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■大平我路の公式日記総集編
2020-09-18(金)
古典落語 青菜

京都学園大学落語研究会部長
浦乃家トップでございまして
どうぞお付き合いを願います
大きなお屋敷なんかになると
やっぱり植木でございますね。
まぁ「もくせいもっこくかしかなめ」
金木犀の木、木斛の木、樫、要の木
大抵は常緑樹と申しまして、常に
青い緑を保つ植木がいい訳ですな
あまりパッと咲いてパッと散るという
よぉなもんは植木としては具合が悪い
やはり暑い時分には植木の手入れに
行き届きましたお庭でございますね
打ち水がバァーとしたぁるとこで
縁先からそれを眺めるてな風景は
とても我々の家で叶わんのですが
大きなお家では楽しめるんですな
ちょいと、植木屋さん、植木屋さん
もう仕事は終もてやったんかいな?
旦さん、間もなくでございます
なんぞのご用でございますか?
いやいや、用という訳やないが
仕事が終わったらならちょっと
来てもらいたいと思てますねや
かしこまってございます。すぐまいります
旦さん、えらいお待っとさんでございます
いやいや、そない気ぃつかわんでな
まぁ、そこへでも腰掛けてもらおか
毎日暑いなか大変じゃ、ご苦労さん
何おっしゃいます。わいらこれが仕事
商売でございますよってにね、これで
お飯が頂戴できるのんでございます!
結構なこっちゃ。ホンマのとこはそやが
人間、なかなかそうは思えへんもんじゃ
暑いの寒いのと、愚痴も出るもんじゃが
お前さんは小言のひとつも口には出さん
そういうものに対する姿勢がお前さんの
結構な仕事につながるのじゃなかろかな
まことに恐れ入ってございます
来てもろたんはほかでもない
よかったら、お酒の相手でも
してもらおうと思いましてな
何でございます?!わたしがここで
お酒を頂戴するのでございますか?
そらぁ厚かましいことでございます
なに厚かましぃことありゃせん。
言うて何じゃがあなたのために
特別にしつらえたわけやなくて
私も少し早くに体が空きましたんでな
暑気払いに、ちょっとこんなことをと
よかったら相手してもらお思とってな
ありがたいこっておます
頂戴するのでございます
そら結構。あぁ、言ぅとかんならん
暑いあいだはな、お酒ちゅうやつは
妙に身体が火照いてどもならんでな
柳蔭という味醂を焼酎で割ったのを
井戸で冷やしていってますのじゃが
あんた柳蔭ちゅうのん呑んでかえ?
旦さん、何とおっしゃったんで?柳蔭
ひぇー、贅沢なもんお上がりになって
どこでも誰でもという訳にまいらんので
ございますよ、柳蔭てな物はええ塩梅に
ひんやり冷えんことに具合悪ございます
そんだけ深い大きな井戸がないと
すっくりまいらんのでございます
当今はともかくも昔は「大名酒」と
申しまして世が世ならお大名より
上がらなんだもんでございまして
それをご当家で頂戴できるなんて
こんな結構なことはございません
は、頂戴をするのでございます
こぼれたら勿体のうございます
柳陰、色が違いますです
涼やかな色しております
頂戴するのでございます
クゥ、クゥ、クゥ、クゥ
何とも言えんえぇ塩梅に冷えて
ございますもんですから、体中
出とりました汗が、いちどきに
消えて無くなりましたプハァー
これはありがたいことでございます!
