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●§侵略基地§●
WISH-3★



緩い曲線を描くガラス細工は
まるでシャボン玉のように繊細な光を照り返して
虹彩を放つ。

細い筋の下はプクリと膨らんで
あたかも頬を流れる涙のようで。


「ペコポンではまだ脆いガラスが主流なんだがよぉ。
こいつは中々したたかな奴でなぁ。」


「…涙の雫……。…ティアドロップ…
ずいぶん安直な名前ですな。」


クルルの声に
ガルルは独り言のように呟いて
訝しげに眉を潜める。

ケロン星の常識では
ガラスは鉄よりも強くアルミより軽いものと相場が決まっている。

しかし文明の幼いこの星では
未だ酷く脆いガラスがそこここに溢れているのだと言う話は風の噂で聞いた事があった。

クルルの手の中のガラスは
その危ゆさゆえにかガルルが今まで目にしてきた同じ名の物よりも
何倍も繊細で独特な光を放ち美しく閃いていて。

しかしそれとキルルの鍵とに
何の接点があると言うのだろうか。

ガルルはそう思うと重だるげに椅子にもたれるクルルを眺めながら
静かに言葉の続きを待った。

この男が自分に投げる言葉には
いつも必ずその奥に座る意味と
長い前置きがあることを知っていたからだ。


「こんな空洞の薄っぺらいガラスでも
この形ってだけでそれなりの強度を持ってんだ。

アンタも知ってるよなぁ?アーチ形状が衝撃を吸収するって事はよぉ。」


ガルルが無言でうなづくと。
クルルは指でつまんだティアドロップを
手に握りしめる形に持ち替えて

勢いをつけて振り上げると
その儚げな涙の粒を
暗い金属質の机に
力いっぱい振り下ろし打ち付けた。

高い音がラボの中を走り
少しの反響の後で
空間はまたラボをうめるマシンの低い呻きだけに満たされる。

机に寄り掛かった姿勢のまま
黄色い掌を開き
何一つ変わらないティアドロップをガルルに見せると
クルルは肩をすくめ
再び涙の筋をつまんで、プラプラと振り回した。


「こんな原始的で単純なもんでも
使いようによっちゃ意外と強力な力を持つわけだ」


言って細長いガラス細工をつまんだまま
机に寝かせるように置き。
あいた手でボリボリと黄色い頬を掻いて。

回りくどいクルルの行動にも
穏やかな視線でその先の説明を促すガルルに
クルルは目だけをチラリと投げて
また視線をガラスの涙へと戻した。


「だがなぁ」


クルルは机に放っていた小さなニッパーに手を伸ばすと
涙の粒と筋の境界を挟み込み。






パシュッッ







手に加えたほんの小さな力で
一瞬にして涙の粒だけを粉々に破裂させた。



「良くできた物ほど
バランスが崩れれば簡単に破錠するもんだ。」



クルルの手に残るのは涙の筋だった
ただのガラス棒だけ。

二つに分かれたガラス細工は
別々の形になって
すでに元の形は窺えない。




「――――つまり」





欠片すら残さず粉になった涙の粒に
クルルは人差し指を埋めるように押し当て







「ミルルはこうなった。」









感情を隠した無機質な声で
クルルはそう言って。

ガルルはその言葉に目を細めると
ユルユルと首を横に振り
宇宙間通信のモニターから目を逸らして
深いため息を吐いた。



「……なぜそう思う…。」


メインモニターに映るガルルの姿から
クルルもかたわらのノートパソコンに目を移して。


「奴らは人である前に道具だった。」


クルルは右手につまんだガラス細工を背後に放り投げ

スタンバイを解いたノートパソコンのキーを
高速で叩き出す。


