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5。








『っていうかね、キミね、まず反省を口にしたらどうなのッ?』
『っは、何故』


ふたりとも両腕に荷物を抱えて、美和のマンションの部屋に入るなり、口火を切った。そう、買い物を終えて少し気軽に話し合えるようになったと思った後、これである。美和は笑顔の仮面を貼り付けて、飄々としている目の前の男にイラつく。そう、帰りの20分の合間に事態が勃発したのだ。
車の中で他愛無い軽口から、ここまで発展してしまったのには切欠がある。











―――そう、車でのこと。



帰宅中の車で、別れた15分で何があったのか聞いたのが始まりだった。
買い物を済ませて男はフロアを歩いていた際、引っ手繰りに遭遇したそうだ。

(ええええええ!?ちょ、怪我、怪我ない!?)
(ある訳ないだろう。あんな素人)
(素人!?)

どうやら、目の前のお腹の大きい夫人のカバンを引っ手繰った現場に居合わせて、咄嗟に助けたそうだ。あんまり他人に興味なさそうとか思っていた美和は、失礼ながら言葉にしていた。

(キミ、良い子だったんだね)
(は、突進してくるから足を引っ掛けたまでだ。反応が鈍い)
(…)

まぁ成り行きで助けたはいいが、足を引っ掛けた男は盛大に転んだらしい。不本意だったらしい。たぶん、犯人が反対に逃走していたら逃げられていたのだろう。当然の如く、逆上した男は、そうした男に報復しようとサバイバルナイフを取り出したらしい。またもや突進してきた男がウザくて手刀を首に叩き込んだそうだ。

(手応えが無さすぎる)

引っ手繰り犯を成り行きで伸した男は、時間だからと周りに居た警備に任せて最上階に登って来たらしい。それを見ていた女子高生やら女性が黄色い悲鳴を上げていたそうだ。
うん、状況は解りたくないけど解った。
この痩躯の男がナイフで突進してくる男を簡単に倒せるくらいの腕というのも解った。

(……うん、結果的に皆無傷で良かったけど…、けど!)

美和は路肩によって、ワザと急ブレーキを掛ける。後続車はないし、危険が及ばないようにも配慮したうえで、止まる。隣で平然としている男にキッと睨んだ。

(もしかしたら、刺されることだってあるんです)
相手の瞳を見て、言う。

(キミの行動を制限するつもりはありませんし、権限もないですけど、キミを無事に還してあげたいと思ってます。勝手なのは知ってます。けれど、たぶんキミの還りを待っているキミの仲間も無事を祈っているはずです!)

この男は言っていた。海で溺れる前に、“船員”という存在がいたことを。
どういう状況だったのか良く分からないけど、他人ではないのだろう。放り出された船員を庇ったのだと思う。どうでもいいと思っているヒトをこの目の前の男は助けるとは思えない。そして、こんな男だろうと船員という仲間たちは心配しているだろう。

たぶん、この男が何であれ、仲間は無事を祈っていると思う。

勝手な言い分だし、なんだか会ったばかりの人に当たり前のことを説教するのも変かもしれないけど、“感情”が動いてしまったのは自分とダブってしまったからかもしれない。
無言の男に、少し気持ちが落ち着くと気まずくなって目線を下げる。


(ですから、――…あまり無茶はしないで下さい)


それと、ごめんなさい、と小さく謝った。感情を押し付けてしまった。
普段、感情を殺している分ふとした時止まらないと自覚している。


(…無事でよかったです)

妊婦さんも周りの人も、そしてキミも。


感情を露わにするのは苦手だ。美和は、笑顔を張り付けて顔を上げる。


(この話は終わり!結果的には良いことしたし、今日は歓迎会と踏まえてお酒飲もうね!!)


凪いだ海の様に、深い藍色の瞳はジッと美和の顔を見ている。見透かすような瞳に、内心心臓が早鐘を打った。気付かないふりして視線を合わせず、車を動かせるかどうかサイドミラーを覗いて周りに車が居ないのを確認する。


ちょっと、恥ずかしいことを言ってしまったかとも思うが、正直な気持ちだ。もう、調子が狂う。異世界というか、風呂場の天井に渦が出来た時点で美和の心臓は狂いっぱなしだ。同期みたいに感情を露わに出来る人物は家族以外に居なかったのに。
さて、と気持ちを切り替えて車を動かそうとサイドブレーキに手を掛けようとして、その手に何か触れた。

ふっと顔を上げると目の前に金色が。



ちゅ、っと唇に何か触れた。




近すぎて、見えていたものは相手の瞳だと、何処か遠くで思った。



(――…こういうときは、目を閉じるんじゃねぇのか)




目の前で笑った男は、何処か普段より棘が無く思ったのは気のせいだったのかもしれない。ふと目を細めて笑う目の前の男に魅入る。目が離せない何か魔力のようなものに囚われたような気がした。そして、再度近付いてくる綺麗な顔に、目を閉じそうになった。


――♪〜♪〜


某、有名なお家宅配サービスの放送が聞こえて、我に返った美和。
あと、少しで流されるとこだった!危ない、なんでこうなった!!美和は咄嗟に立ち上がった。しかし、場所は狭い室内だ。案の定直ぐに天井にぶつかって悶絶することになる。


(+@%$#ッ!!!!)
(……)


そう、良く分からないが年下の彼から爆弾を投げられたのだ。
ギアをパーキングに入れておいて良かった。立った弾みで自動車のブレーキやらアクセルだかどちらか判らないがしこたま踏み付けた気がする。どっちにしても、大惨事になっていただろう。そして、愛車の天井にぶつけた頭はズキズキと痛む。ハンドルに突っ伏して、悶絶していると痛みは次第に薄れるものである。外で、まだ軽快な音楽が鳴っている。このトラックが音楽を発してくれなければ、わたしはどうなっていたのだ。


(…邪魔が入ったな)
(っぎゃああああああぁぁぁあ!!)


現実逃避したかった脳裏に、雰囲気に押されてというかこの隈男の魔力というか良く分からないものに流されかけて瞳を閉じそうになった自分を殴りたくなった。

有 り 得 な い。

ハンドルから顔を上げれずぐるぐると混乱している最中、そっと唇に指で触れる。意外に柔らかい感触が……。もしかしなくてもこれは触れ合ってしまったのか。口と口が!
はじめてなんてとっくに終えているけど、どうしてこうなった。
突っ伏したまま、隣にいるであろう男に恐る恐る問うた。


(……キミの国はさっきの、挨拶…、だよね)


そうだ、そうに違いない。異世界のひとはあれだ、欧米人と同様挨拶はキスなんてしちゃう国に違いない。ちょっとさっきのはブレて間違って場所が違っちゃっただけだろう。
うん、そうに違いない。




(いや、したいからした)
(…………)












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