのことが好きだったか。どれだけチームのために貢献してくれたか。皆、分かってる。」

俺は、言った。


「俺は…お前と一緒に戦えて、本当に良かった。」


名字は俺の顔をまじまじと見つめた。そして花が綻ぶような笑顔を見せて、こう言った。

「佐久間君さ、ずるいよ。その顔で決め台詞とか。」



彼女はぼろぼろと滴をこぼしながらも、笑っていた。今度のそれは、もう先程と同じ涙では無かった。それはまるで、降り続ける雨の中に咲いている紫陽花のような。

もう一度、今度は躊躇わずに、名字を抱き締めた。



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あきゅろす。
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