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性転換的アビス(笑)

「……ク…ル…ク………起きて…」
誰かが、うちの名前を呼んでいる。誰だろう、いつものあの声だろうか。…いや、ちがう、もっと…優しい
「起きて、ルーク…」
目を開けるとまず飛び込んできたのは深い深いサファイアブルーだった。せん、せい…?
「よかった、気付いたんだね……」
違った、サファイアブルーはよく似ているけれど、ずっと若い。おそらく自分と同い年だと思われる少年だった。
左側だけの青い眼を細めて安心したように笑った。その笑顔につい、引き込まれかけた。
「きみは…」
彼は長いマロンペーストの髪をふわ、と耳にかけて優しく笑った。少女みたいな笑い方だった。
この人はだれだっただろう。思い出そうとすると頭を働かせると、屋敷の庭での事が一気に頭の中によみがえってきた。
そうだ、こいつは―――!
「おまえっ!先生を……!」
振り上げようとしたらズキンと左腕が痛み、反射的に腕を押えた。
「っ…!」
「怪我してるのか…ゴメン、ちょっと見せて…」
「ぎゃぁっ!」
ルークは思わず飛びのいた。少年の顔があまりにも近かったから。
彼はきょとんとして彼女を見ていた。
「…どうしたの?」
「べ、別にっ。…そ、それよりもおまえ、先生を襲っただろっ!?」
ああ、そのことか、と彼は白けたような顔をしてため息をついた。
「そうだよ。ぼくはヴァンを襲った。」
「なんでだよ!?」
「それは、話せないな。」
彼はあの優しかった笑顔がウソみたいに無表情になっていた。
これは何を言っても話してくれそうもない。ルークはとりあえず諦めて、気付いたように周りを見渡した。
あたりは暗く、空には巨大な金の月と大量の星たち。そして自分たちを囲んでいるのは白い花々。屋敷では見たことはない。
まるで自分は絵画の中へ迷い込んでしまったかのように幻想的な風景だった。
それについ見とれていたが少年が立ち上がったので我に帰った。
「さて、と…」
思わずルークは身構えた。こいつは先生を襲ったんだ。なにをするか分からない。
「そんなに構えなくていいよ。…といっても無理か…」
小さく零して、彼はルークに向きなおった。
「まだ名乗ってなかったね。ぼくはティア。」
「ティア…?」
「うん、そう」
頷いた時、ひゅうと風が吹いて彼の髪を揺らして隠れていた右側のサファイアブルーが月明かりに輝いた。
「きみも第七音譜術士だったんだね。うかつだった…。だからあの屋敷に軟禁されていたのか…」
「セブンス…フォニマー…?」
うちが?というと彼は頷いた。
「ああ、きみと切り結んだ時に気付いたんだ。あのときぼくらの第七音素が互いに干渉しあって超振動が起きてしまって、ここへ飛ばされてしまったんだ」
すごい衝撃だったからプラネットストームに巻き込まれたかと思った、と彼は言い顔を上げるとルークが難しい顔をしていた。
「…理解、できた?」
「まぁ…一応は……」
「なら、いいよ。」
と、その時ティアは体を硬くした。どうしたのかとルークが聞こうとすると背中で彼女をかばうように前へ出た。
「少しさがって…」
「何で?」
「魔物だ」
「魔物?」
魔物って…何?と聞く前にティアは剣を抜いて背の高い草むらを睨んでいた。するとそこから猪のようなのと巨大な花のようなものが飛び出してきた。
「うっ…」
なんだ、こいつら!?
ルークがそう思うのより早くティアは切り込んでいた。初めの斬撃を花のほうに打ち込んでいた。花は真中から真二つに分かれて光になって消えていった。
猪は、ティアの背後から突っ込んできた。彼はよけたが左腕にそれの牙が掠ったが怯まず首に叩き込んだ。猪も花と同様、光となって消えた。
ルークは慌ててティアに駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「うん。まぁね。」
左腕に彼は右手を添えた。
「癒しの力よ…ファーストエイド」
と彼が唱えると光とともに、傷が治った…ようだ。
「さ、きみも手を痛めているんだろう?」
ルークの手をとって同じように唱えると、痛みがすっとひいて行った。
「これ、何?」
「ファーストエイドっていう初級回復譜術だよ。きみも第七音譜術士だから練習すれば使えるようになるはずだ。」
「ふ、ふぅん…」
「あ、ついでにさっきの魔物だけど、猪のほうがサイノッサス、花のほうがマンドロテンだよ。覚える必要はあんまりないけどね」
軽く笑ってティアは腕組みをした。
「それじゃあ移動しよう。とりあえず町か村までいかないと…」
「できるのか、そんなこと?ここが…どこかも分からないのに?」
ルークが不安げにあたりを見回すと彼は顔をあげた。
「大丈夫だよ、ほら」
と、彼は谷の間から見える大きな水たまりを指差した。どこまでも続いている巨大な水たまりを。
「海が見えるだろ?」
「あれが…海……」
本で読んだことがある。この星を覆っている大きくて深い水たまり。とても塩辛くて、なのに大小さまざまな魚やよく分からない生物もたくさん暮らしているらしい。
「耳を澄ませて、水の流れる音がするだろう?きっと近くに川がある」
「川…」
川は海にそそいでいるらしい。あれだけ巨大な水たまりを作ることができるのだ。きっとかなり大きいのだろう。
「その川をたどって海へ出る。そして海沿いに歩けばきっと街もあるから。…まぁ、この渓谷をぬけたところに街道があればそれをたどっていけばいいし」
「へぇ」
ティアはそっとルークの手を引いた。
「戦えないきみにはキツイかもしれない。けど、なるべくぼくが守るから。そして、きみをぼくが責任もって屋敷まで送り届けます。だから…」
どこか、先生に似た笑みを浮かべて続けた。
「それまででいいから、信じてほしい。」
ドキンと胸が大きく脈打った。
「あ…」
力強いような、けれど、壊れてしまいそうな微笑みにどう答えたらいいか分からなかった。けれど、
今は彼の言葉に返事をした。
「ああ。信じる…」
よかった、と言って彼はルークの手を強く握った。
「さぁ、行こう。」
ルークは頷いて、ティアに従った。何故だかわからないけれど、信じられる、そんな気がしたから…。

