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わたしは、あれからすっかり火傷も治り、滞在しているオアシスに囲まれた街で一座の雑用をしている。それなりに有名な一座のようで、街につくなり大歓迎を受けたのは一か月ほど前。その日数はわたしが拾われてからこの世界で暮らした、一か月でもある。わたしは主に掃除洗濯を中心に動き回った。料理は出来るけど、ちゃんとコックさんがいるので、お手伝い程度だ。



働かざる者食うべからず、だ。わたしはオアシス沿いの綺麗な泉の畔に水を汲みに行く。
洗濯は午前中にこの畔で団員の数人と済ましたし、掃除も切りがついたので貯蓄用の水を取りに来たのだ。
テントはその近くに鎮座しており、今日も盛況だ。
いつも、街につくと拠点地を決めて、そこで見世物用のテントを張るそうだ。大体、一か月から二か月の合間に芸を披露し、次の地に移動するそうだ。



わたしはこの一座の皆が披露している出し物にとても感動した。なかでもリリーの踊りは素晴らしいものだった。最後の執りを飾るのはリリーで、とても素敵な剣舞や歌舞を見せてくれるのだ。
一座にいるのだから、雑用が終ると美和も楽を教えてもらうのだけれど、中々難しい。



今日も出し物が終焉したら、美和の特訓が始まる。柔軟から始まり、現在は楽に合わせて踊る練習をしているのだが、中々上手くいかない。周りは上達が早いと褒めてくれるけど、出来るなら表舞台より裏舞台で働きたい性分だ。意見はスルーされているけど、仕方がない。
稽古に想いを馳せながら綺麗な畔で水を掬う。気持ちいい。



「ローくん、今、何処にいるんだろう…」



わたしは一息ついて、よいしょと水を持ち上げた。大丈夫、わたしが諦めない限り、会える。両腕に水の桶を抱えて小走りにテントへ戻った。



***



この世界はニュース・クーというカモメが新聞を配達してくれる。
海賊時代の為何処へ行くにしても情報はとても大切で、危険回避にも役立つ。危険には近付かないのが一番だ。この世界の航路は、基本船だ。飛行機、というものを見たことがない。以前、グランドラインは島と島が磁気を放っていると聞いた。飛行機にとっては結構なマイナス面だから発展はしなかったのかもしれない。兎に角、海を渡るということはこの時代海賊に出くわす危険性があるということだ。そこで自然と情報が有益になってくる。世界政府も海賊に賞金を懸けて手配書を配布するなど対策をとっているのだ。



そんな実力世界でも、ローくんは絶対負けないだろうからチェックしてるんだけど、如何せん此処にきてからの情報しかチェック出来ないから未だ何も掴めていない。前の賞金首リスト見せてください、とも言えないし。
美和はテントの垂れ幕を捲って、声を掛けた。



「ただいまー、このお水、水瓶に入れておくね」



厨房からありがとう、と声が聞こえる。他にやることあるか聞くが特にないと返事が返ってきた。空いてしまった時間をどうしようかと考えていると、ちょうどそこに微かに音色が聞こえてきた。



「あ、そろそろ閉幕ね!この曲、リリーのだもの。わたし、舞台に行ってくるね」



ナイスアイデアだ。わたしは慌ただしく走り回って、言うだけ言って舞台そでに回る。そんなわたしをみて一団の皆は大爆笑だ。しょうがないじゃん、だってリリーの踊り大好きなんだもん。



垂れ下がった裏口の布を除けて、わたしは舞台を覗き見る。
リリーは綺麗な青い衣装をまとっていて、薄絹を操っている。アラビアンナイトの世界のお姫様みたい。うっとりしながらわたしは音に合わせて踊るリリーを見つめた。



日本では日舞とか舞踊とかあるけれど、芸道には縁がなかった。アメリカでもショーやオペラ、舞台など見たけどこうやって、音楽や踊りで世界を魅せる人たちって本当にすごい。綺羅綺羅輝いていて、芸を極めるのは大変なことだけれど本当に大好きでやっているってことが分かる。



おっと、いけない。ぶんぶんと頭を振って、わたしは客席を見やる。
そこで、いきなりお客用の大きな出入口が全開になった。
薄暗い中で舞台を見学していた客も、一座の皆も招かれざる客を見る。