「俺たちケロン人ですら伝説になるほど長くは生きられねぇ。

古代に創られた奴らは現代にその姿を復元するために
何らかの縛りによって生物本来の形を許されてはいなかったはずなんだよ。」


ノートパソコンから出された指示で
クルルの周りには小さなウィンドウが次々と浮かび上がる。



「それをあいつらは無理矢理ぶっちぎった。
ミルルの体は、粒子レベルにまで崩壊した筈だぜぇ。

最後に出てきたあの女の体は
実体の無い残像だけだったからなぁ。」


クルルの横に浮かんだウィンドウの一つに
最後のミルルの姿が映し出され

その姿はクルルの言葉の通り背後の景色を透かしいて
時折、陽炎のように揺らいでいた。

ガルルは知らず腕を組み
口を指で覆い、眉を寄せて。


「…原因が何なのか…。
君は知っているんじゃないのか…?」


目を上げクルルを伺うような眼差しを投げるガルルに。


「そう急かすなよ。おっさん。」


ノートパソコンの光を黄色い顔に映し出し
クルルは憎まれ口を叩く。

そしてしばらくの沈黙の後
クルルの背後にガルルに向けて透き通るブルーのウィンドウが数個浮かび上がり
いくつもの図形が展開した。

そこには。
音波グラフとそれによって導き出された音声の内容が
ケロン文字で大量に書き出されていて

ガルルは再び目を細めると
クルルの説明を待った。


「あの時俺様のマシンが拾った音波を解析したら
女の声が出てきてなぁ。

そこからノイズを抜いたデータだ。
恐らくは奴らの最後の会話だろうな。」


クルルの操作で
スピーカーからは若い少女の声が流れ出し
ラボの中にリンと響き渡る。












『―――王よ。』





鈴のように高く響く






『―――王よ。』






切なげで。
しかし優しい普通の、少女の声音だった。




クルルの言う「奴ら」とは

鍵の少女とキルルの事だろうか。

ならばこの声は
他の者達が口にしていたミルルと言う名の
鍵の少女のものなのだろう。

クルルの口は
閉ざされたまま。

詳しい事を語ろうとする気配は見えない。





『あなたは望みましたね』




その呼びかけに応える声は無いが

少女は一人
言葉を紡いで行く。





『この先を生きる事を』




気のせいか。
少し声音が堅くなって。





『道具としての私達には
意思はないはずだった』




しかしそれはすぐに緩まり。

また

柔らかい声が語り出して。





『それでも…

あなたは望んだ。』




テレパシーでもあるのだろうか。

キルルの声はまったく聞こえない。









『だから。』














「―――?」








いつの間にか

音声は終わっていたようだった。

しかし
最後に繋がるはずの言葉の代わりにあったのは
長い沈黙の時間。



「すまない。最後をもう一度流してくれ」


聞き逃したのかも知れない。
何かが引っかかった気分を感じて
ガルルはクルルにリプレイを求める。

クルルは音声のボリュームをいじり
再び初めから再生して。





『―――王よ。』




繰り返される少女の言葉。


しかしやはり。
ガルルには最後の言葉が聞き取れず。



「最後の言葉をもっと大きく頼む。」



クルルは音量を最大まで高めて
リプレイのボタンを押した。




『だから。』




最後の言葉は。
僅かな。
ほんの小さな囁きだった。


恐らくは
生物の耳では聞き取れないほどの
小さな。小さな。





















『さよなら―――


キルミラン』






















