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はじまりの日




不景気真っ只中の日本で、OLを遣るにも大変だ。



28歳で主任という地位を任されて1年、美和、29歳性別オンナ。
周りのほとんどは20代前半で結婚し、幾つかのカップルは離婚したものも居る。
そして三十路を境に怒濤の結婚ラッシュが終えたばかりだ。
ご祝儀貧乏になってしまう、なんて思うほどだ。嗚呼、誰か幸せをわけてほしいとか、普通思うかもしれないがわたしは捻くれていた。




男なんて嘘吐きで汚くて、離れていくものだ。
これは歳を重ねたからそれが総てに当てはまるものじゃないとも理解しているけれど、わたしには当て嵌まっている。
結婚に魅力を感じれない。




男なんて、居なくたって生活出来る。




仕事は充実していて、主任という地位を28歳で任されるほどだ。
男社会なんて切り崩す勢いでガツガツ仕事をすれば上層部と水面下で対立したり、後輩から慕われたり逆に犬猿されたり反応は様々だった。
別に、男を全般否定しているわけじゃないのよ、だって出来る男もいるのだって知っている。



そんな奴らと対当に遣り合うには女を意識していられない場合が多かったけれど、わたしは男に成りたいわけじゃない。
美和は女として切掛ると決めて、服装、化粧、体型、髪型、小物やバックに至るまで緻密に気を遣っても来た。
上層部にだって知人は沢山居るし実は結構味方が多い。
けれど、顔に出さないでポーカーフェイスを決め込んで笑顔で、はきはきとした態度を崩さない。仕事は遣り甲斐があるからわたしは別に目の敵にしてイチャモンつけて来る輩など気にしない。



後輩から“仮面の女”と言われていても気にしないというより、褒め言葉として受け取っている。仮面の女、なんてまさに理想だ。
総てにおいて仮面を被って本心を隠し、感情を見せず仕事を遂行出来れば素敵なことだ。




「いっその事精巧な仮面なんてないかなー!」
「止めてよ、アンタ唯でさえポーカーフェイスの癖に更に何を望んでるのさ。ったく、変わんないね美和」




わたしは、世に言う女子会という同期との飲み会で生ビールを一気飲みした。
プハっと言ってジョッキをテーブルに置く。呆れたように、同期の1人で数年前結婚した美咲は溜め息を吐いた。もう子供は4歳になっており、とても元気な男の子だ。とっても元気の良い子で遊ぶにしても全力なのでわたしの方が先にばててしまうほどだ。将来大物になる。話が逸れた。
美咲は旦那が職場の先輩で、良い上司だった。職場恋愛で寿退社して現在専業主婦となっている。肝が据わっていて中々良いオカンである。旦那は家では尻に敷かれているというのは間違いないだろうとわたしは思っている。




「1年ぶりだっけ?」
「そうよ、アンタが仕事バリバリこなしている間に1年経ったわよ」
「あはは、美和も美咲もその辺にしときなよ。ほらー、ご飯来たし」




もう1人の同期、早紀は笑いながらご飯を促す。この子も結婚して寿退社している。可愛らしいふんわりとした雰囲気だが芯がしっかりとした女性だ。旦那は外資系のバリバリエリートである。旦那は早紀にベタ惚れで、見た目と反してザックリな早紀にバッサリ両断されているシーンを何度も見たことがある。若々しい姿で、女の子が2歳となった筈だ。旦那さんは子供を目に入れても痛くないと言う位溺愛している。
うん、同期はふたりとも旦那を尻に敷いている。




この3人で新人時代を過ごした。
みんな性格も違うけれど馬も合って旅行やら飲み会やコンパなど様々な経験を積んだ。懐かしい、現在は仕事をしているのはわたしだけだけれども、定期的にこれからも逢って行くだろう。気心知れた大好きな友達だ。
会社では結構騒がれていた方だ。美咲はサッパリ系の美人だし、早紀はとても可愛い女の子という感じだ。わたしは件のバリバリ仕事をする仮面女として有名だったし話題性に欠けない集団だった。
懐かしい。