そこには、逆光にも分かる人数が立ち塞がっていた。
その者たちの腰には、曲刀が差してあった。あれは、曲刀だ。わたしは武器の持たない国にいてけれど、一度アラビアあたりに旅行に行った際、山賊のような輩がそれを持っていた。たしか、シャムシール、とかいう種類だったか。ライオンの鉤爪という語源だったはず。そのサーベルの一種を手に構える姿を見てわたしは咄嗟に彼らの視界から外れる様にしゃがみ込んだ。



咄嗟に地に伏せた美和は彼らの視界から逃れることに成功しているようだ。曲がぷつりと切れて、茫然としているリリーを舞台そでからわたしは引っ張った。
何が目的か分からないほど馬鹿じゃない。基本暢気な日本人でも、流石に武器をチラつかせる輩は安全だなんて思えない。彼らの目的は、奪うこと。略奪だ。そいつらの前に美女が居たら狙われるのは必須だ。



強張ったリリーに「大丈夫、わたしだよ」と耳打ちする。リリーはほっと息をついてわたしに向き合う。どうしよう。二人はお互いの手を握った、その時。



「おっと、動くなよ。動いた奴はどうなってもしらねぇ」



低い男の声が其処に響く。手下と思われる人垣から、その男は現れた。人が端により、出来たスペースに堂々と立ちはだかる。この男が頭だ。
片手に酒瓶を持ち、ぐいっとその酒を煽ってからテント内の人たちを値踏みするかのように見た。



「――俺達は、リリーと言う女を連れに来た」



ざわっと、広がった波紋。そしてわたしはギュッとリリーの手を握り返した。彼女を窺うと顔面蒼白で、言葉を失っているようだ。わたしは唇を噛み締めた。



「何が、目的だ」
「ああ、別に言葉の通りだ。女を連れて来いと、依頼されたんでな」



団長が言った言葉に、にやりと山賊は笑っている。依頼されたから、連れて行くと言う。
なんて理不尽な理由なんだろう。この男の目的はリリーで、更に依頼した黒幕が居るのだ。



「訳が分からない。――否だ、と言ったら?」



団長は山賊の頭に、挑発するように言葉を続ける。
その言葉を受けて、ガハハと大声で笑った山賊の頭はサラリと言ってのけた。



「抵抗するなら、皆殺しだ」



ハハハハハ、と何が可笑しいのか山賊たちは笑いだす。
息を詰めたわたしたちは、ただ唖然とするしかなかった。リリーは繋いだ手から震えているのが解る。
わたしは改めてリリーの手を強く握り返した。怖い。脅しなんかじゃない、本気でそう言っている。平気で殺害をチラつかす、この男たちの気がしれない。しかも、奴は依頼されたといった。この裏に誰かがいて、金でこいつ等を買ってるんだ。
酷い。わたしはリリーを窺う。リリーは弱弱しくも、瞳に強い意志が灯っていた。



「――私、出るわ」



小さな声でそう言った。リリーは立ち上がる。わたしは止める事なんて出来なかった。
リリーは短い付き合いでも、言ったら聞かないのだ。わたしは、小さくため息をついて、笑った。



「それじゃ、わたしもついていくよ」



リリーは吃驚したように、わたしを見た。次の瞬間には馬鹿と怒られた。そりゃ、無謀かもしれないけど。命の恩人を一人で危険に晒すことは出来ない。



「リリー、一緒にどうにかしよう!」



その言葉にリリーは答えてくれなかった。けれど、繋がった手が痛いほど握られていて、わたしはそれでよかった。



「――私がリリーよ。山賊さん、私が大人しく従えば此処の皆に危害は加えないのかしら」



緊迫した空気の中、凛としたリリーの声が響く。山賊はリリーを見て、下卑た笑い声をあげた。団長や、皆がリリーを見やる。リリーはその視線を無視して再度団長に声を掛けた。



「どうなの。答えて」



山賊からブーイングの嵐が起こる。山賊の頭はそれを手で制して、言った。



「ああ、お前が大人しくついて来るなら、危害は加えねぇ。最初からそのつもりさ!俺たちの邪魔をするなら話は別だったがな」
「…そう、」
「ちょっと待て!!リリー、お前はそれでいいのか!!」



