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性転換的アビス(笑)

タルタロス…いつか辻馬車の中から見た巨大な陸艦だ。まさか自分がそれに…しかも、連行される形で乗ることになるなんて思ってもみなかった。
ルークたちは今、かすかな振動と鋼鉄の壁を伝わって聞こえる音を感じながら船室の固い鉄の椅子に座っている。ジェイド、イオン、アニスはそれぞれ並んで立っている。
「……第七音素の超振動は、キムラスカ・ランバルディア王国王都バチカル方面から発生。マルクト帝国領土タタル渓谷付近にて収束しました。」
そう言って、ジェイドは眼鏡を少し直した。
「超振動の発生源が貴方がたなら不正に国境を越え侵入して来た事になります。」
「不正って…」
ルークは髪を少しかきあげる。
「ティアが神託の盾騎士団という事は聞きました。ではルーク。貴女のフルネームは?」
ティアに目で聞くと、彼は小さく頷く。
「…ルーク・フォン・ファブレ。お前たちが誘拐に失敗した、ファブレ公爵の娘。」
イオンとアニスは驚いたように顔を見合わせたが、ジェイドは表情を変えずにルークの目をまっすぐと見る。
「ファブレ公爵と言えば、キムラスカの王室と姻戚関係にありましたね。そのご息女…ですか。」
「公爵…けど、女かぁ…」
アニスが残念そうに小さく呟く。
「今、ルークは誘拐された、と言いましたね。ジェイド、何か知ってますか?」
視線をジェイドに移すと、彼女は首を横に振る。
「いえ、おそらく先帝時代の事でしょう。」
「うちは、そのせいで小さいころの記憶がなくなったんだからな。」
「……」
ジェイドは小さく頷く。
「其の話は兎に角、何故その貴女がマルクトへ?」
「それは…」
「とにかく、今回の事は事故だったんです。けしてファブレ公爵家によるマルクトに対する敵対行動ではありません。」
ティアがジェイドの瞳にひるまず、ルークのあとを引き取って言う。
「大佐」とイオンがなだめるように言う。「ティアの言うとおりでしょう。彼女からは敵意を感じません、信じていいと思いますよ。」
「……」
「ここはむしろ、彼らに協力をお願いしませんか?」
「そうですね」
彼女は頷くと、すこし、咳払いをする。
「我々は今、マルクト帝国現皇帝ピオニー九世陛下の勅命により、キムラスカ・ランバルディア王国首都バチカルに向かっています。」
「まさか…宣戦布告!?」
ティアが青ざめた顔で言うと、アニスはにこ、と笑って首を振る。
「ちがいますよぅティアさん。わたしたちの目的はその逆です。」
「逆…?」
「はい。戦争を止めるためにわたしたちが動いているんです。」
「アニス」ジェイドは軽く彼女を睨む。「不用意に話してはいけません」
「はぁい」ぺろっと舌を出す。「ごめんなさぁい」
「ちょ、ちょっと待て…」
ルークが頭を押さえながら言う。
「その…キムラスカとマルクトの関係ってそんなにヤバかったのか?」
「知らないのは君くらいだと思うよ。」
ティアが呆れたように言ったのでムッとした表情で「お前、嫌味だな」と呟く。
(軟禁されてたから知らないって…)
と言い訳のように心の中で呟いてみせる。
「戦争を起こさない為にも貴女の協力が必要なのです。」
「うちの?」
ジェイドは軽く頷く。
「はい。詳しい訳は、貴女が本当に協力していただけるか如何かでお話します。理由を話してなお協力していただけない場合は貴方がたを軟禁しなければなりません。」
「軟禁……」
ティアが低く呟くとルークは一瞬身震いをした。
「如何されますか?」
