[携帯モード] [URL送信]
7。




美和、29歳。華の独身生活に男がひとり増えました。


昨日の夜中、連休前のお風呂タイムで機嫌良く湯船に浸かっていたところ、天井に渦が出来て現れたのですよ。嘘の様で本当の話です。これがその瞬間を見ていなければわたしも信じられなかったかもしれないが、瞬間を見てしまったので否定しようにも否定できず。
仕事一筋で生きてきたわたしにとって、ありえない出来事があったのだけれども、ちょっと興味を惹かれたのでなんやかんやで一緒に還るまでお世話を買って出た。うん、今思えばちょっと早まったかもしれないと思うけど、まぁ乗りかかった船だしどうにでもなれだ。



結局、1日やそこらで目の前の男の性格というか歪んでいると言うか、とりあえず俺様というのが判別しました。1日目にしてキスをされるとは思っても見なかった美和は、取り敢えず良く分からないけれど男の言われるがまま“唇にはキスをしない”ということで何故か纏まってしまいました。何故だ。テクニックと言うか、口車というか雰囲気に流されたというか、気付いたときにはっていうやつですよ。あれですよ、詐欺の上等テクニックと言うか本当に気付いたときには遅いって奴です。言質は取られたけれど、まぁそんな雰囲気にならなければ良いだけの話しである。



美和は完全に開き直っていた。



食材の買出しは出来ていて、ちょっとガッツリチキンステーキにして、野菜も添える。サラダにライス、あとはつまみにジャーマンポテト、ジャーキーやピスタチオなど買ったものを並べて一緒に食べた。勿論、お酒もお供にテーブルの上に鎮座している。
あれから質問に対して答えたり、何もなかったように対応する。アチラも特に気にした様子も無く飄々と過ごしているのでいいだろう。さて、夕飯も進み結構酒瓶も空いていっている。わたしはお酒は強いほうであるが、結構この量は多いと思うのに目の前の男は顔色も変わっていない。寧ろ、日本酒を気に入ったようで新しい酒瓶(ちなみに家にあった一升瓶の“鬼殺し”である)に手を出している。まぁ、勝手にしてくれて構わないけどさ。



『……キミ、お酒強いんだね』



勝手に家を漁るのはいいけど、この男は悪びれる様子もない。そのままがぶ飲みはやめて貰って、ちゃんと和風のグラスを突きつける。
表情はそんなに変わらないけど、嬉々としているのが雰囲気で判る。お酒好きなんだろうな。



『強いかどうか知らんが、異世界の酒を飲めるのは貴重だ。二ホンだっけか、此処の地酒は飲みやすい。さっきの酒も良かったがこの瓶のもイケる』



手渡したグラスも気に入ったようで、繁々眺めた後手酌で一升瓶を傾ける。とぽぽ、とコップに酒を注いで氷を足す。熱燗の季節でもないし、割って飲まないようだ。水でも割らずにストレートで飲む姿勢は酒の本来の味を味わっているようだ。
根っからの酒好きである美和は、気分も良くなって饒舌になる。



『おお、キミは日本酒の良さが判るのか!結構舌に合わない人もいるんだけどねー。ちなみにそれも日本酒。この分なら芋焼酎も大丈夫そうだね』
『ああ、たしか癖の強い奴だったな。次、飲んでみたい』
『あはは、勿論。キミがイケる口でよかったよー!』



まぁ飲め飲め、と一升瓶を傾けてグラスに注いでやる。気分は良くなって、ふたりして酒盛りを楽しんだ。ワインもあるし、ビールもあるけど初日から日本酒で出来上がっているわたしたちは緊張感が足りないような気もするが、残念ながら注意する人は居なかった。
酒の力を借りて、上機嫌でアチラのことを聞いたり今後のことも話す。



『そうそう、これからのことなんだけど…キミの世界って不思議な現象が多いって言ってたっけ』
『…嗚呼、磁力が乱れた海域や解明されていない未知の現象が起きる“海”に居たからな』



どうやらこの男はその不思議な海域にいて、渦に巻き込まれたらしい。
話の中で男は船乗りで仲間がいるみたいだが、上に立つ立場の様だ。詳しくは聞かないが、“ある目的”の為に海を旅している様だ。



『未知の海域、ねぇ…キミがすんなりと異世界云々を受け入れていたのは元の世界が謎だったからなのね』
『今日、“外”を見て科学の発展や機械が其処ら中にあった。…元の“海”では在り得ない』
『磁力、で狂っちゃう…とか?』



ふん、と鼻で笑われたがどうやら肯定の様だ。
そりゃ確かに磁場では機械系は狂ってしまったり、長持ちはしないだろう。



『全くない訳ではないが、ある組織が独占している状況ではあるな』
『…ふーん、そういうのどこも同じなのね。貴重価値が上がるというか、ある種の独占は周囲には脅威になるし』



独裁政治を傾向とするモノに象徴としがちだ。
ある貴重なものを独占することによって、価値を高めて、従わせようとする目的を持っていたりする。成程、そんな海では機械は貴重なものが多いのか。
事情を聞く限り、不思議なことが起きても不思議じゃない世界。どんな経緯か知らないが、渦によってリンクしてしまった様だ。
条件は、渦。2人とも渦を共通して見ている。



『それにしても…異世界との繋がりって渦以外ハッキリしないのよね』
『…おれは海で渦を見たが、切欠が良く分からない』
『そうよね…わたしもさっぱり』


如何せん経験がないものだ。実際、どうしたらいいのか分からない。
渦、そして海にお風呂場、…水も関係しているのだろうか。ふと顔を上げると男と目が合う。



『…渦と水』



男は不敵に呟いて、グラスを一気に傾ける。
足りないピースがあるだろうが、今、心当たりがあるのはそれしかない。



『……あのさ、取り敢えず明日、海にでも行ってみない?』
『…は?』
『だって切欠が何か解らないし、解っているというのはソレしかないじゃない。手当たり次第だけど、何かした方が気が紛れるでしょう』



男は手酌で酒をグラスに注いで、口を付けている。
異世界との交信手段が解らない以上、取り敢えず行ってみるのは一つの手段だ。
何も手掛かりはないかもしれないけれど、何もしないよりマシだと思う。



『……』
『此処も一応島国だし、案内というか…わたしのドライブに付き合ってよ』



ふふ、と笑って残りを飲み干した。
男は何も言わない。無言を了承ととる。










[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!