「結構ヤンチャしたよねー美咲は!」
「五月蝿いわね、そう言う早紀だって上層部のオジサンたちを誑かしてたじゃん」
「……充分ふたりとも派手だったよ」




そう、ふたりはモテた。
美咲はサッパリとした性格から後輩にもモテたし同期の数人は本気で彼女に惚れていた輩が多数居るのを知っていた美和。彼女は凹凸のハッキリした身体に人当たりの良い性格、ノリの良さなど顔が広くて結婚した際には多大な嵐が起きたといっても過言ではない。
そして、早紀は可愛い顔に小さめの身長でいつもおっとりしていて年上キラーだった。貢がれたり、コネで会食に連れて行ってもらったりしたのは早紀の取巻のおかげだったりもする。小悪魔な早紀は今の旦那とゴールインして少し落ち着いた感じだ。この話題に事欠かないふたりの退社はとても盛大に行われたものだ。




キャリアを積んで仕事をしていたわたしもそんなふたりとつるんでいた所為か上からのお声も多数だった。まぁ出来るヒトからは盛大な歓迎を受けて、出来ないが地位のあるヒトからは嫌われるという方程式は未だに崩れていない。




「美和は相変わらず仕事一筋かー」
「別にモテない訳じゃないのにね」
「……仕事が恋人で何が悪いのさ!男なんか居なくたって生きてけるもん。一生独身で居るわよわたし」



あ、生追加でーと店員に声を掛け、運ばれたご飯を頬張る。
ここはお酒の種類も豊富で行き着け出の店だ。ここの店長とは結構親しくさせてもらっている。まぁ大学を出て新人時代から通っているからもう7年近くになる。酒を飲んでははしゃぐわたしたちにノリの良い店長はお勧めなお酒や創作料理など勝手に運んでくれる。とても美味しいので満足だ。気心知れたお店で女子会って最高。

人妻になってもふたりは相変わらず美人で可愛い。オープンなお店で他の客がちらちら見てくるのが分かる。ガン無視ですが。



「まぁ、主任にもなったし暇ないかー」
「暇あったら家でダラダラするわよ」
「まさに仕事以外干乾びてるわよね美和」



気軽な中だから結構毒を吐く早紀に、悪うございましたね、と悪態を突く。別に本当のことだから、弁明する気も無い。仕事一筋で何が悪い。
美和は別に男性恐怖症などの訳ではない。ただ、一度こっ酷く男性に振られて懲りたのだ。仕事がまさに逃げ道だったのかもしれないが、ここまで立ち直れて仕事が順風満々にいってるのも一重に自分の頑張りの成果だった。
そんな経緯も知っているふたりは、そこまで深く突っ込んでこない。ただ、心配してくれているのは分かるので、申し訳ないと同時に少し嬉しくもある。一生の友達だと思っている。



「それより、ガキんちょどもは元気?」
「元気元気、写真見るー?」
「見る見る!うっわ、何コレ。快斗だよねオッキクなったね」



美咲の子供4歳で、何かのポーズを取っている写真だった。キメ顔をしているのだが、如何せん可愛い。久しぶりに見る快斗に微笑ましい。何枚もあって一通り見せてもらう。
旦那もチラホラ写っていて、噴出した。仕事でバリバリ働いているし結構厳しいのに子供と奥さんの前では顔が緩みっぱなしだ。会社に行ったら噴出さないように注意しよう。




「由紀ちゃんは?前会った時掴まり立ちまでだったけど、もう2歳でしょ?」
「元気だよ。写真見る?」
「うっわー可愛い。早紀の子だねーこれじゃ祐貴くんメロメロなんじゃない?」
「ウザいほど。今から結婚させないって意気込んでるんだけどほんとどうしようもないよ」




とても可愛い女の子だ。1歳のときも愛嬌があって可愛かったが、2歳になって笑顔がとても可愛い。涎掛けがとても可愛い。
こちらも旦那さんが写っているが、溺愛しているのが写真からでも分かって笑ってしまう。うん、我が同期は良い旦那さんと一緒になってくれて良かった。
たぶん、ふたりを泣かしたら旦那を殴りに行ってしまう。っていうか、ふたりの旦那たちには宣言してある。泣かせたり悲しませたりしたら殴る、って付き合ってるときにも言っていたし結婚したときにも旦那さんたちに釘を指したことは言うまでも無い。




