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●§侵略基地§●
追憶の曹長6
取り上げた准尉の腕からは微かな脈の鼓動が窺える。


(まだ・・・生きてる――――)


プルルは急ぎ医療具を転送して
その重い腕へと注射器を射し込んだ。


小さく針が震えている。


未だ強い殺気が消えない一帯を
沈黙が支配する。

背中越しに注がれるガルルの視線に
ジリジリと焼かれるように背中が痛んだ。

応急処置を終えプルルは目を閉じて
ゆっくりとした動作で再び医療具を倉庫へと転送した。



背後に立つガルルは

何も言っては来ない。


沈黙は更に恐怖をあおると共に
プルルの気持ちを締め付けた。


あと数秒遅れていれば准尉は死んでいたのだ。

駆け寄らずにはいられなかった。


明らかに冷静を欠いたガルルの行為を
プルルは無視する事ができなかった。


意を決し、振り返って見上げれば
氷のような猛虎の瞳がプルルをジッと見据えていて。

その冷たさと空気に押し潰されてしまいそうで
プルルは自分から口火を切った。



「・・・なぜ・・・こんな事をしたのですか・・・ガルル中尉」


怯えを含んだままガルルを睨みつける

その声は今にも泣き出しそうな程弱々しいものだった。

握り絞めた掌からはにじみ出す汗が指の間に膜を張り

プルルは震えを抑えるように全身に力を込めた。


細まるガルルの瞳は
それこそが刃<ヤイバ>であるかの如く
プルルの肌をその視線で刺してくる。





「――――――・・・何故・・・ですと?」



漸く開いたガルルの口は


静かに笑みの型に変わる。



「・・ッッ!!!」




初めて感じる自分に向けられた強い殺意に

上げそうになった悲鳴をプルルは何とか押し殺した。



ガルルを見た時点で解っていたはずだった。

いや。この男が自分の名を呼んだ時点で逃げるべきだったのだ。


・・ガルルはプルルにこう言った



『プルル看護長―――』と。


プルルの昇進はまだ発表がされていない。

一介の従軍看護婦であったプルルは
今まで上位の軍人と関わる事などはほとんどなかったのだ。

あの事件に関係した人間のデータも
全ては最高に近い機密として守られていたはずだった。

ガルルがプルルの事を知っていると言う事。


―――その理由は
ボロ雑巾のように床に転がる現実を見れば嫌おう無しに見えてくる。




ドンッ ドンッ ドンッ

ガルルの一言で崩れたプルルの冷静は
異常なまでの鼓動で内側から胸を殴りつけてくる。




怖かった。


それでも


言わなければならなかった。



「・・ガルル中尉・・もう一度聞きます。
これは一体どう言う事なのでしょうか。

場合によってはあなたも軍法会議にかけられる事になるのですよ。」




堅いガルルの表情は動かない。


「何故こんな事をしたのですか」


ガルルは気付いているだろうか。

プルルが答えを求めている訳ではない事に。


ふいに。


ガルルから更に強い威圧感が衝撃を伴って吹き出して来る。



「――――ッッ!!!」


「あなたもあの計画に選ばれていたのなら
私がクルルの世話役をしていた事位はご存知ではないのか」


「・・・・・・・・。」


すくみ上がった筋肉が喉を締め付けて声が出せない。





「プルル看護長。
私は酷く遺憾しているのですよ。」


その視線に。

切り裂かれる。



「ケロン軍がベーダ人の侵入を許した事は元より

主力軍人の出払った状態でクルルを失う事は
軍にとっても大きな損失であったにも関わらず
上層部はそれを簡単に無力化し手放そうとした。

それはすなわちケロン軍における全兵の命を危険に晒すのと同じ事なのです。」


肌に刻まれるのは。


ガルルの怒りだ。



恐らくはこの威圧感こそが

前線に立ち
目の前に死を置く戦士の持つ気迫と言うものなのだろう。



「我々は一つの人格であり
一個のコマではない。

みだりに兵を無駄死にさせる事は
国家という要塞から土台を抜き取るのに等しい行為なのです。

我々は繋がった一つの種族。

大事な人材を失えば国の全てが崩れ落ちて行く。

看護長。私の言う事が解りますか」


プルルは動けなかった。
ただ。

ガルルを睨みつけていた。



(――解るからこそ。)


(貴方にも私にも腹が立つ。)