まるで。



泣き声のように
囁かれたその言葉は。
















キルルの名前ではなく。

ミルルの名前でもない。







少女の口から最後に紡がれたのは




















キルルとミルルの名前。
















二人で

一つの名前。















「キルミラン…」





知らず。

ガルルの口からは言葉が漏れて。






「…奴らが兵器として創られた以上
キルルには侵略と断罪。ミルルには正義と裁定の本能が
脳ミソのど真ん中にインプットされていたはずだ。」


ノートパソコンのモニターに向けたメガネに
流れる情報の羅列を映しながら
クルルは低い声で答える。


「…ミルルにどこまでの感情があったのかはわからねぇが…
アイツはキルルが分離する事に逆らうことなんて出来なかった筈だ。

例え別の意思があったとしてもな。」


「……。」


「キルルが望んだからな。」



「自分を犠牲にすることを選んで
生きたいと望みながら消え行く分身を前にしたミルルに
刻まれた正義の本能は…なんて言ったと思うよ」


「……………」


クルルの言うように
もしも本当にミルルの本能に
正義と裁定が刻まれていたのなら

少女には選択の余地など無かっただろう。

しかし


「…それは…我々が口を出すような問題ではない」


クルルは
目を上げようとしなかった。


「それは彼ら二人の問題だ。」


画面に映し出されたミルルの最後の顔に
後悔の色などは見えなかった。

だがガルルは
自分に向けられないクルルの顔に
少しの不安を覚えて。


「クルル。キルルをどこに送ったんだ。」


「…さぁな」


他人の意思の犠牲になる事の苦痛を
クルルは人一倍知っていた。

思えば。
クルルはこの話を振ってから一度も笑っていない。




「…戦場に送ったのか」


「……………」


「クルル…」



「…………。

…アイツが。なんの犠牲も無く解放されてたら
俺はアイツを戦場に送ってたけどな。」



黄色い指が
コンソールを滑ると

サラサラとガラスの粉が輝いて舞った。

ガルルの瞳はその眩しさと
いくらかの安堵に細まって。


「何千万年もの間…一人になる事のなかった奴が…孤独を知る…か…。」


クルルがコンソールに腕を組み
突っ伏して呟く。


「まぁ今回は…それで勘弁してやるぜ…。」


ノートパソコンの明かりが
スタンバイモードに切り替わり
暗闇に混じって。

こんな時、この男が答えを求めていない事を
ガルルは知っていた。


「…手間を取らせたな。
カレーは明日にでも送らせてもらうよ」


そう

ねぎらうように言ってから
通信は切れて

ラボは優しい薄闇と機械音の囁きで
伏せるクルルの体を慰めるように

包み込んで行った。



















「人を寄せ付けん男が…孤独を罰と呼ぶとはな…」


ガルル小隊の宇宙艇コクピットに座り
紫の顔が口元を緩める。

その横では、一部始終を見ていたプルルも
特大注射器を磨きながら穏やかに笑っていた。


「ププッ!シュミのワるい宇宙船見つけたヨ〜」


前面のモニターに見慣れた渦巻きマークが入った小型の宇宙船が映し出されて。

映像は小さなキルルの宇宙船を追う
二つの影を捕らえた。


「…どうやら…。我々の心配は必要なかったようだな。」


「チューイは過保護ダねェ〜プププ〜」


どこか嬉しそうな
トロロの声が返って。


「でもなんで隊長は力の無くなったキルルなんかを
気にかけたりなんかするんスか?

