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ペンギンは心臓が止まるかと思った。
貴族の屋敷を壊滅させた後、小休憩をとってから馬を走らせてこの界隈まで辿り着いたのだ。鬱蒼と茂った森の中は、喧騒に包まれている。所々に銃声の音も聞こえた。
前を駆ける男は、微塵の動揺も感じさせない。外套がはためき、瞬時スピードを上げた男に、ペンギンとシャチ、ベポは付いて行った。


森を抜けた先は、30mは在りそうな断崖の壁。
その上には、美和がいた。


「…っ美和!!」


ベポが叫ぶ。馬を下りて瞬時に体制を整えていると、静止の手が前を制す。
遮った男は、左手を翳し、空気を混ぜるようなサークルを作り出す。ニヤリと笑った男は空を仰ぐ。今にも落ちそうな美和の周りに能力を発動したのだ。


「――ペンギン、シャチ、…周り込め」


“ROOM”と男はそのまま言葉を続けた。
何をするか分かったペンギンとシャチは馬を翻し、両サイドから崖を回り込む為に分岐する。


美和は絶対に助かるだろう。そして、本当に運命の悪戯といっても過言ではないような気がした。ペンギンたちが休憩を取っていなかったら、この現場には間に合わなかっただろうし、少しでもタイミングがずれていれば、助かりはしなかった筈だ…美和は。


先を読んでいた船長は、この辺りに目を付けていたのかもしれない。もはや先読みのレベルを超えているような気がするが、それが船長“トラファルガー・ロー”だ。


ぞくっと畏怖のような感情が背を駆け抜ける。
ペンギンは不敵に笑った。


悪運の強い美和に、気紛れで冷徹な船長。二人の運命が交わった先を、見てみたい。


「さて、暴れますか」


開始の合図は、既に鳴っている。ペンギンは馬から飛び降りて正面に現れたシャチと共に呆気に囚われた集団を囲ったのだった。



***



「……間に合った」


能力を発動し、崖から身を投じた美和と木を入れ替えたのだ。ローの腕に抱えられた美和を見て、ベポは安堵の息を吐き出した。
位置を入れ替えた木が宙に浮いている。結構シュールな絵に山賊は何が起こったのか分かっていない様子だ。気配で、シャチとペンギンがあの山賊を囲ったのが解る。


「――おい、コイツをみてろ」


船長は腕に抱えた美和をぽいっとベポに放った。慌ててお姫様抱っこにして船長をみたベポは、大人しく一歩引いた。狩る気だ。


「アイアイ、キャプテン。けど、はやくしてね」


その言葉に答えず悪魔の笑みを浮かべた船長は、抱えていた長剣をすらりと抜いたのだった。



***



場面は変わり。
道中別れた団長は、あの後夜間動くのは危険と判断し、仲間の一人と交代で休憩を取った。
あの集団と別れ、夜間は睡眠をとったから幾分身体はすっきりした。小川で顔を洗い、軽い食事をとった。日中馬を走らせ、山賊の住まう周辺の森に着いた。


しかし、下手に動けない。もしも自分らが捕まってしまったら、元も子もないのだ。
彼らの戦いが無駄になる。
機を窺うんだ。ただ、明日の朝までにこのでんでんむしが鳴らないことを願って過ごした。


(もうすぐだからな、リリー、美和!)


夜が明け、予想道理静かな森が喧騒に包まれる。
鳴ったでんでんむしに団長は動き出した。つまり、彼らは貴族を何らかの形で倒したのだ。だから、このでんでんむしが鳴ったのだ。通信にでず、アジトの方角を見る。
武器は剣がある。二人の無事を祈って、駆けだす。
時間的には短いが、精神的に長く感じた時間で、喧騒は森の奥へと続いている。


先ほどまで方角は此方だったはず。
団長はくまなく辺りを見渡す。何か、ある。見逃してはいけない。
其処で蹲っている人物がいたのだ。


「リリー!」


咄嗟に駆け寄って、抱き起す。リリーは呻いた。怪我をしているのかもしれないと、全身に目を向けると足元に包帯がしてあった。応急手当はしてあるが、はやくこの場を離れなければならない。
だが、もう一人の姿が見当たらない。


「…まさかっ!」


声の方角に視線を移す。美和はまだ逃げているのだ。たぶん、リリーを助けるために。馬にリリーを乗せて団長は馬を走らした。
喧騒が、一瞬止んだ。


(無事でいてくれ!!)


駆け抜けると頬や出ている腕に、小枝が引っ掛かって傷を作る。そんなのに構っていられず、団長は木々を抜けた。視界が広がり、其処にいたのはあの白いつなぎの二人組と、痩躯の男だった。その男たち以外は地に伏している。


「いったい、どうなって…!?」


うっと口元に手を当てる。
見回す限り、あの山賊の塊の様だ。皆一様に眼を見開ている様だ。蔓延る血の匂いの割に、外傷から大量の血が流れた様子はない。寧ろ、どうしてだか違和感が拭えない。


「いや、それより美和は…!」


この時代、弱肉強食だ。殺人は罪になるが、法が届かない所は当然のようにある。人の死を見たことはあるが、この遺体は奇妙だった。やけに真っ白の遺体。まるで体の血がすべて抜けてしまったような。そんなまさか。
首を振って、団長は当初の目的を探す。
この男たちは、死に慣れている。否、殺し慣れているというのだろうか。佇んでいた、男達は特に変わった様子は見られず、平然としていた。


「――大丈夫だよ、ほら」


声のした方を振り向くと、白熊が居た。その腕には美和が居た。
大事そうに抱えられた美和は気を失っている様だ。所々傷があるが、大事はない様だ。
この男たちは謎だった。美和と繋がらない。
しかし、助けられた。団長はこの集団に畏怖を感じるが、気持ちを切り替える。
兎に角、2人を安全な場所へ移動しなくては。


「――よかった、美和…。君たち、はやく、此処から移動した方がいい。」


異論のない集団は、オアシス傍の街へと馬を向けた。





何も聞かない、団長に痩躯の男は笑った。
違和感は本物だった。能力で相手の血を全て抜くという荒業をした。崖の向こうは大惨事。血の海になっています。言葉通り、真っ赤に血濡れた森を、常人が見たら気を失っていただろう。そんなことを、ちらっと思ったペンギンでした。






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