「見て」
泥に汚れたブーツに気を取られながらもルークは顔をあげた。
「出口だ」
広い星空が見えてきた。
すると、渓谷のほうへ人が入ってくるのが見えた。中年の男…のようだ。
男はルークたちに気付くと、裏返りかけた声で叫んだ。
「あっあんたたち、漆黒の翼かいっ!?」
「漆黒の翼?」
「なんだ、それ?」
「このあたりをあらしまわっている盗賊団だよ!」
そこまで言って男はふと思い出したように一度口を閉じて、再び開いた。
「って、そういえば漆黒の翼は男女3人組って噂だから、あんたたちのわけないか…」
「うちをケチくさい盗賊と一緒にするなっ!」
腹立たしかった。そんなものと一緒にされるなんて。
「そういえば、あなたは?」
ティアがきくと、男は谷の出口のほうを見た。
「俺は辻馬車の御者だよ。馬車が倒れて飲み水がなくなっちまったから汲みに来たのさ。」
「辻馬車!?」
ルークがぱあっと顔を輝かせた。
「ティア!乗せてもらおうぜ!」
「そうだね。…馬車は首都までいきますか?」
「ああ、終点は首都だよ」
男が頷くとルークはますます飛び上がった。帰れる!
「いくらですか?」
「そうだねぇ…一人当たり1万2千ガルドだが…」
高い…とティアがこぼす。
「そうかぁ?安いじゃん!首都に着いたら親父が払うよ!」
すると、男は首を横に振った。
「だめだ。あんたたちを疑っているわけじゃないが、もしものためにな。」
「えぇー!?」
ルークが落胆しているとティアは
「…これを」
と、法衣の内側から月明かりに輝く大きな宝石のはめこまれたペンダントを取り出して男に渡した。男はそれを受け取るとしばらくそれを吟味するように見ていたが、やがて感嘆の声をあげた。
「こいつは…けっこうな宝石だな…よし、いいだろう。とりあえず俺は水を汲んでくるからそれまで乗って待っててくれ」
と、男は渓谷に消えていった。ルークはティアの背中をたたいた。
「サンキュっ!おまえいいモン持ってんじゃん!」
「…うん」
彼女が辻馬車に乗り込むのを見ながら、彼は小さく呟いた。
「ごめんね、母さん…」