「早紀も美咲も元気そうで良かったよ。折角の金曜日なのに旦那さんに申し訳ないね」




そう、忙しい身の上なのは旦那さんも一緒なのだ。
華の金曜日、というのは強ち間違いではない。そして季節は春を過ぎた5月の連休の時。
世間は不景気という中、長期連休を出す企業は多い。例に漏れず、4月下旬から金曜日を境に2週間も連休があるのである。美咲の旦那は同じ会社なので、美和と同じはずだ。大型連休の前日で華の金曜日である本日、ふたりの旦那さんたちはエリート組みで夫婦水入らずでゆっくりしたかっただろうに。久しぶりだからといって優先してくれて、本当に申し訳ない。



「ああ大丈夫。旦那に子供頼んどいたしどうせ連休よ。だって相手にはほぼ毎日会えるのに美和とは1年も会ってないんだよ?」
「そうだよー、ってか美咲にも美和にも会いたかったからね」



その後も沢山飲んで、近況を話し合った。
美咲は明後日から親子水入らずで沖縄だそうだ。早紀の旦那は8連休らしいが、6日間パラオに親子水入らずで旅行に行くとの事。大型連休にウキウキと旅行の内容等聞いて楽しそうだと思ったが、自分は何一つ予定が入っていない。


それを聞いたふたりは凄い叫ばれた。
いいじゃない、折角の2週間家でゴロゴロしたり掃除したり買い物行ったり自由に過ごすんだ。そうだ、衣替えもして、クリーニングに出したりしたい、と美和はウキウキとその事を話すと呆れられた。


2週間休みなんて夢のようだ。溜めていたドラマを見て、初日は沢山食材を買い込んで外に出なくてもいいようにしよう、と意気込んだら笑われた。
いいじゃない、普段仕事頑張ってるんだから休みの日くらい仮面を取ったって。


そんな、他愛の無い話を一杯した。ふたりには仕事人間だけれど私生活が大雑把な性格もことも知られていて、気が楽である。ふたりとも子持ちのため、23時を回る前に駅で別れた。ふたりの旦那さんは例の如く迎えに来てくれて、駅のロータリーで旅行を楽しんでくるよう伝えてタクシーを捕まえる。


ほろ酔いで、しかも久しぶりの友人との楽しい食事、そして明日から大型連休。
気分は最高だった。
タクシーを降りて、1LDKのマンションに到着する。結構、値段はお高めだが広い造りに夜景が最高、そして風呂が広くて猫の足のバスタブでお洒落だったから即決して3年住んでいる。仕事三昧でお金は有り余っているし、一応高給取りだからポンと出せてしまう辺り歳を取ったのかもしれない。
それに、趣味もなければお金を使う男女の交際も無い。
出費などたかが知れていて普段、料理などもしないしもっぱら出来合いモノやコンビニなどにお世話になっているくらいだ。


オートロックのドアをカードキーで開ける。
ホテルのようなロビーのボーイに挨拶してエレベーターのボタンを押す。
20階で、最上階ではないけれど景色は素晴らしいものだ。
フロアに二つしかないドアの片方にカードキーを通す。ちなみに最上階はフロアに一つしか部屋が無いらしい。何処かの社長さんが住んでいるとか、いないとか。まぁわたしの知ったこっちゃない。



「ただいまー」


返事が返ってくる筈もないけれど、一声出してしまうのは癖だ。
気にせず、ヒールを脱ぎ捨てて、廊下を歩く。リビングの明かりを灯して、ソファーにどさりと座った。ふかふかのソファーはお気に入りだ。深く沈んで、ふー、と一息吐く。

充実した毎日だ。


今日は、久しぶりに美咲と早紀に会えたし、明日から休みだ。気分は最高だ。日付は丁度23時30分で、あと少しで日を跨ぐ。化粧も落としたいし、凝り固まった肩や腰、浮腫んだ足もゆっくり湯船で休ませたい。うん、我ながら良い考えだ。
普段はシャワーで済ませてしまうけれど、明日は休みだし一日の終わりに、ゆっくりとお風呂に入ることにしよう。よし、そうしよう。











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あきゅろす。
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