旦那、ちょっとご覧になっとくれやす
向こうの松の枝、向き変えましたところ
趣が出ましたんで、石灯篭のところのは
月が変わりましたら早速取り掛かります
こんなこと言うたら何ですけど旦さん
どこぞよそさんへまいりますというと
お忙しいんでしょうけれども
「植木屋、万事お前に任せた」
おっしゃったきり、後は放置
ほったらかしというみたいな
仕事をいたしておりましても
「気に入ってござるのか?」
とか思うことがございまして
職人として頼んなございます
そこいくと旦さん、仕事してますところ
後ろからちょくちょくご覧になってます
植木屋としましてはとても嬉しいんです
「ここの旦さん植木がお好きなんや
 植木を可愛がってござんねんなぁ」
と思いますとね、なんとしてでも
喜んでいただこう。なぁーんてね
ハハありがたいこってございます
機嫌よう呑んでもらうのは結構やけども
植木屋さん、お箸も動かして欲しいでな
これも言うとかんならんのじゃが
最前、うちの出入りの魚屋がやな
「旦さんに是非食べてもらいたい」
と言うて鯉を持ってきましたのや
洗いにしてあるのんやが
川魚は好き嫌いがあるで
どや、植木屋さん。あなた
鯉というものを食べてか?
旦さん、何とおっしゃったんで?鯉
ひぇー、贅沢なもんお上がりになって。
どこでも誰でもという訳にはまいらんので
ございますよ、そらもう当今はともかくと
いたまして、昔は「大名魚」と申しまして
お大名より上がらなんだもんでございます
それをご当家で頂戴できるやなんて
こんな結構なことございませんです
へぇ、頂戴するのでございます
あ、これでござますか?
こら具合悪るございます
弱っとります
こら弱っとります
氷枕して寝込んどりますねぇ
よぉそんなアホなことおっしゃる
これは洗いにしてあるんじゃがな
キュッと身が締まるように
氷が敷いてあるんじゃがな
何も知らんもんでございますから
頂戴をいたますのでございます…
シコシコッとして旨うございます
いやそれはえぇがお前さん
何もつけんと食べてやが?
え、何かつけます?
だいたい、そういうもんはやな
酢味噌で食べる人が多いけども
わたしは醤油とワサビをつかう
お醤油が出てあるでつけなされ
でっしゃろ、やっぱり!
「美味しぃことは美味しぃけど
 何や、塩気があった方がより
 美味しいのではなかろうか?」
とかね私も思とりましたんです
ワサビも出たぁるで、いきなはれ
何です、ワサビ?
とおっしゃると?
そこに盛ってある。
これですか?これ?ワサビ?あさよか
いやね私、何でこんなとこにモグサが
置いたあるんかなと思てましたんです
それがワサビじゃがな
ほぉー、妙な格好してまんなぁ
そら、擦り下ろしてあるんじゃがな。
お前さんワサビ知らんかえ?
八百屋さんに売ってるやろが。
これぐらいの大きさで、先が
パラッと開いたようなワサビ
あぁー!あれがワサビでしたか!
あれ下ろし金で下ろしてこうなる
ちょいちょい見てましたんです!
八百屋の店にこんな小さなソテツ
どないするんやろな思てたんです
ハハハハ、植木屋さんだけに見立てが
面白いやないか、ソテツとはどぉじゃ
いけますで、ちょっとやってみなはれ
何にも知らんもんですから…
頂戴をいたします…、グッ!
辛いんじゃろ、吐き出しなはれ。

お酒を呑みなはれ
うわぁーっ、すんまへん!
わたいワサビ、口に合わん
あわいでかい!いやいや
無茶したらどもならんで
こら、わたしが悪かった
どぉじゃな、お口直しに青いもんでも
植木屋さん、あんた青菜を食べてか?
旦さん、今、何とおっしゃいました?
青菜。贅ぇ沢なもんお上がりになって
当今はともかく昔は大名菜ちゅうて…
そんなあほな。奥や、奥や。
はい、旦さん何かご用で
最前から植木屋さんが、お酒の相手を
してくれてます、面白い愉快な人じゃ
お腹の底から、笑わしてもらいました
青菜が食べたいと言うで、堅とう絞って
ゴマでも振りかけて持ってきたげとくれ
かしこまりましてございます
旦さん、何でございます?今のが
奥さんでございますか?御上品な
お綺麗なお人でございますなぁ!
