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3。




美和、29歳です。もう時刻は夜中の3時を廻っております。
あの後、息を吹き返した男に向かって桶を振り下ろしてしまったわたしはマジで自分が鬼の様だと思いました。生死を彷徨った人に対して桶を振り下ろして再度気絶させてしまったのです。後悔とは後にするものですが、本当にその通りです。


そのまま濡れたまま風呂場で待つことなど身体に障ってしまう。
桶で殴っておいて今更だが、取り敢えず自分の身体の泡を手早く落として、気を失わせてしまった男のびしょ濡れの服を取り敢えず脱がしました。勿論、パーカーとジーパンだけです。それ以上は流石に無理で、お風呂場で脱がすのに四苦八苦した美和は、意識のない人間を動かすのは大変なのだと痛感した。


やっぱりこの人も泡だらけなのでタイルに横にしたまま、手早くシャワーで綺麗に流す。しかも、良く分からないが凄く身体も冷えていたので温まる様に湯量を多くもした。あああ、この人パンツびしょ濡れだけれど、勘弁してください非常事態なんです。
バスタオルをこれでもかって位男に被せて全身を拭う。タオル越しで拭いていて、上肢を拭いていて黒い模様に悲鳴を上げそうになった。
よく見たらこの人両腕に刺青がある。もしかしてそっちのヒトなのかもしれない。もしかしてわたし、この人が目覚めたら命の危機なんじゃないだろうか。…後悔後に立たず、畜生、と自棄に成りながら美和は気を失った男の身体の下に大きめのバスタオルを敷いて、リビングへ引き摺ることに成功しました。


そしてベッドに持ち上げる体力など無く、寒くないようにラグマットの上に寝かせて布団を掛けた。ドライヤーでパンツ乾かした方がいいかしら、とかちらっと思ったけれど止めといた。流石に見ず知らずの人のパンツに手を出せません。色々面倒臭くなって、とっくに終わっていた最初の洗濯物を部屋干しする。そして大量に使ったバスタオルとこの男の衣服を洗濯機に掛けた。


びしょ濡れだったあちこちを拭って、部屋も片付けたが一向に男は起きなかった。
時計を見たのはこの男をリビングに引き摺った時だから、1時だった筈。
もう、2時間この男は眠ったままだ。


混乱していたとはいえ、酷いことをしてしまった。


美和は寝かした男の額を触ると、少し熱いことに気付いた。
慌てて体温計を探して男の腋下に挟む。ピピッと電子音がして取り出すと、其処には38.0℃と出た電子版に眩暈がした。少しでも気管に水が入ったら、気管は異物を外に出そうとする。肺炎などの様に身体は治そうと発熱するのだ。この男も例に漏れず、発熱しているのだ。ああ、そんな人に頭を強打してしまったと美和は再度落ち込む。
顔を上げて、両頬をパンと叩いて気合を入れる。


男の身体に触れてみると何処も彼処も熱を持っていた。熱は上がり切っている様だ。熱が上がる前は寒気がでるというが、こんだけ身体が熱ければ冷やした方がいいだろう。
家に氷枕など無いけれど、大き目な保冷剤があるからそれにタオルを巻いて頭の下に入れてやる。そして、冷えピタを額に張り付けた。一般の知識しかないから、取り敢えず左の脇にも保冷剤にタオルを巻いて入れる。
薬、にしても何を選択していいか分からない。風邪薬、というかこれは何を飲ませればいいのか分からないから下手なことはしないでおく。
スポーツドリンクも幸いストックがあるし、目を覚ますのを待たないと。


今日、というかもう昨日か。久しぶりに同期と飲んで最高の気分でお風呂に入っただけなのに、どうしてこんなことになったのか。突如起きた非現実な内容に眼を逸らしたくなるが、渦巻いた天井からこの男が出てきたのを見てしまったのだ。仕事を第一に堅実に生きてきたのだけれど、こんなファンタジーな展開が起きるとは思わなかった。
頬を改めて抓って見たが、目の前の男は消えない。


「…本当に、なんなの…」


溜息一つ、美和は静かに眼を閉じている男を見る。
そういえば、気が動転しすぎてじっくり見てはいなかったが、彫が深い端正な顔をしている。髪は黒で短く、耳には金のピアスが二連ずつ光っている。すらっとした体躯ではあるが確りと筋肉がついていて、意外に重いってことは身を持って体験した。
それに、堅気とは思えない刺青。いや、別に刺青に偏見があるわけじゃないが、平凡な頭は=ヤクザと決めつけてしまうあたり頭が固い日本人なんだけれど。
そういえば、泡風呂の栓を抜いた後、びしょ濡れの帽子がバスタブの底から見つかった。美和のモノじゃないから、この男のモノなのかもしれない。びしょびしょだし、毛皮っぽいからクリーニングに出す洋服と一緒に店に出そう。


欠伸を噛み殺して、時計を見ると4時を廻っていた。
この男がどういう目的でここに現れたのかとか色々考えるけど、考えたって答えは出ない。それより、もう思考が働かなかった。ソファーに転がってタオルケットを引っ掛ける。
有り得ないことが起きたけど、眠さには勝てない。美和は横になると直ぐに意識が沈んだ。












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