[携帯モード] [URL送信]
6。









(いや、したいからした)
(…………)




突っ伏したまま、開いた口が塞がらない。というか、体重を掛けすぎてクラクションが鳴りっぱなしになっている。そこから、無言で車を発進させて直帰しのだ。
美和は車の中で言葉を発していたら止まらないのが解っていたから、部屋に戻ってからと心に決めていたのだ。






『本当に判らないのかキミは!ここの国はね挨拶にキスなんかしない慎ましやかな日本人だってぇの!キミ、節操なしか』


買ってきた食材に、お酒、それに目の前の男の生活必需品をリビングに運んで、平然としている男に言葉をぶつける。逆に、男は不思議そうに首を傾げる。


『キス一つで何を喚く』
『当たり前だ会って1日やそこらでなんでそうなる!キミは初対面でキスをするイタリア人か!』
『イタリア?』


そうだった、このヒト異世界人だった。イタリア人引き合いに出してごめんなさい。そうでなく、なんだこの反省の無さは!突然“ちゅう”してきて、“したいから、した”だぁ!?手が早いだろう流石に!そう思ったとしても、少し配慮とか遠慮とか雰囲気とか、相手のことを考えろ。むしろ、相手を自分の魅力という魔力に引き込む手口は最早遣りなれているな!?


悪びれていないと言うか、心底判らないような男はさっさと1人でふたり掛けのソファーに腰を下ろしている。なっがい足を組んで、ソファーに踏ん反り返っている。
後ろから追いかけて、目の前に仁王立ちでたってまだ言いたい事はあるんだと続ける。


『キミね、したいからって相手の気持ちを無視するのはどうなの?』
『さぁ、自分からしたことないからな』


相手には困らないもので、と言い切った男は世の中の女性の敵だと思う。何どさくさにモテる発言しているんだしかも、相手からしてくるってことか。
確かに相手に困らなそうな相貌ではあるし、引く手数多で在りそうだ。

しかし。

話は別だ。キミが幾らモテてようと相手に困ってなかろうと、そんな話ではないのだ。
百歩譲って“したい”から、“して”しまったとしよう。けれど、それに対してどうして反省と言う“は”という文字も理解出来ない態度を取るのだ。



『キミね、ハタチ超えた男に説教するのも馬鹿馬鹿しいんだけど、キミには言わないと理解してもらえなそうだから敢えて言うよ?あのね、そういうのは“したいから”とかじゃなくてちゃんと相手の気持ちも汲んであげないと後で痛い目見るよ。それに、本当に好きな子にそんなことしたら駄目だよ。ちゃんと思いも通じ合っているなら話は別だけど、せっかく喋れるんだから言葉で伝えてあげたりしてから、態度に示したらどうかな…と思うんですよ』



あれ、なんでちょっと真剣に二十歳超えている男性(異世界のヒト)に初歩中の初歩を説いているんだろう。我に返ると何か微妙な空気が流れる気がする。
いやしかし、済んでしまったことは仕方ないし、キス一つでギャーギャーいう歳でもないのだけれどちょっと、目の前で怪訝な顔して心底眉間の皺を増やしている男に将来が不安になる。いや、この場合今まで何をしでかしてきたんだとも思うが、知るのは怖いので敢えて無視だ無視。


わたしは別に見ず知らずの人がいちゃいちゃしようがキスしようが何しようが文句は言わないが、この目の前の人物は帰る方法が謎で、帰るまで面倒みようと思っていた訳で。
一緒にいる期間がどのくらいか分からないが、なし崩しの様に意味を持たない行為をしたいとは思わない。そういう気まずい関係になって一緒に居られる自信はない。
ほぼ三十路といえ、身体の関係だけを持つ空しい行為はもうしないと決めたのだ。



『…あのさ、自分でも口煩いなと思うんだけどキミ若いんだし、そういうの、好きな相手として初めて“特別”だと思えることがあると思う』



美和は好きなひととのキスはとても心が揺さぶられるものだと思ったことがある。
好きで身体だけの関係を結んでしまったこともあって、一度絶望感と喪失感、心の崩壊も経験した。気持ちがない行為は空しいだけだ。
快楽や発散目的が一致して身体を重ねるだけの関係は何度かしたことがあるけれどそれは二度と会わない相手だったり後腐れがない相手だったりする。
美和はもう、この目の前の異世界から来た男に情が移っている。そんな相手とキスとはいえ面倒なことはしたくない。



『――キミはそういう経験したことないの?』
『ッは!…くだらねぇ』



苛烈な瞳は意見を跳ね除ける様に強い。
確かに、それはわたしの一個人の考えであって他の人には意見を押し付ける行為かもしれない。ソファに深く座って肘掛けに腕をついて見上げる様に男は美和を見る。
立っていた美和は気圧されそうになりながらも小さく深呼吸して平静を装う。
小さく沈黙して、先に言葉を発したのは目の前の男だった。



『おれはおれのしたいようにする。今までも、これからも、な』
『……いや、キミに意見を押し付ける気はないんだけど、一応これから一緒にいることになるだろうし、少し譲歩はしてくれてもいいんじゃないかなという事も言いたいんですよねこっちとしたら』
『……』



一理あると思うんだけどな。少し考える様に男は顎に手をやる。
譲歩して欲しい。たかがキス一つでも美和は過去に味わった絶望が蘇りそうで必死に心にふたをする。顔には出さず、仮面を何度も被りなおす。



『キミのこと追い出すつもりもないし最後まで面倒見るって思ってるから、…どうかな』
『……』



見透かすような瞳を正面から受けて、少したじろぎたくなって深呼吸をする。
相手は馬鹿馬鹿しい、と言って溜息を吐いた。



『キス、』
『え、…ッ?』



グイッと引っ張られて慌てて両手を前に出して身体を支える。
柔らかい感触が掌を伝わり、咄嗟に景色が流れて瞑った瞳を開ける。


体勢がどうなっているのか良く分からないが、手首は掴まれたままだというのは分かる。
目の前に男の顔が在って、慌てて身じろぐが下肢は完全に男の足を跨いで膝立ちしていた。正面で向き合う様に男の膝に乗ったような格好に美和は眩暈がした。
きゅ、と掴まれた腕に力が篭って上から男の顔を覗き込む。
こんな近くで男の顔を覗き込んでいるのに不思議と眼を見て、身動きが出来なくなる。



『此処にしなければいいのか』
『…ッ』



男はもう片方の手を持ち上げて、美和の唇をついっとなぞる。
目が離せなくて、けれども抵抗も出来なくてされるが儘、唇をなぞった指が頬に滑るが文句も言えず、目の前の男の瞳を見たまま動けない。
男は見たことない金の目。虹彩は少し薄い不思議な色合いをしていた。
問われた内容を深く考えられず、魅入ったままこくんと頷くと、男はそうかと言った。
言葉を発そうとして唇を動かすけれど声にならず、美和は目を見張る。
緊張し過ぎて、ぱくぱく口を動かすしか出来ない自分に戸惑って掴まれていない腕を口元に当てる。

やだ、格好悪い。



『…そこには、しないでやるよ』



ふっと口端を上げて笑った男は、掴んだままだった腕を再度引っ張った。
膝立ちであり踏ん張れず、引っ張られるまま前に倒れると頬に柔らかい感触が触れてすぐ離れた。もう、相手の反応が早すぎて何をされたのか理解できず口に当てていた手を頬に当てて茫然とするしかない。

ふん、と不敵に笑った男はソファに美和を放ってスタスタとリビングを離れてしまった。


一方、放り出されたまま美和は瞬時に理解し、言葉にならない声を上げるのは言うまでもない。














[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!