辻馬車の外見は安っぽそうだったが中は案外快適だった。ソファはふかふかで…ルークはつい、ティアにもたれかかって寝てしまった。
ティアは彼女が少々ガサツとはいえ女の子だということを意識して、自然と顔が赤くなった。
(寝顔は…女の子だなぁ…)
肌は案外白っぽくて、桃色で、まつ毛は長くて、柔らかくて…
(かわいい…かも…)
思って、ティアは首を振った。
(ぼくは…っ…ちがう!いまのは……)
頭の中で必死に言い訳しつつ、とりあえずそのことは頭から締め出すことにした。
そして、自分も寝て少しでも疲労を回復しようと静かに目を閉じた。


ドォン、というものすごい爆音でルークは目を覚ました。が、目を開けた瞬間いきなり光が目に飛び込んできたため目がチカチカと痛んだ。
「何だっ…!?」
「ようやくお目覚めみたいだね」
すぐ隣の少年の声に振り返ると、マロンペーストの髪と、若干鋭いサファイアブルーの瞳が目に入った。そうだ、うちはこいつと…
再び爆音がして馬車が強く揺れた。ルークは窓にかじりついて外を見ると、その爆音と振動の原因がわかった。
なんと一台の辻馬車が砲撃されている。爆音とともに土が舞い、煙が立ち、何か大きな生き物でも通ったような穴があいていく。
「おいっ、あの辻馬車砲撃されてる!」
「軍が盗賊を追っているんだ!ほら、あんたたちと間違えた漆黒の翼だよ!」
なるほど、たしかに追われている辻馬車には大きな黒い鳥が翼を広げているのが描かれている。
と、後方から大音量の音が響き渡った。
『そこの辻馬車、道を開けなさい!巻き込まれますよ!』
ルークは音の方向を見て息をのんだ。それはもしかしたらバチカルの自分の屋敷よりも大きいかもしれない白く光に輝く城が走っているからだ。いや、正確には城ではない。巨大な帆をはり、冷たく光るフォルムに金色の装飾の…軍艦であった。
それは彼女らが乗っている辻馬車のスレスレを走って行った。そのため、振動でルークはティアに倒れ掛かってしまった。

彼女は、画面に映し出されている後方の辻馬車を見ながら少し眼鏡を直した。
やがて師団長と呼ぶのに気づき、今自分たちが追っている辻馬車の映像に戻した。
「どうかしましたか?」
「はっ、敵が何かをローテルロー橋の上に落としています。」
元に戻した映像を紅い双眸を眇めて覗き込むと、たしかに何かを落としている。樽、のようなものだ。盗んだものを捨てているわけではないだろう。ならば、きっと
「どうやら、爆薬のようです。敵は橋を落として逃げ切るつもりでしょう」
部下は慌てずフォンスロット起動確認、と叫んだ。
「敵は、第五音素による譜術を発動させました!」
やはりな。第五音素は火属性だ。彼女は間髪入れずに命じた。
「タルタロス停止せよ!譜術障壁起動!」
「タルタロス停止!」
次々と命令が復唱されていく。
「譜術障壁発動!!」
やがてタルタロスの前方を透明な障壁が覆い、それとほぼ同時にローテルロー橋が轟音を立てて崩れ落ちた。