静寂を破って団長は声を上げる。強い眼差しを正面から受け止めて、リリーは笑って頷いたのだ。もう、決めたのだ。



わたしは、舞台袖で必要そうな荷物を漁る。外套を二人分持って、秘密道具をカバンに詰めた。わたしは一足先に外套を被り、舞台袖にでる。緊迫し、一本の糸で保つ空気の中、わたしは山賊に言った。



「リリー様を連れて行くのであれば、私もお供してもよろしいでしょうか」



山賊はリリーさえ連れていければ良いみたいで、勝手にしろと言われたので勝手にすることにした。


唖然とする団員に、少しだけ笑って見せた。



***



山賊は、かなりの大金を掴まされている様だ。道中金額の話をしているが、どうやら300万ベリー以上らしい。わたしはベリーの物価がよくわからないけど、それなりの金額の様だ。円に換算すると普通に巨額だと分かる。そんな大金を出す依頼主は誰なんだろう。
わたし達はオアシスから、石畳で舗装された街道に出たら馬が引く荷台に放り込まれた。



「大人しくしてろよ、嬢ちゃん」



下端らしい山賊は、わたしたちを乱暴に押し込んで垂れ幕を下してしまった。
なんて野蛮な。女性を優しく扱ってほしいものだ。わたしは、啖呵切ったリリーを見る。彼女は涙を溜めて、悔しそうに顔を歪めていた。それはそうだ。いきなり仲間も命を盾に、得体の知れない輩に連れて行かれなければならないのだから。結局、団員の皆はあの後縛られてしまった。約束が違う、と言ったがそれ以上楯突けば仲間の命はない、と脅されてしまった。



どうやら、あの町は山賊の支配下に陥ってしまったようだ。わたしたちが連れて行かれる間に、半分の山賊がその街に残っていた。
ここでわたしたちが下手な真似をしたら、この街は殺戮に遭うという無言の脅しだった。



「――アンタって、本当に馬鹿よ」



ふと、リリーはぼそりと言った。わたしは、「よく言われる」と笑って返した。
リリーは、ポロリ、と溜まった涙を一筋流したら、一気に涙が決壊を破って押し寄せてきた。しゃくり上げる様に、泣くリリーの背を優しく撫でる。



「本当に、これで、良かったのかしら…っ」



しゃくり上げながら、リリーは残してきてしまった仲間を思う。わたしは、リリーがその言葉を繰り返すから、答えになるかどうかわからないけどぽつり、と言った。



「生きていることが、大事」



リリーはわたしを見た。
涙に濡れる彼女の背を撫でながら、わたしは独り言のように続けた。



「だって、あの場でわたしたちには何もできない。戦うことになっていたら、あそこの人達は命がなかった。わたしたちが強ければ、選択肢は合ったかもしれないけど、リリーの選択が最善だったと思う。だって、死んじゃったら何もできないもの」



車輪がガタゴトと荷台を揺らす。途中から外の喧騒が強くなる。山賊の人達が道中酒を煽りだしたからだ。
リリーは、この先の不安を想像しているのだろう。確かに、この先には人攫いか、貴族か、将又奴隷にされるか、売られてしまうのか、不安の渦だ。死んだほうがマシと思うことが待ち構えているかもしれない。それは仲間も街の人達もだ。



「生きていたって、これから生き地獄かもしれないわよ。それでも…?」



わたしも、不安だ。けれども、わたしは一度教わった。
守りたいもの、貫きたいものがあるなら、強くなくては叶わないと言われた。弱者は選択肢がない。そして、死人もなにもできないのだと。後悔してからでは遅いのだ。



「人それぞれ考えがあるから、何が正しいかわたしには分からないよ。けど、リリーがあの場で啖呵切ったから、皆生きてる。その後、反抗して生きるも死ぬもその人次第だと思う」



これは、美和の持論であって、実際他の人から見たら迷惑かもしれないけどね。
わたしは、リリーに笑った。リリーは、わたしに抱き着いてわんわんと泣いた。わたしはリリーを受け止めながら、彼女の気が済むまでずっと背を撫でていた。






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