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15



連れ立っていた一座の男二人と別れ、山から駆け下りる。
ベポは、自分の背にいる男に声を掛けた。


「キャプテン、楽しそう」


基本感情をあまり外に出さない男だが、ずっと一緒にいたからなんとなく分かった。ベポという大きな白熊は、この男が親切でもただ優しいだけの男でないことを知っている。
急な山道を駆け下り、貴族の館に向かう。


「ふふふ、美和がお世話になったヒトたちだもんね」


背の男は何も答えなかったがそれが正解だろう。
この男は懐に入れた人物には結構甘い。本人は自覚していないみたいだけど。普段、クルー以外守ることなどしないけど、あの一座の男達をここまで同行させたのは、危険を回避するためだろう。此処まで一緒に来れば、敵はこちらで倒せる。
あとの帰りはほぼ安全に山賊のアジトへ向かえる筈だ。まぁ、アジト自体が危険だろうがそれは覚悟の上だろう。


ふふふ、とベポは笑った。ベポはこの男も美和も、クルーも大好きだった。



***



「――船長、入り口は確保してます」


ペンギンは、到着したベポと男にそう報告した。裏口から城内への入り口を確保して門番は既に気絶させられていた。ご丁寧に縄で縛っている。


「シャチは、既に城内を探っていますが」


状況を簡単に説明したペンギンは、ベポに馬を繋ぐ場所を指さす。そのままベポは馬を連れてその場所に向かう。


「しかし、運がいい。…あの馬鹿は」
「まぁ、そうですね。美和の匂いがするってベポが言い出した時は何事かと思いましたが」


船長は、可笑しそうに笑う。それにつられて、ペンギンも呆れたように笑った。
本当にこの世界に居るとは思わなかった。彼女は10年ほど前に突然現れて、そして突然消えてしまったのだから。
一緒にいたのはたったの半年間。この男の陰に隠れていた無表情だった美和を思い出す。言葉を喋れず、この男がスパルタに教えていたのが懐かしい。


「キャプテン、暴れるの?速く美和迎えに行こうよ!」


戻ってきたベポは、首を傾げた。可愛らしい仕草にペンギンはそういえばこの仕草、美和のが移ったんだよな、なんて思ってしまった。


「狙いは元々こいつ等だ。あの馬鹿はついでだ」


男は城内にそのまま足を踏み入れた。その後をベポが追う。最後にペンギンはその後に続く。
城内は薄暗く、人気が少ない。蝋燭で照らされた廊下は等間隔で並んでいた。途中転々と執事らしき人物が昏倒していたが、先行したシャチの仕業だろう。


目的は、人体をコレクションする部屋を燃やすこと。あの胸糞悪い貴族のコレクションを根こそぎ崩してやる。命を失った人間を弄ぶ悪趣味は、いけ好かない。人の趣味にとやかく言うつもりはないが、この貴族の男は、クルーの一人を貶したのだ。そして、美和にもその害を催した。一味に手を出す奴には制裁を。
思い知ってもらおう。


「あ、船長!この部屋があの男の部屋だって」


先行したシャチは、鍵を指で回して待っていた。


「っていうか、ここの連中弱すぎ。それ以上に暗殺業者がメイドや執事やってるなんて世も末だね」
「海賊のおれらがそれを言うのか」


船長はククク、とシャチの言葉に笑った。顎をしゃくって鍵を開けさせる。
開け放った先には仄暗い豪華な部屋。天蓋着きのベッドが見えた。


「誰だ、無礼な奴め!衛兵!!」
「――呼んでもこねぇよ。さて、おれらに喧嘩を売ったらどうなるか特と体感しな…」


恐怖に歪んだ男に、船長は凶悪な顔を向ける。



***



一夜のうちに、貴族の城は堕ちた。
最後に隠し部屋に合ったコレクションの部屋に火をつける。船長にやられた男は、凄惨な最期を迎えたのは言うまでもない。
ギリギリ意識を失うことを許さず、痛みを与えたローに伯爵は泣いて命乞いをしていたが一切無視されたのだ。心が恐怖と痛みに耐えられず、伯爵は最後は壊れたマリオネットの様に助けてと繰り返した。命の限界瀬戸際で玩具にされた男の心臓を呆気なく潰したローにシャチは平然と言う。