「すげぇ――!はっくりょくぅ〜!!」
ルークが身を乗り出しているのをティアは引き戻した。…短いスカートが目につくし…。
「驚いた!」御者は興奮を抑えきれないような声で言った。「見たかい!?あれはマルクト軍の最新型陸上装甲艦タルタロスだよ!俺も一度遠くから拝ませてもらったけどね、こんな近くで見られるなんて思ってもなかった!!」
「「えっ!?」」
二人はつい同時に「マルクト軍――!?」と叫んでしまった。
「なんでマルクト軍がこのあたりをうろついてんだ!?」
「そりゃぁ当り前さ。なにしろキムラスカの奴らが戦争を仕掛けてくるって噂が絶えないから、このあたりは警備が厳重になってるからさ」
キムラスカがしかけてくるだと?まさか…
「ちょっと待ってください。」
ティアがわずかに顔を青くして静かに聞いた。
「今、この馬車はどこを走っているんですか…?」
「どこって…西ルグニカ平野だが?」
「西ルグニカ……」
「それって、どこだ?」
ルークが首をかしげるとティアはうつむきがちに言った。
「西ルグニカ平野はマルクトの西岸に広がる平野のことだよ…ここは、マルクト領なんだ」
マルクト帝国って、自分を誘拐したり、昔戦争やってて今は休戦してるっていうあの――?
「こっこの馬車はキムラスカ王国の首都バチカルに向かってるんじゃないのか!?」
「何言ってんだい。この馬車は偉大なるピオニー九世陛下がおわす首都グランコクマに向かっているに決まっているだろう?」
それを聞いてティアは低く舌打ちをした。
「間違えた…」
「なんでまちがえるんだよ!?」
「ぼくは土地勘がないんだ……」
「でも、どうすんだよ!マルクトって!!」
「なんか変だな…」二人の様子に違和感を覚えた御者が怪しむような声をだした。「あんたたち、まさかキムラスカ人なのかい?」
まるでそうなら敵、と言わんばかりの口調だ。ティアは慌てて首を振る。
「い、いえ違います!ぼくたちはマルクト人で、訳あってキムラスカへ向かう途中だったんです」
(しゃあしゃあと)
ルークは心の中でつぶやいた。よくとっさに言えるもんだ。すると御者は信じたようで安心したような声でそれじゃあ逆だったな、と言った。
「キムラスカに向かうならローテルロー橋を渡らずにケセドニアへ行くべきだったな」
「は、はぁ…」
「ティア…」
彼女は不安げに彼を見上げた。
「どうすんだ?」
ティアがしばらく考えていると御者が言った。
「この先にエンゲーブっていう村があるんだが…俺はその村を経由してグランコクマへ向かうんだが、あんたたちはどうする?」
「グランコクマまでは…さすがに遠いな…」
ティアはしばらく考えたあとルークを見た。
「どうする?エンゲーブでキムラスカへ行く方法を考える?」
「そう…だな」
よくわからないけれど、そうしようと思う。ほんとに、よくわかんないけど。
「じゃあ、俺はこれからエンゲーブに行くが、どうする?一緒に連れて行ってやるが…」
ルークはしばらく考えたあと御者に聞いた。
「なぁ、そのエンゲーブってとこ、歩くとどれくらいかかるんだ?」
「歩いて行くってのかい!?」
「ルーク?」
驚く二人をよそにルークは、実はワクワクしていた。自分を誘拐して、記憶を奪った敵国。なのにそこにいることにすごくドキドキしていたから。
「ああ、観光がてらにさ。いいだろ、ティア?」
「う、うん…ルークがそう思うならぼくはかまわない…けど…」
意外だった、この子がそんなことを言うなんて。
「あっはっは!」と御者が笑った。「こりゃたまげたお嬢ちゃんだ!そうだなぁ…こっからだと、3日くらいかかるな」
「そっか、じゃあ、ここで降ろして」
「ああ。」
御者は馬車をひいている紐を引いた。
馬車が止まり、ルークとティアが降りる御者は言った。
「こっから道なりに東に行くとつくからな。じゃあ、気をつけて行けよ!」
「ありがとうございました」
ティアが頭をさげると御者は笑って遠くまで東の道をたどっていった。
ルークが見上げると、遮るものの何もない空が広がっていた。遠くで光る譜石、白く伸びていたり、ちぎれたりしている雲、まぶしすぎる太陽。どれも、屋敷で見ていたものとはまるで違って見えた。
本当に輝いて見えた。これが、外の世界。ずっと憧れていた外の世界。
「ルーク、本当によかったの?もしかしたら君が思っている以上にずっとたいへんだと思うけど…」
「いいんだ、うちが、外を歩きたかっただけだ」
こんな、なんにもない平野を見たことがあるだろうか。いや、絶対にない。こんな無限に続くかのような緑も、ところどころ見える濃い緑の塊も、そこらを走り回っている生き物だって、あんなところにいたら、見ることなんて絶対に、できない。
いま、自分はこんな緑の上に立っている、そのことが信じられていない。夢…なんかじゃ、絶対にない。
「ティア、行こうぜ!」
「あ、うん…」
どんなことだって、おきても、平気。今は、そう思えた。
そう、今は。

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