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性転換的アビス(笑)

すっかり暗くなった平野を、二人は街道をたどりながら歩いていた。
ティアの持っている音素灯の明かりと空の星と月。明かりはこの三つしかない。けれど、それで十分、明るかった。なぜだろうか。
こぼれてしまうのではないかと思うほどの満天の星空。自分は今こんな空に抱かれているのかと思うとどきどきした。
いや、むしろ溺れているみたいな感覚だ。なんにせよ、とても新鮮だ。
月だって、今は白っぽい色をしている。昨日見たやつは黄色だったのに。
面白いな。
「ルーク」
ティアが移動の脇に生えている大木の近くでボーッとしたまま通り過ぎようとしているルークに声をかけた。
「あ、ああ、なんだ?」
「もう夜も遅いからここで休もうって言ったんだ。…聞こえてなかったみたいだね」
呆れたように彼は言うと、音素灯の明かりを弱めて大木の根元に腰をおろした。
「だってよ、ほんと星がすげぇんだもん!」
子供みたいにはしゃぐ彼女に薄い笑いで返すと、手招きをした。
「はい、おにぎり。」と、彼は自分のカバンの中から小さなおにぎりを3つとりだした。「おなかがすいただろ?」
「にぎりめしか。」
言ってから、自分が空腹であることに気がついた。
「ああ、うん、食べるよ」
ティアの隣にあぐらでどっかりと座りこんで彼の手からおにぎりをうけとるとがぶり、とかぶりついた。
「うまいじゃん!」
「そう?ありがとう」
ふふ、と笑って彼は星空を見上げた。
(星がすごい、か)
ルークも同じように見上げた。
「うち、知らなかった。星空とかこんなに綺麗なんてさ。いっつも屋敷のせまい空しか見てなかったから」
「……」
この娘は、どのくらいの間あの屋敷でこんな当たり前みたいに広くて綺麗な空にあこがれてきたのだろうか。
自分があそこにいた時みたいにこの空に
「そういや、ティアっていくつだ?」
「えっ?」
急に聞かれて思わず目を丸くしてしまった。
「あ、うん。ぼくは16…だけど?」
「へーぇ、うちよりいっこ年下なんだな。大人っぽいからてっきり年上かと思ってた。あ、でもおまえ声ちょっと高いな」
「うん、」
(若干、それ、気にしてるんだけどなぁ)
苦笑いをして、視線をそらした。
そして2人はまた静かに空を見上げる。
いくつか間をおいてティアは口を開いた。
「そういえば、どうしてきみは屋敷に軟禁されているんだ?第七音素の素養があるからだけじゃなさそうだけど」
「ああ、それ?」
ルークは少し考えてからティアから少し目をそらして答えた。
「……マルクト帝国に誘拐されたからだよ」
「マルクトに?」
「ああ」彼女は頷く。「そん時のショックのせいで記憶なくしちまってさ……。そんで、また誘拐されないようにってことで屋敷に軟禁されてたんだと」
「そう……」
ここはマルクト領。本当にマルクトが彼女を誘拐したなら、この国に長い間いるのは危険……かも知れない。
ティアがふと視線を落とすとルークがあぐらをかいていたので慌てて目をそらした。
「ルーク……あぐら、やめたほうがいいかもよ?……その…スカート、だし……」
「ん?ああ、そう」
ルークはあぐらをやめて足を抱え込んだ。そして、小さくため息。
「はぁぁ…にしても、なんでうちは女に生まれてきたんだろうな」
「男がよかったの?」
「うん。そうだったらヴァン先生に稽古をつけてもらえたんだろうなぁ……。ガイとやりあうことも。」
「ヴァン…」
その名を聞いたとたん、ティアは少し、暗い顔をした。
「なぁ、ティアはなんで先生を殺そうとしたんだ?」
少し考えて、静かに彼は言う。
「…きみには関係ないことだよ。」
「なんだよ、それ……」
不服そうに口をとがらせるが、ティアは黙り込んでしまった。しばらくその横顔を睨んでいたが、無理そうだ。
ルークはあきらめて横になった。
「あーあ…じゃあうちもう寝るからな。」
「うん、…おやすみ」
ティアは、木にもたれかかって目を閉じる。
(ぼくがあの人を殺さなければならない理由…それを言ったって、彼女はけして納得しないだろう…。理解してくれるかな?ううん、だめだな。
あの人を殺したら、彼女は悲しむだろう、ぼくを憎むだろう。
けど、それでもぼくはやらなければならない。彼女は……関係ない)

翌日、二人はふたたび歩き始めた。
途中、何匹かの魔物と遭遇した。当然、ルークは戦えない。なので彼女をさがらせてティアは戦っていた。
彼女を、無事帰すんだ。これはぼくの責任なんだから。
そんな義務感だけではないが、彼は彼女に傷一つつけさせなかった。
ルークは、複雑な顔をしていた。
自分も、なにか力になれないものかと。
しかし、魔物に出くわす度、自分にできることは何もないと痛感させられた。
そう、無力だから。