「ルーク」
ティアは横目で見ながら頷く。
(協力…か)
一体何をさせられるのだろう。戦争を止めるためってことだからまさか人質にはするまい。
ふと、アニスがルークに駆け寄って隣に座った。
「ルーク様、わたしはルーク様と旅がしたいです☆」
「様って…別に呼び捨てでいいぜ?使用人じゃないんだから」
とルークが言うと、アニスは嬉しそうに笑った。
「ルーク様…じゃなくて、ルークって気取ってないんですね〜。他の貴族とちがってなんかいいな♪」
ぺとっとくっついてくる。助けを求めてティアを見ると曖昧な笑顔だ。
「ティア…それで、うちはどうしたらいい?」
「そうだね…悪い話ではないと思うよ。この艦はキムラスカに向かっているんだろ?大佐と行動を共にしている間は身分を隠す必要もないし、安全な旅ができると思うよ。」
ルークはしばらく考えたあと、頷いた。
「分かった、協力する。」
ジェイドはイオンを見て、彼が頷いたのを確認すると口を開いた。
「昨今、マルクトとキムラスカの国境付近で局地的な小競り合いが頻発しています。恐らく近い内に大規模な戦勝が始まるでしょう。ホド戦争が休戦してまだ15年しか経っていません。そこで、ピオニー陛下は和平条約締結を提案する親書をキムラスカに送る事にしたのです。陛下は中立の立場から、使者としてイオン様に協力を要請されました。」
「それが本当なら、何でお前は行方不明ってことになっているんだ?ヴァン先生はお前を探しに行ったんだぞ。」
「それは、ローレライ教団の内部事情が影響しているのです。」
若干暗い顔でイオンが言い、ジェイドが後を引き取る。
「ローレライ教団は現在イオン様を中心とする改革的な導師派と、大詠師モースを中心とする保守的な大詠師派とで派閥抗争を繰り広げている状況です。」
イオンは頷く。
「モースは戦争が起こるのを望んでいるのです。僕はマルクト軍の手を借りて、モースの手から逃れてきました。」
「導師イオン!」
ティアが思わず腰を浮かせる。
「それは何かの間違いです!大詠師モースがそのような事を望んでいるはずがありません!モース様は、預言の成就だけを祈っておられます…」
「ティアさんは大詠師派なんですね…ショック…」
アニスがルークの隣に座ったままさもがっかりしたように言った。そんな彼女をティアは軽く睨んだ。
「ぼくは中立だ!たしかに預言の成就も大切だけど、イオン様の意向も大切だと思っている。」
二人のやり取りを冷たい目でジェイドは眺めている。
(預言の成就…ね)
「教団の実情はともかくとして」
イオンが苦笑がちに続ける。
「僕たちは親書をキムラスカへ届けねばなりません。」
ジェイドも頷く。
「しかし、我々は和平の使者とは言え、敵国の兵士。国境を越えられるかも分かりません。そこで、貴女の力、いえ、地位が必要なのです。」
「地位…うちの、キムラスカ王の姪であるっていう?」
「はい。」
つまりこいつらはうちではなく、ファブレ侯爵の娘、そしてキムラスカ王の姪としてのうちが必要ってことか。
なんだか気に入らない。
面白くない。
だから
「なぁ、人にものを頼む時は頭を下げるのが礼儀じゃないのか?」
つい、そのような言葉を発していた。
「ルークッ!」
ティアがいさめるように睨む。
たしかに、自分としても若干調子に乗りすぎた感じもしないでもない。
けど、こいつはきっとうちの言うことなんて真に受けないさ。
そう思っていた時である。
「分かりました。」
ジェイドはあっさりと頷き、ルークに歩み寄る。
「え…」
足を折り、跪く。そして彼女を仰いだ。