当たり前じゃないかいな
うちの奥じゃないかいな
それがなかなかそぉはいきまへん
うちの嬶かてうちでは奥ですけどな
一緒になって二十年になりますけど
両手つかえてるの見たことおまへん
お育ちが違います小さい時から
火付けが上手いところへさして
懲役が行き届いてはりますなぁ
何言いなさる「火付けが上手いところへ
さして懲役が行き届いてる」違いますで
それも言ぅなら「躾が上手いところへ
教育が行き届いてる」と違いますかな
教育!うちの嬶なんか、京行くどころか
まだ東淀川あたりウロウロウロウロして
旦さん。鞍馬から牛若丸が
出でまして、名も九郎判官…
何じゃ…?ほぉ、義経、義経
さぁどんどんやってくだされ植木屋さん
旦さん、わたしボチボチ失礼を
何じゃ? まだ構いませんじゃ
ないかなゆっくりしていったら
どなたかお客さんがお見えになったようで?
誰も来やせんで
先ほど奥さんおっしゃた「鞍馬山の方から
うっしゃんさんが飛んで出た」ちゅうて?
えらいことが耳に入ったなぁ…
いやいや、そぉじゃありゃせん
実はあんたに食べてもらおと思た青菜
わたしがみな食べてしもて無いそうな
それを言うたらあんたの手前わたしが
具合悪いので隠し言葉の様なものじゃ
旦さん、隠し言葉と言ぃますと?
鞍馬から牛若丸が出でまして名も九郎判官
菜は食ろうてしもて無いとこう言ぅたので
わたしが九郎判官に掛けて「義経、義経」
よしや、よしや。とこう言うたわけなのや
ひぇーこらぁえらいもんでございますな
何ですて「鞍馬から牛若丸が出でまして
名も九郎判官」で旦さん「義経義経」と
これはえぇこと聞かしてもらいました!
いや、今日はお腹いっぱい頂戴しました
あしたの朝、ちょっと早い目に出まして
この埋め合わせをさしてもらいますので
さいなら、ごめんやす!
いやいや、実に上品な奥さんやないか
そこへ「鞍馬から牛若丸が出でまして
名も九郎判官」旦さん「義経、義経…」
あないに言うたら暑いも寒いも無いわな
ありがたいこっちゃないか綺麗な奥さん
上品なお人。あれが奥やねぇ、ほんまに
うちの奥は不細工な奥や、どんならんで
だいたいうちは路地が暑いわい、路地が
暑い風が…うわぁー生暖かい嫌な風が…
えらいとこやなぁ。西日がきついねん
わ、ゴミ箱のふたが開いたぁるがな…
うわ、うわ、蝿柱が立ったぁ〜るがな
どんならんでこんなもん、地獄やねぇ
今、戻った
今時分まで、どこのたくり歩いて
けつかんねん。このアンケラソ!
うわぁえらい奥やねぇ…大きな声出すな
きょうは旦さんとこで柳蔭を鯉の洗いで
よばれてたんやぞ、その時にわいがな
青菜が食いたい言うたら無かったんや
お前ならその時どういう応対をする?
何がいな?
青菜を食べたいちゅうたら、無かってん
お前ならどぉいぅ応対をするちゅうねん
どういう応対も、こういう応対も
「わずかばかりの青菜、いつまで
あると思てるねんこのゲスメガネ」
ゲスメガネはやめといてくれ…
お前らそんなことしかよぉ言わんやろ
向こうの奥さん違うぞ、旦さんの前へ
ビタッと両手つかえになって言うねん
「鞍馬から牛若丸が出でまして、名も
九郎判官」旦さん「義経、義経」どや
何やのんそれ?紙に書いて貼っといたら
アブラムシが出てこうへんまじないか?