まだ監視が必要って事なんスかね。」


言ったタルルにトロロがケタケタと笑う。


「その存在と引き換えに
彼の幸せを願った者がいたのだ。」


ガルルは腕を組んで
小さな宇宙船の軌跡をゴーグルに隠された
労わりの目で追う。


「キルミランシステムを創り。
そして破壊した我々には
想いを受け継ぐ義務がある。」


「…兵器なのに…っスか…?」


「銃は人に向けねば武器になどならない。
砲弾を空に飛ばせば。それは花火となって我々を癒してくれる。

キルルが破壊を働いたのは。
そのようにプログラムされたシステムを
実行しただけの事に過ぎない。」


タルルもキルルの宇宙船へと目を戻して。


「彼は自らを犠牲にしようとした。
彼の罪は過ちでは終わらなかった。
だから。彼にはまだ生きる権利がある。

想いがあるのなら。彼は我々と同じいきものだ。」


「……。」


ガルルの言葉を継ぐようにプルルが口を開いて。


「キルルを創り出した者が
例え古代のケロン人だったとしても

私たちには関係ないだなんて
人の想いを見過ごすようなまねをしてはいけないのよ。」


その瞳もまた。
キルルの行く先を見つめて。


「脅威を作るのも。思いやりを作るのも
私たち生き物でしかないんだから」

眼下に青く広がるペコポンに良く似た星に
小さなキルルの宇宙船が緩やかに吸い込まれて行くのを
小隊の面々は静かに見届けて

やがてその姿が見えなくなった頃


「キルルはポコポッコペン星に無事着陸。
本艦はこれより通常のパトロールに戻りケロンへの帰還に着く。

旋回ののち航星間ワープへと進行。
光速で移動する。各員衝撃へ備えろ。」


ガルルの号令一過。

小隊の船はキルルの星を見守るように何度か旋回してから
光速で宇宙間ワープに接続しその場から離れていった。

















「軍曹ー!」


玄関からは冬樹の声が聞こえる。
そして間を置かずにリビングの扉を開ける音がガチャリと響いて。


「おかえりでありますっ」


「…?なんかあったの軍曹?」


いつにも増して上機嫌でソファーに腰掛けるケロロの態度に冬樹は首を傾げる。

ケロロは小さな緑の手をパタパタと振って冬樹を呼び寄せ
手にした写真を冬樹の方へと掲げるようにして見せた。



「っあっっ!!!!!!」



そこに写っていたのは冬樹に良く似た少年と
夏美に良く似た少女。
そしてその真ん中にはキルルの姿があって。


「こっちの軍曹も平和な星に着いたんだね!!
良かったー!!」


「今日宇宙郵便で届いたのであります。
シヴァヴァとドルルもいるでありますよ」


キルルの後ろに写る二人の姿に
リビングにはまた歓声が上がる。

そしてテーブルの上に封筒からこぼれ
広がるいくつもの写真に気が付くと
一枚の写真を手に冬樹が疑問の声を上げた。


「あれ。この写真。
ここに写ってるのガルル小隊の宇宙船じゃないの?」


「えっっ!!?マジ!?

どう言う事っっ!!?」


見れば写真の端には確かにガルル小隊の宇宙船が写っていて。


「………。」


写真を手に青ざめて沈黙するケロロに
冬樹が少し考えたように口を開いた。


「これってさ…。

ギロロのお兄さん達がキルルの事を見守ってくれてるって事だよね。」


ケロロは何も言わずに俯いている。



「軍曹……。」


冬樹がケロロの考えに気付き不安そうな声を上げる。


と。




「まぁーったくおせっかいな奴らだよなぁー。
パトロールの順路にも含まれてない僻地に
わざわざ巡回しやがってよー。

ク〜クックックックッ」


背後からカレーを手にしたクルルの姿が現れて。


「安心しなぁ。
ケロンにキルルの事は漏れてねえよ。
暇人なあいつらが勝手にやってるだけだっつーの

で。
俺んとこの皿が足りねえからちょっと借りてくぜぇ〜
ク〜クックックックッ」


呆然とする二人を尻目に
クルルは台所からガチャガチャと食器を持ち出して
チラリとケロロ達の方を覗き、小さく鼻を鳴らすと
さっさと床の仕掛けから消えていった。


「…だってさ。

軍曹…。」


クスリと。
吹き出した冬樹がケロロの方へ目を向けると

ケロロの瞳はウルウルと涙を浮かべていて


「ぐっ軍曹!??」


驚く冬樹の前でケロロは
子供のようにポロポロと涙を零し
泣き始めてしまった。


「おろろ〜ん おろろ〜ん」


上を向いているのに
ケロロの涙は止まらない。


「おろろ〜ん おろろ〜ん」


「…軍曹…」



―――でも何故か。

冬樹にはそれが悲しみの涙ではない事が解って。


「軍曹。また今度
二人でキルルの所に遊びに行こうよ。」


言ってケロロの手を取ると
冬樹はケロロを抱え上げ、胸に抱いて
リビングを後にすると軍曹ルームへの扉を開けて
泣き止まないケロロを運んで行った。




















(何日か過ぎた頃。
軍曹に聞いてみたんだ。)



(何であの時、あんなに泣いたのかって。)



(軍曹はちょっと照れながら。
ガンプラに目を逸らして教えてくれたんだ。)





(想いが拾われたのが嬉しかったんだって。)






(置き去りにされたら
想いは死んでしまうからって。)








(想いが拾われたのが切なかったんだって。)










(自分では。
拾う事のできなかった想いが。

あまりにも自然に拾われていた事が。)









(嬉しくて。

切なくて。)










(涙が止まらなかったんだって。)












(なんだか僕にはまだちょっと難しくて。)














(わからなかったけど)





―end―

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あきゅろす。
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