「どうかお力をお貸しくださいませ、ルーク様」
深々と、頭を下げる。
まるで、従者が主人に絶対の服従をするかのように。
彼女の美しい金髪がさらり、と流れた。
思わず、ルークは言葉を失った。
(うそ…だろ…?まさか、こんな…)
本気で、するなんて…
鋼鉄の部屋に陸艦の機械音だけが響き、ルークはその沈黙に耐えられなくなり、重い口を勢いよく開いて大きな声で言った。
「もう、いいよっ!伯父上に取りなせばいいんだろ?だから頭上げろって!」
なんだかものすごく申し訳ない気持ち、いや、申し訳ない、というよりは自分が軽い気持ちで言ったことを真に受けてやってしまった彼女が…なんか怖い。
「はい。」
返事をして、再びルークを仰ぐ。彼女の表情は相変わらず無表情だ。…それが怖い。
立ち上がると、彼女は眼鏡を直し、口を開く。
「それでは、暫く自由行動としましょう。国家機密に関わる場所以外は立ち入りを許可します。」
さっきのことなんかなかったかのようにさらりと言う。
「解散」
彼女は静かにそう言うと鉄の扉を開け、出て行った。
「難しい話ばかりでは疲れますね。…ちょっと外の風に当たってきます。」
と、イオンも続いて出て行く。
「ぼくたちはどうする?」
ティアはミュウを撫でながらルークを見る。
「そうだな…」
「ルーク♪よかったらアニスちゃんが船内を案内するよ?」
アニスは立ち上がる。
「それとも、わたしがいたら邪魔ぁ?」
「いや、そんなことないよ。なぁ、ティア?」
「うん。」
二人が頷いたのを見て、アニスはにっこりと笑う。
「はぁい!さっ行きましょ♪ルークとティアさん!」
「ティア、でいいよ」
ティアは彼女に笑いかける。
「うん、ティアっ!」


「えっと、ブリッジに、機関室はダメでしょ…あとは…行けるところは少ないなぁ……食堂と兵士さんたちの部屋くらい?」
腕を組みながら少し難しい顔をしながらアニスは歩いている。その後ろをルークとティアが続く。
ルークはちらちら丸窓から兵士たちの部屋の中の様子を見ている。
皆、真面目…というよりは、なかなか自由に過ごしていた。雑談したり、マージャンしたり…。
「軍人ってもっと堅いイメージがあったけど、適当な感じの奴が多いな。」
「それはきっと大佐が上官だからだと思うよ?大佐って無愛想で冷たくて怖い人って感ジするけど、きちんとやるべき時やれば厳しくないんです。」
「へぇ…」
切り替えが早いってことか。うちは無理だろうな。
ふと上を見ると、天井に透明な石があり、それが光を放っていた。
「あれって何だ?」
ティアも見上げる。
「あれは譜石だよ。熱を与えて光らせているんだ。」
「譜石って…空に浮かんでるあのガラスみたいなの?」
するとティアはムッとしたような顔をした。
「譜石は預言を詠むときに生成される聖なる石だ。ガラスなんかと一緒にしないで。」
「…悪かったな。」
(そんな言い方しなくていいだろ)
ルークも内心ムッとしながら返す。
「まぁまぁ、とりあえず、行こうよ。」
「ああ。」
アニスに促されて歩き出したが、若干悪くなった空気はすぐに良くなるものではなかった。

「あっ!大佐ぁ!」
艦内を探索していると、ジェイドが歩いてきた。
「アニス。」
彼女は相変わらずの無表情。アニスは駆け寄る。
「楽しんでいる様ですね。」
「はぁいバッチリ!ルークとティアとちゃぁ〜んと仲良くなれましたっ!ねっ?」
ビシ、と敬礼してにこっと笑う。
「うん。」
とティアが頷く。
「それは何より。」
特に表情に変化が表れていないが、ジェイドは頷き、視線を外した。
ガタン!