夕方、風車のようなものが見えてきた。
「あそこがエンゲーブだよ。」
「へぇ……」
ただっ広い平野の中に広がる農村。

   食料の村 エンゲーブ


「やっと着いたのか……」
あたりはもうすっかり暗くなっていた。
木でできた貧相な門をくぐると、これまた貧相な家。そして、畑。あと…
「ありゃなんだ?」
「ああ、ブウサギだよ。」
「ぶうさぎ?」
耳の長い、丸々とした大きな動物。鼻は潰れている、というか、ぺったんこ。
「うん、食用に飼育されている家畜だよ」
「食用……ってことは食うのか!?」
うそだろっこんな動物を食うなんて……。
うう…なんか……気分が……
ぽこっ
「ん?」
「どうしたの、ルーク?」
「いや、今、なんか足にあったったような……」
ふ、と下を見ると、リンゴがひとつ……
「なんだ?」
ひょい、と拾い上げてまじまじと見る。赤くて綺麗だなぁ…
「うまそうだな」
「やめときなよ、いたんでるかも…」
「…誰も食べるなんていってないだろっ!」
「とりあえず、それどうしようか…?」
二人でリンゴを見ていると、ダダダダと、ものすごい足音が近づいてくる。
顔を上げると、すごい形相で農民たちがこっちに走って来る。手には、鍬。
「おい、あれじゃねぇか!?」
「おお、本当だ!リンゴを持ってやがる!」
「何?」
「何だ?」
二人が顔を見合わせていると農民たちは、ぐるり、と自分たちを取り囲んだ。
「さあ、観念しな!」
「な、なんだよ、おまえら……」
ルークはたじろぐ。
「さ、盗んだものを出してもらおうか!」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げる。盗んだもの?何のことだ?
「とぼけんな!その手に持ってるリンゴだ!」
「リンゴ……?」
たしかに、持っている。農民の男はルークの手を乱暴に押えてリンゴを取り上げようとした。
「待ってください!」ティアがそこに割り込む。「そのリンゴは、今拾ったものです!」
「嘘つくんじゃねぇ!落ちてるわけねぇだろうが!」
「もう少し冷静になってください。何の根拠もなしに人を疑うなんて…」
「根拠はそのリンゴだよ!」
そうだそうだ、と農民は口々に言う。そして、そのうちの一人が
「こいつら…もしかしたら漆黒の翼かもしれないぞ!」
というと、農民たちはざわめき始める。
「まさか、最近相次いでいる食糧盗難事件もこいつらが…?」
「ああ、かもしれねぇな…」
(雲行きが怪しくなってきたな……)
ティアは心の中で舌打ちをした。まずいな、ここで何を言っても頭に血が上ってるからこちらの言い分なんて聞かないだろう。
さて、どうするか…。軍に突き出す、なんて言ってるぞ。
「さ、来てもらおうか。」
「は、放せよっ!」
ルークは強引に男の手を振りほどいて男をキッと睨みつけた。
「さっきから勝手なことばかり言いやがって!リンゴを持ってるから犯人だぁ?盗人だぁ?挙句の果てには漆黒の翼だと!?ふざけんのもいい加減にしろよ!!」
(あ、キレた)
「こちとら食べ物に困るような生活なんざ送ってねぇからなぁ!!」
女の子とは思えないほど、力強い暴言。
しかし、男も黙っちゃいない。
「なんだと!?このっガキが!」
ぐいっと手を掴まれて引き寄せられる。思わずティアが柄に手をかけた、その時。
「あんたたち!何してんだい!!」
と、力強い女性の声。はっとして振り返ると、恰幅のいい中年女性と、少年が。
「ロ、ローズさん……」
男の声が上ずった様子からして、彼女はこの村の実力者なのだろうということがわかった。
「ローズさん!今、食糧泥棒を捕まえたとこなんだ!」
「食糧泥棒?」
ルークとティアを農民たちは乱暴に前へ押し出した。
「こいつらだよ!見慣れねぇ顔だし、何より盗まれたリンゴを持ってやがった!他の食い物も持ってるに違いねぇ!」
「なんだと!」
ルークは振り向いて男たちを睨む。
ローズはやれやれ、と言わんばかりの顔をして口を開いた。
「何言ってんだい。食糧泥棒はその子たちじゃないよ。」
「なんだって!?」
農民たちがざわめき始めると、ローズの隣にいた小柄な少年が前に出た。
一瞬、少女かと思った。萌え立つ緑の髪と同色の瞳。白めの肌。音叉を模した金のペンダント。白基準の淡い黄緑の入った法衣。手には先に音叉がついた錫杖。
穏やかそうな顔の少年だが、雰囲気がどこか違う気がした。
ティアは思わず声を漏らした。
「導師…」
「僕は、導師イオンです。」
導師イオン?どこかで聞いたことがあるような…。ルークは首をかしげた。
少年は農民たちの前に小さな毛の塊を差し出した。
「これは、聖獣チーグルの毛です。倉庫に落ちていました。考えにくいことですが、チーグルが食糧を盗んだのでしょう。」
農民たちは一瞬言葉を失った。
「け、けどよ導師様、毛が落ちてたからって…」
「それに、先ほどチーグルの仔共が逃げて行きました。おそらく、その仔共が落としたのでしょう。」
「うぅ……」
「ほら見ろ!やっぱ違うじゃねぇか!!」
ルークは勝ち誇ったように言った。
「さあ、あんたたち、この子たちに言うことがあるんじゃないかい?」
ローズに促され、男たちは深々と頭を下げる。
「わるかった」
「最近頭に血が上ってて…本当にすまねぇ…」
「見ず知らずのあんたたちを疑っちまって……」
ルークは鼻を鳴らす。まったく、頭に血が上って立って?いい迷惑だ。
「お嬢ちゃんも許してくれないかねぇ…」
ローズがやさしく言うと、ルークは立ち上がって男たちを眺める。
「もう、いいよっ」
これ以上謝られたって、気は収まらないし。
男たちは顔を上げると、本当にすまない、と言って去っていった。
「さて、と。あたしも仕事に戻るとするかね……。そうだ、さっきのお詫びに宿代はタダにするように言っておくから、ゆっくり休んで行っておくれ。」
「あ、はい、ありがとうございます…」
ティアが頭を下げると、気にしないでおくれ、と言い、ローズは導師を伴って歩いて行った。
その姿が見えなくなると、ティアは小さくつぶやいた。
「導師イオンがなぜここに……」
「導師イオン…」
復唱してみて、思いだした。
「ちょっと待て!導師イオンは行方不明だって聞いたぞ!だから先生、ダアトに帰っちまうって…」
「そうなの?けれど、誘拐された風ではなさそうだったけど…」
「うち、あいつに直接聞いてくる!」
後を追おうとするルークを引き留める。
「なんでだよ!?」
「今、きっとローズさんと大事なお話をされているかもしれない。」
「うう……」
「とりあえず、宿に行こう?ずっと野宿ばっかりだったから疲れてるだろう?」
「……ああ」
渋々ルークは頷いた。

