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性転換的アビス(笑)

ルーク達は艦内の廊下から外に出た。幸い敵は――人間はいないようだった。
「我々はこれから艦橋を奪還しに行きます。」
「はい、しかしそこには敵の神託の盾兵が多くいると思われますが…」
ティアが小首をかしげると、ジェイドは彼を見た。
「貴方に任せましょう。」
すぐにその意味を理解して、彼は頷いた。
「はい!」

しばらく歩けば、巨大な扉が見えてきた。恐らく、あそこが機関室であろう。
そしてそこには、神託の盾兵が一人だけいた。つまりは艦橋の奪還は到底できないものと思われている、という事だ。
ティアは深呼吸し、口を開く。
彼の形のいい唇から紡がれる旋律。
それは、あの歌。
屋敷で先生を襲った時の、チーグルの森で自分を助けようとしてくれた時の歌だ。
風に乗って、彼の歌声が流れてゆく。
ばた、と倒れる音がした。おそらくあの兵士が眠ってしまったのだろう。
そしてあたりを見渡せば、ライガやグリフィンとかいう魔物の姿もない。もしかしたらあの兵士同様眠ってしまったのかもしれない。
ジェイドとティアは堂々と道を歩いて行く。つまりはそういうことだろう。ルークもついて行く。
「大佐、封印術のほうは…その…大丈夫ですか?」
ティアが少し心配そうに聞くがジェイドはいつもの顔で小さく頷く。
「身体能力は多少低下し、譜術も殆ど封じられはしましたが、戦闘能力は貴方がたと遜色ありません。足手まといにはならないでしょう。」
「そうですか」
それだけの会話であったが、二人の声は、平坦そのものだった。
人が死んだばかりなのに。
脳裏に、あの巨漢の姿が浮かんだ。
槍で腹を刺されたのだ。それだけではなく、あの出血の量からいって、生きている筈が、ない。
「この先は私とティアで行きます。」
ジェイドの声でルークは顔をあげた。
「え…?じゃあ、うちは?」
「そこで見張りをしていて。」
ティアがそう言い、ジェイドの後に続いて巨大な扉の中へ入って行った。残されたのはルークとミュウと、ティアの歌で眠ってしまった兵士だ。
(つまりうちは足手まといってわけか)
はぁ、とため息をついてしゃがむ。そりゃそうだよな。うちはろくに戦えもしないし、…人なんて……殺せないし。ここにいれば、人間なんかと戦わずにすむかもしれないし。
(役立たず、か)
もう一度、溜息。
そして、またあの巨漢と、自分のすぐ後ろで死んだ兵士を思い出す。
2人とも、ジェイドがやったのだ。
あの女が。
けれどもあの女は顔色一つ変えやしない。
あの女だけじゃない。優しい……ティア、だって…
(全然、気にしてない)
それはあいつらが軍人だから?たくさん人を殺してきたから?もう慣れてしまったから?
いいや、ティアは、違う、と、思、う。
思いたい。
だって、あの時、すごく悲しそうな目をしていたから。
悲しそうな…
(ああ、もう、やめやめ!今はもう、いいや)
ふっきるように顔を横に振り、ちら、と眠っている兵士に目を移す。
「アホズラして寝てるし…」
兜の十字の隙間から見える顔が、今彼が置かれている状況と全く反対な表情をしているので、つい笑ってしまう。
「それにしてもよくあんな歌で眠っちまうんだな」
「ティアさんのうたはセブンスフォニムですの!」
ミュウが能天気な声で答える。
「またそれだ。つか、第七音素ってなんだよ」
みゅ、と首をかしげる。まさか馬鹿にしてるんじゃないだろうな、とルークはムッとした。
「なにって、フォニムですの!7ばんめにはっけんされたフォニムで、『おと』のぞくせいをもっているですの。スコアもセブンスフォニムですの、とくべつですの。ローレライきょうだんのしそユリアは、チーグルぞくからセブンスフォニムをまなんだですの!すごいですの!」
ですのですのですの、の、の、の
「あーーっ!もう!おまえのそのしゃべり方、ムカつくんだよっ!!」
ルークはミュウの袋のように大きな耳を掴むとぶんぶんと振り回した。
「みゅぅぅぅぅ!ごめんなさいですの〜!!」
ミュウは思わず口から炎をぼっと吹き出してしまった。
そしてその炎は眠っている兵士の顔に、当たってしまった。
「う……」
兵士は小さく呻いて立ち上がると目の前の少女――ルークを見た。
彼は一目で彼女を敵と判断したのだろう、剣を鞘から抜いて、まだ力の入りきらない両手で剣を構えた。
「貴様……」
「な、何だよ……!」
兵士はおぼつかない足取りでルークに向けて突っ込んでくる。
「うわぁっ!」
ルークはその一撃を必死でよけると、人など切ったことのない剣を抜いて、構えた。
武器を見せれば、相手もひるむであろうと。
しかし、それはまったくの逆効果であった。兵士は剣の重さで前へ倒れるようにルークに襲いかかる。
「や、やめろ…来るな…っ!!」
逃げようとする、けれど、全身に力が入らない。膝が、力を失う。
兵士が黒く光る剣を振り上げた瞬間、ルークは、尻餅をついた。
「来るな…来るな…来るな……っ!」
ルークの声など、聞こえている訳がない。剣の先端が、自分を目がけて突っ込んでくる。
「来るなぁぁぁぁぁあっ!!!」
彼女は、反射的に左手を前に突き出していた。
その瞬間、何かにのめりこんでいく感覚がし、左手に重さを感じた。
いつになっても、自分は痛みを感じていない。ただ、左手の不思議な重さだけ。
生暖かい何かが、左手を伝わってくる。
ルークはゆっくりと目を開けた。
左手には、剣が握られていた。そして視線をゆっくり上へ移していく。
そこには、腹に深々と自分の持っている剣が刺さっている、兵士。
兜の十字の隙間から見える顔は、驚いたような顔をしたまま静止していた。
「ひっ…!」
ルークは剣を取り落とす。兵士は、紅く生暖かい液体の中へと沈んでいった。
(まさか……?)
彼女は紅い液体の中のそれに触れた。熱が急速になくなっていく、鼓動も感じない。
間違いない、死んで、いる。
「…ちが……殺した……?」
自分の手を見る。紅い液体がこびり着いている。白いコートにも、だ。しかし、やはり自分は怪我などしていない。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!!」
ルークの悲鳴にティアが、慌てて飛び出してきた。
「ルーク!」
彼はルークの姿をとらえると、すぐさま彼女に駆け寄った。
「ルーク、一体何があったんだ!?」
「うちが…殺した……人を…うちが…うちが……」
彼は兵士だったものを見てから、彼女の顔を見た。
体が震え、エメラルドグリーンの瞳は見開かれ、いつもは桃色の顔も色を失い、唇は真っ青だ。
「ルーク、ルーク」
彼女の背中をさすって少しでも落ち着かせようとする。が、彼女はうわごとのように同じことを繰り返していた。
「殺した……うち…が…」
「人を殺すことが怖いなら剣なんて持つんじゃねぇ!この出来損ないが!!」
憎しみのこもった声が頭上から響いたと思うと、大きな氷の柱が二人に襲いかかった。
ルークは後頭部に強い衝撃を受け、目の前が暗くなっていくのをただ、感じていた。
けれど、それがとても今はありがたかった。


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