と、艦全体に激しい衝撃が走り、それと同時にけたたましい警報が艦内に響き渡った。
「何だ!?」
ルークがバランスを崩して転びそうになるのをティアが支える。
ジェイドは近くにあった受話器を手に取った。
「ブリッジ、どうした?」
『前方20キロ地点上空に、グリフィンの大集団です!』
キィンという耳障りな音とともに、人の声がそれから聞こえた。
『総数は不明!約十分後に接触します!師団長、主砲一斉砲撃の許可を願います!』
「艦長は君だ。艦の事は一任する」
『了解!――前方の魔物の大軍を確認!総員第一戦闘配置につけ!繰り返す!総員第一戦闘配置につけ―――!』
ダダダダ、と兵士たちが一斉に自室から出て行き、あっという間に消えてしまった。
こんなにすぐに切り替えができるなんて…さっきまで遊んでた奴らもだ。
それにしても
「魔物が来たくらいでずいぶんな慌てぶりだな。」
「グリフィンは単独行動をとる種族だ。普段と違う行動をとる魔物は危険だよ」
ティアに言われたが、所詮魔物は魔物だろう。行動が少し違うくらいでなんだって言うんだ。
「うわっと」
砲撃の度こう艦全体が揺れていたらたまったもんじゃない。
「さあ、聞いた通りです。船室にお戻りなさい」
「はいはい」
言われなくても分かっているよ、と思いつつ向きを変えた、瞬間
「わぁぁぁっ!?」
艦が、今までにない程の衝撃に揺れた。
ジェイドがすぐさま受話器を取る。
「どうした?」
『グ、グリフィンから、ライガが投下され…機関室が……』
そして、耳を覆いたくなるような悲鳴が、響き渡った。
「ブリッジ!応答せよ!ブリッジ!」
ジェイドの声は、ただ、響くのみ。
「なんなんだよ…」
ルークが、震える声で呟いた。
「ルーク、行くよ!」
ティアに促され、歩みだす、が、それを何かが阻んだ。
「っく!」
それはチーグルの森で倒したライガの仲間…だった。
「中に魔物が!」
ティアはライガに一太刀浴びせる。ライガは斃れたが、次から次へと魔物が侵入してくる。
ルークも使えない剣を抜いて、魔物に踏み込んだ。
「っはぁ!」
魔物は断末魔を上げ、動かなくなる。が、まだいる。
「出でよ、敵を蹴散らす巨大な水泡…セイントバブル!」
そうジェイドが唱えると、泡が現れ、魔物たちを次々と蹴散らしていく。
「いっくよぉートークナガァァァァ!!!」
なんと、アニスのあのぬいぐるみが巨大化し、彼女はその上に乗って戦っている。
敵をなぎ倒し、魔物がいなくなった時、ジェイドの表情が不意に硬くなり、後ろを振り返った。
「…随分と派手な襲撃かと思ったら、貴方がたの仕業でしたか」
ルークたちは、ジェイドの話しかけた相手を見て、思わず息をのんだ。
身長は2メートルを超えているだろう。険しい顔に灰色の逆立った髪と髭に覆われている様はまるで獅子の鬣のようで、黒一色の服に赤いラインの入った同色の法衣をまとっている。
そして、その巨漢は自らの身長を超すほどの巨大な鎌を片手に持っていた。
巨漢は低く笑うと、地の底から響くような声で言った。
「マルクト帝国軍第三師団団長ジェイド・カーティス大佐。…いや、死霊使い(ネクロマンサー)ジェイド。」
それを聞いたとたん、ティアがおびえたような声を出す。
「死霊使いジェイド…?あなたが……?」
ジェイドは表情一つ変えず、巨漢に一歩近づく。
「私も随分有名になったものですね」
ふ、と巨漢は恐ろしい笑みを浮かべた。
「戦乱のたびに骸を漁るお前の噂、世界に遍く轟いているぞ」
「貴方程ではありません。…神託の盾騎士団六神将『黒獅子ラルゴ殿』」
彼女が軍服のポケットにしまっていた右手を出すと、どこから取り出したか、一本の槍が。
「あっ…」
が、ルークの細い悲鳴に気付き、振り向くと、彼女は神託の盾の兵につかまり、首筋に剣を突き付けられていた。
「動けば、その娘の命はないぞ」
ティアが苦虫を噛み潰した顔で剣を収め、ジェイドも槍を消した。
ラルゴはふっ、とため息をつく。
「そんな娘のためにみすみす勝利を逃すとはな…」
ジェイドは軽く眼鏡の位置を直す。
「色々な事情が有りましてね…」
彼女は嘆息し、周囲に聞こえないくらい最小限の声で呟いた。
「炸裂する力よ…エナジーブラスト」
ばた、とルークを捕えていた兵士が倒れる。赤い血を、流しながら。
ルークは短い悲鳴を上げてティアに駆け寄る。
(こんなに、簡単に…人を殺す…なんて……っ!)