鬼気迫るガルルの言葉に絶えずプルルの体からは汗が滑り落ちて。


ガルルの怒りが強い程
切なさは増して行った。






―――今まで


中尉がこんなに感情を露にする事などはあったのだろうか。


人望高く誇り高きスナイパーの姿は
以前から度々医務室で見掛けていた。

彼は軍内でも屈指の冷静で有能な策士で

誰よりも前に出て仲間を守り抜く勇士だと
真しやかに囁かれていたのだ。
共に戦いたいと望むものは数えきれぬ程いた。


その彼が今抑えが効かない程に激昂している

それも自分の為ではなく
クルルの痛みを想うからだ。




威圧よりも殺意よりも
ガルルの想いが強く伝わり過ぎて

潰されてしまいそうになる。



「・・・言う事はわかります。

でもそれと准尉を傷つけた事とはまた別の問題なのではないのですか。」


准尉達の会話は最初から聞いていた。



しかし犯した行為には責任がかせられるものなのだ

それが間違いでも

例え正しくても。

だから言わずにはいられなかった




「・・・フム

その通りですな。
関係はありません。

准尉との事は個人的な軋轢でした。
少し頭に血が上っていたようです。」


この男はなぜ何事でもないかのように。
そんな事を言ってのけるのか。


「処分は受けましょう。

何とでも上に報告して下さい。看護長。」


腹が立つ。

なんて堅物で
なんて無器用な男なのかと。


「嘘をつかないで下さいガルル中尉」


何が個人的な軋轢なのか。


「もう一度言います。

どうしてこんな事をしたんですか・・!」


無意識に語気が荒くなる。


「あなたならばもっと上手く納める事が出来た筈です。

・・・自分は処分など受けずに
関係者を断罪する事など容易くできた筈なのに・・」



私は一体何を言っているんだろうか。


「あなたならそれが出来たはずなのに!!」



―――これは八つ当たりだ―――

無力な自分に対するやり所のない怒りを
ただ中尉にぶつけているだけ。


叫びと一緒にこぼれ落ちた涙が
雨のように床を濡らして



「うぅッ―――・・」

ガルルは眉を潜めてプルルを見つめていた。


「あなたが責任を追求される必要はありません・・・。

・・・准尉の記憶は先程の薬で消しました・・・。」


「・・・・・・?」


ガルルは准尉に目を落とすと
いよいよ訳が解らないという顔でプルルに向き直る。



「・・・この指令を受けた時

頭に友達の顔が浮かんだんです・・・。」



思い出したのは

ドジでマヌケで失敗ばかりの
優し過ぎる緑のF級軍人。


「もしも今回の指令の相手がケロロ君だったとしても・・・

私は逃がしてあげられたかも解らないのに・・・。」



「・・・ケロロ軍曹・・・?」


プルルの口から漏れたのは
ガルルの知った名前だった。


(ギロロの友達のケロロ軍曹か・・・?)


思い出す緑のケロン人は
とても器用とは言えない軍人で

しかしその義理堅さにガルルは一目を置いている所があった。



「貴方は・・・

大切な人すら救う力もない私とは違うんですよ・・」


ガルルの中に
幼年時代のケロロ達の姿が蘇って来る。

ケロロとギロロ。

そしてゼロロともう一人

度々見掛けたケロン人の少女の色は


――ピンクだった。



「あなた程の人がなぜもっとずるく生きられないんですか・・!」


(そうか・・・)



プルルは軍の医療を取り仕切る看護長とは思えない程に取り乱して

その姿はまるで子供のようだ。



「私だってこんな事の為にずっと学んで来た訳ではないのに

手放したくて失った者達なんて唯の一人もいないのに

誰かが道具として犠牲にされるなんて許せる訳がないのに

私はこの軍に―――


「もういい」


そこまで言ってガルルの手は。
プルルの口を塞いだ。


「・・・あなたはギロロ達と同窓でしたな・・・」


ガルルの手にプルルの涙が伝って行く。


「・・・その尻尾は・・・

飾りではないらしい・・・」


ゆっくりと

ガルルの手と表情が緩んで行く。


殺気はもう消えていた。



「・・・私は・・・

悔しいんです。中尉・・・。


なぜ懸命に生きる者達から・・・。
堕とされていかねばならないのでしょうか・・・。」


離れる手の隙間から
こぼれ出す余韻。



「そう思った所で・・・
私はその軍に逆らう力すら持ちあわせてはいないんです・・・。」


「私にもそんな力はありませんよ。」


ガルルの目は優しかった。












去り行くガルルの背中に
プルルが声をかける。


「ガルル中尉」



ガルルは
首だけで振り返る。



「私をあなたの小隊に入れて頂けませんか・・・。」



前例のないスピード昇進を果たした少佐として
クルルの世話役についていたガルルは

その任が解かれた以上一中尉の役に戻る事になる。

恐らくは新しく小隊を組み
前線へと飛ぶ事になるだろうと思っていた。


「あなたの側なら・・・

私は変われるような気がするんです・・・」


「変わる事が良い事とは限りません。」


ガルルの言葉はそっけないものだった。


「逆らう事に失敗した者は
ただの肉片にしかなれないのですから。」





「・・・私達は・・・

長い時を生きる事で博愛を失うのでしょうか。」






うなだれるプルルに
ガルルの背中が静かに呟く。



「ケロンにも。

まだあなたのような事を言える者がいたのですな。」


プルルは下を向いたまま
返事を返した。


「―――今だから言えるんです・・・。」




今だから




言いたいんです。





(あなただから―――)




「全ての者達が

誰かにとって必要で唯一で。




それが守られる世界に住みたかった―――」



一人では

辿り着く事ができなくて。





「――あなたとなら

そこに近付けるのではないかと

そう思っていたんです。」


消え去りそうな程小さな声が
ガルルに届いたかは解らない。



「・・・・・私の小隊に看護長・・・・・ですか・・・。」


ガルルはチラリとうつ向くプルルを見やって



「考えておきましょう。」




再び歩を進めると

廊下の奥へと消えて行った。













 ――――――――――――――――




理想




キレイな世界。



いつまでもそこにいられれば幸せだけど



いつか希望は塗り潰されて行く。

全ての者達に襲いかかる現実に・・・。







暗闇の中で


それでもまだ残る光を手放す事をしないなら。





また闇を塗り変える事はきっとできるはずだから――――








―――そこで。




回想は終わった。

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あきゅろす。
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