書いたもの/稲妻
2.



両膝を抱えて、窺うように彼女はこちらを見た。膝から向こう脛にかけて貼られた大判の絆創膏が痛々しい。

名字は、イナズマジャパンの中では唯一の女子選手だった。

ポジションはDF。

努力の賜物である卓越したテクニックと、軽い身のこなしから生まれる安定したアシスト力を買われて、見事に選抜入りを果たした。

そんな彼女の能力は、贔屓目なしに見て凄いと俺は思う。

「やっぱり夜はちょっと冷えるね…上着てきてよかった。…いつから佐久間君、ここに居たの?」
「…日付が変わったころからだな。」
「そっか…それなら、もっと早く出てきても良かったかも。」
「消灯してから、ずっと起きてたのか」
「…うん。なんか、怖くて。」

そう言った彼女の声は消え入りそうで、驚くほど覇気がなかった。

扉一枚隔てた向こうでチームメイトが寝ているからという配慮もあるのかもしれないが。

でも それにしても。

フィールド上で聞くその声にはいつも、人を勇気づけるような凛とした強さがあった。

それが今は全く感じられない。

何が怖いんだ?と思わず聞き返しそうになった口をつぐんだ。



その「怖いもの」の正体が、得体の知れない、自分たちには想像もつかないことのような気がした。

「…怖いものがあって眠れないなんて、子どもみたいだよね。」

そう言うと彼女は伏し目がちになって、抱えた両膝をさらに自分の方に引き寄せた。

長く延びたジャージの袖口に半分ほど隠された手の甲が、小さく震えている。

その様子は、まるで傷を負った猫のようだった。

…まさか。


「…傷が痛むのか?」
俺は名字の絆創膏に目を落とした。

一昨日のファイア―ドラコン戦で、パーフェクトゾーンプレスを仕掛けられて吹雪と接触した際に出来た傷。

でもそれは、見立て通りなら単なる擦過傷と打撲だったはず。それが急に痛み出したのだろうか。

彼女は、俺の方を見、軽く首を横に振った。

「ヒリヒリするけど、もう平気。ただの打撲と擦り傷だもん。だから大丈夫。」
「…それならいいが。」
「心配かけて、ごめん。」
「…チームメイトだろう。気にするのは、当然じゃないのか」

それを聞いた名字が、はっとしたように顔を上げた。
その瞳が大きく、揺らいだ。
零れ落ちそうになったものを隠すように、二度三度、ゆっくりと瞬きをして、彼女はうつむいた。

一体何が、名字をそこまでさせるのか。
何が今、彼女の心の内を占めているのか。

知りたいと思った。
自分の心がざわつくのを感じた。

そう思った時、言葉は既に口をついて出ていた。
「…それは、俺たちには…言えないようなことか?」


その問いに、名字は何度も首を横に振った。

まるで自分に言い聞かせるように、勇気づけるように。

ゆっくりと顔を上げて、彼女は俺の目を見つめた。
意を決したように口を開いた。

「言っても…いいかな?」
「…あぁ。誰にも言わない。約束する。」
「…うん。」

一度うなずいて、彼女はゆっくりと、それでも確かに言葉を紡いだ。




「私は…もうここにいられない。」


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あきゅろす。
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