「やっぱ、手応えない奴等ほどめんどくさいっすね」


火を放って燃え盛る部屋に溜息をついたシャチに、ローは笑う。
最初に伯爵の心臓を抜き取った。散々人体実験をした船長は伯爵にとってまさに命を弄ぶ悪魔だったろう。


「船長、そろそろ」
「ああ、それで全部か」


シャチとベポは大きな袋をどさりと持ってきた。城の金品を根こそぎ袋に詰めたのだ。


「キャプテン、全部だよー」


ベポが返答に答え、ローは手を翳し部屋の外壁を消した。ペンギンに渡された袋をシャチは肩に担ぐ。大量にあった金目のものを詰め込めるだけ詰め込んで大袋4つになったモノをベポが2つ担いで、あとはシャチとペンギンが1つずつ担ぐ。
消した壁からローを先頭に飛び降りる。次々に飛び降りて地上に降り立つとペンギンは城にいた馬に乗り換えて4頭引っ張ってきた。


「今度はちゃんと自分で引いてくださいね!ベポの後ろは金品で一杯ですから!」


ペンギンの言葉にローは口端を上げる。馬に飛び乗ってローは炎を纏った城に用はもうなかった。業火に、宵闇が紅く染まる。


「――指図するな。行くぞ!」
「アイアイ、キャプテン!!」


馬に乗って、夜道を走る。あちこちで火の手が上がる。貴族の城が落とされたのだ。海軍は動くだろうが、表沙汰には出来まい。
なんせ人体コレクターであり、奴隷売買、人身売買斡旋の罪があるのだから。



夏の空は明けるのが早い。
薄らと白み始めた空を山の際で見た。船長は、そこで止まった。


「お前ら、此処で休め。時間はあるからな」


男は、後ろについていた部下を見やる。別に、このぐらい平気だと言われた2人と1匹は顔を合わせた。


「船長、別に2日寝ないなんてどってことないけど」


シャチは、船長の考えてることが解りかねた。いつも何考えてるか分からないけど、何か考えがあってこう言ったのだろう。
男は、草むらにごろんと横になった。本当に休むつもりらしい。
オアシスの街を解放し、取引先を潰したが、山賊の巣にいるのは女の子ふたりだ。これからが大変だと思うのだが。


「そうだろうな。…だが、手を出すのは此処までだ」


タイムリミットは、1日。
明日の明朝には勝利を確信した山賊らは混乱の極みに陥るだろう。逃げだす好機は、明日の朝だ。そのチャンスを見逃さず、生きたいのであれば逃げるだろう。


「逃げるための条件は整えてやった。逃げだす気のある奴は、逃げるだろ」


そうだ、船長は生に興味のない奴は、見捨てる。此処にきて、美和を試すのか。
ペンギンは、黙って馬から降りて馬を木に手綱をかける。
シャチは、美和がどんな奴か知らないので、早く会ってみたかったのだが。
試されているのか、それとも何かを待っているのか。どちらにしても、船長の“特別”ってのは行動を共にして本当の様だ。シャチは揶揄を送る。



「ま、いっすけど。ちゃんと“生きたまま”紹介してくださいよ」

「いいから黙っておれに従え。あいつは、……必ず動くさ」


どうせなら、面白いほうがいいだろう?そんな声が聴こえた気がした。完全に楽しむ気だ。出会ってしまった時から、遊ばれる運命なんだな美和…とペンギンは遠い目をした。
仮にも特別な女の子を弄ぶ悪い男なのだ。うちの船長は。
そんな船長でいい、美和も美和だ。船員と同じ穴のムジナっていうのかね。


「アイアイ、そだね。キャプテン一緒に寝るー!」


ベポは寝転がる男の横にごろりと転がる。ペンギンもそれにならって、木に背を預ける。


(――10年、か)


無表情の女の子が突然現れた。
驚くことに、この意地の悪い男に何度悪戯されても泣かなかった子だ。ペンギンは彼女に何があったか知らないけど、半年経って初めて全開の笑顔を見せてくれた女の子は、目の前で消えてしまったのだ。
あの時の言葉、忘れてない。



『―――わたしもいっしょに“うみ”につれてって、きゃぷてん…っ!』



大丈夫。忘れてない。船長も、ベポもおれも。
ペンギンはうとうとと夢の世界へ誘われた。






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