彼女の体が震えているのに気付き、ティアはそっと抱き寄せる。
ジェイドはそれを確認すると一歩、ラルゴに歩み寄った。
「これならば如何です?」
「ふ…そうでなければな。一度手合わせをしてみたいと思ってはいたが、今はイオン様を貰いうけるのが先」
「其れには応じられません」
ジェイドはラルゴに切りかかり、ラルゴも応戦する。金属のぶつかり合う音が響いて、二人の位置が逆転した。
「ふん、その細腕でよく受け流したな。さすがは死霊使いと言ったところか……」
「まだやる気ですか?貴方一人で私を殺せるとでも?」
「お前の譜術を封じれば…な」
男は呟き、小さな箱を懐から取り出した。そしてそれを、手首の返しだけで、ジェイドにはなった。
彼女は反射的に防ごうと身をひねったが、箱は彼女の上空で展開し、光を放った。
「あぁぁっ」
黒い光が、彼女を包んでいく。
ジェイドは苦しげに呻き、その場に跪いてしまった。
「まさか…封印術(アンチフォンスロット)!?」
ティアの驚いたような声に、ラルゴは頷く。
「そうだ。本来は導師の譜術を封じるために持ってきたものだが、こんなところで役に立つとはな…」
そう言うと、ラルゴは鎌を振りかざし、力なくその場に跪いているジェイドに襲いかかる。
ジェイドは瞬間的に槍をまたどこからか出現させ、受け止めたが、押されている。
封印術にかかるかからない以前に体格的に差がありすぎる。
「…予定…外……」
そう低く零し、ジェイドは叫んだ。
「ミュウ!第五音素を天井に!」
「は、はいですの!」
ミュウは咄嗟に炎を吐くと、それが天井の譜石に命中し、その瞬間多くの熱を吸収した譜石が強く輝いた。
「ぐあっ!」
ラルゴは背が高い分、それをまともに見てしまったのだろう、立ちくらんでしまった。ジェイドはその隙に抜け出し、彼の腹を
「刺……した…?」
ルークが呟くのと同時に、ラルゴは倒れ、腹部から大量の血が流れ出した。
「死んだ……?ひとが…ころ……」
ルークは、自分の後ろに転がっている死体と、ラルゴ、そしてそれらを殺したジェイドを順々に見る。
「どうして…」
「ルー…ク?」
ルークは半ばティアを突き飛ばすようにして押しのけるとジェイドにつかみかかった。
「どうして殺した!?何故だ!?なんでだよ!」
ジェイドは顔色一つ変えていない。
「殺すまでしなくたって…!」
「では貴女が死ねば良かったのですか?其処の兵士の代わりに」
「っ!」
冷たい瞳が眇められる。脳のシンが痛み、ルークは足が震えるのをこらえる。
「けど…うちは死にたくない……けど…けど…!」
「あちらが此方を殺して良くて、此方があちらを殺してはならないという事は道理が通りません」
とだけ言って、ジェイドはルークの手を払い踵を返した。
「アニス!」
「はい!」
反射的にアニスは背筋を伸ばした。ジェイドは彼女を見ずに言う。
「イオン様を。」
「了解です!落ち合う場所はあそこですね!」
ぺこ、と頭を下げてアニスは艦内を走って行く。そしてジェイドはそのままの向きで再び口を開いた。
「ルーク」
「……」
彼女は氷のように冷たい声で言った。
「人を殺すには、仕方の無い時も有るのですよ」
「しかたがない…」
(自分には、そうは思えない。どんな理由があったって殺しちゃいけない。…けど、うちは死にたくない。死にたくないけど…けど…死なせちゃいけない。
その人や周りの人が積み重ねてきた時間は、そう簡単に奪っていいものじゃない)
ルークがうなだれたのを見て、ティアはあえて強めの口調で言った。
「ぼくたち兵士は何かをするために、誰かを殺さなければならない。」
「……」
顔を上げると、彼の瞳には深い悲しみの色が見えた。


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