「連れを見ませんでしたかぁ!?」
他の家よりはいくらか大きい建物に入った瞬間、そんな声が。
「わたしよりちょっと背の高いぼや〜っとした感じの男の子なんですけどぉ…」
見ると、癖のある黒髪をツインテールに結んだ少女が宿の受付の男にそう聞いていた。彼女の背中には、可愛いような不気味なようなよくわからないぬいぐるみがぶら下がっていて、彼女が動くたび上下に揺れている。
「い、いや…俺は少しの間ここを離れたから…」
男は困惑気味である。
「ふみぅ〜イオン様ったらどこ行っちゃったんだろう……」
「イオン?」
つい、ルークは反応する。
「導師イオンのことか?」
「えっ?」
たたた、と少女がマントとぬいぐるみを揺らしながら駆け寄ってくる。
「イオン様を知ってるんですかぁ?」
きょろっと上目づかいで見上げてくる。思わずルークがたじろぐと、ティアが彼女に少しかがみこんで優しく言った。
「導師イオンなら先ほどローズ夫人と一緒にいらっしゃいましたよ。」
「ホントですか!?ありがとうございますぅ!」
顔を輝かせて、一礼。それから走り出す。
「ちょ、ちょっとあんた!」
宿屋のドアに手をかけた瞬間ルークが言う。
「どうして導師イオンがここにいるんだ?行方不明って聞いたけど……」
「はぅあ!?」と少女は大げさに驚く。「そんな噂になってるんですか!?イオン様に知らせなくっちゃ!」
今度こそ猛ダッシュで去って行く。ルークの声も、届かなかった。
「くそ、理由が聞けなかった…」
「まぁ、大丈夫だよ。彼女は見たところ導師守護役(フォンマスターガーディアン)みたいだし…」
「ふぉんますたーがーでぃあん?」
「約30名の女性教団兵だけで構成されている導師の親衛隊だよ。」
「へぇ……」
「だから、彼女がいるということはローレライ教団公認の旅なんだろう」
だったら、行方不明ってのは一体何だったんだ。誤報だったらマジムカつくぞ!
なんだか納得行かない気がして心の中で舌打ちした。

たいして広くない二人部屋に通されると、ルークはどっかりとベッドに腰かけた。
「あーあ…疲れた……」
「うん、お疲れ様。」
ティアはドアを閉めると、隣のベッドに腰をおろした。
「今日は大変だったね」
「本当にな!泥棒扱いされるなんてよ…」
その事を思い出したらだんだん腹が立ってきた。
「なあ、チーグルって知ってるか?聖獣って呼ばれてたけど…」
「ああ、うん。ローレライ教団で聖獣と崇められているんだ。たしか、ここから北の森に生息しているらしいけど……それがどうしたの?」
「明日になったら、その森に行く」
「えっ!?」
思わず目が点になる。ああ、この子は一体何を言い出すんだろう……。
「ちょ、ちょっと待って!森に行くって…何で?」
「決まってんだろ!チーグルってやつを捕まえてこの村のやつらに突き出してやるんだ!」
「突き出すって……」
そんなことをして、一体何になるって言うんだ……。

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