違うがな、青菜が無いという言い訳じゃ
「鞍馬山から牛若丸が出でまして、名も
九郎判官」菜は食ろうてしもてもう無い
そこで旦さんが「義経、義経」よっしゃ
どや、お前らこんなことが言えるんか!
何やのん大層に、そんなことわてら
口で言わいでもオイドで言うたるわ
けつで言うな!言えるか、言えるねんな
よぉし。もぉじき留が風呂誘いに来よる
ポンポーンかましてご大家の真似事せえ 
実はうちは元お公家さんだ!なんてな
オモロなってきたなぁ。家に柳蔭てな
気の利いたもん無いのん分かったある
酒持って来い、段取りさえつけばええ
鯉の洗いてなもんも無いのん分かったある
鰯の煮いたんでも、何でもかめへんがな!
鰯も無い?オカラの煮いたん?かまへん!
これとこれを勧めて「奥やぁ!」奥、奥!
何やねん?
しっかしまたこら、ブサイクな奥やなぁ
奥がそんなとこにズボッ!と立ってたら
奥やあれへんがな。奥は奥から出て来い。
なに?
奥は奥、奥は奥から出て来いちゅうねん
奥も店の間もあらへんがな
この四畳半ひと間やないか
不細工な…、どっか隠れて
押入れに入れ、押入れに!
あほらしいこの暑いのに!
暑えてもシュッと出てこんかいな!
押入れに入れ!「奥や」言ぅたら
出てくるねんぞ、さっきの忘れるな
おっ!留、誘いに来よった
おい風呂行こかー
あぁ、植木屋さん
いや、今日暑いのんは暑いけども
頭ボーッとしてんのんちゃうか?
何言ぅた?植木屋お前やないか!
俺は大工の留やないかい!
大留言うたらワシのことや
あなた、柳蔭を呑んでか?
おいおい、結構やないか!
身体火照ったあんねんがな
こんな時に冷たいのんキュ〜ッと
よばれたら、結構なことやないか
どこで手回したんか、知らんけど
おうきにありがとぉ。キュ〜ッと
冷たいのん、いやありがたいなぁ
な、何やねんこれは!
生ぬるぅいやないか!
ただの酒とちゃうんか
分っかりますか?
分からいでか!
あぁ、植木屋さん
植木屋はお前やっちゅうねん!
あんた、鯉の洗いは食べてか?
鯉?言うといたるけどな、お前とこはな
子ども無いさかいそんな贅沢できるねん
家みたいに6つ頭に、四人子供おってみ
鯉どころか鰯が危ないで、いや鯉やてな
ほー、わしも詳しいこと知らんけど
鯉も洗いにするとシャモジで掬うか
詳しい事分からんが、鯉とは思えんな?
パラッとしとるな鯉の子の洗いかなぁ?
これお前、オカラの煮いたんと違うか?
分っかりますか?
分からいでか!
あぁ、植木屋さん
お前しまいに頭どついたろうか?
植木屋はお前やっちゅうてんねん
あなた、青菜は食べてか?
要らん
あなた、青菜を食べてか?
要らんちゅうねん
いやどういうもんか、青もん嫌いやねん
ムカムカッとくるねん。オカラでえぇ!
これ食て酒呑んで、シュッと風呂行こ!
あなた、青菜嫌いか?
ムカムカするちゅうてんねん!
あなた、青菜嫌いでも好きと言うて
何やねん。何ぞのまじないかいな
食べる真似したらえぇんかいな?
よっしゃ分かった!青菜貰おう!
青菜は食べてか、好きか
嫌いやちゅうねん!
ちょっと待ってや!
奥や!奥や!奥や!
はい旦さん!
ビックリしたー!恐わー!
お咲さん、留守かと思たら
押入れの中入ってたんか?
顔から汗流れ出たぁるがな、
何か言ぅてるで。聞いたり!
旦さん何かご用で?
植木屋さんが青菜食べたいとおっしゃる
ここへ堅う絞って持ってきたげとくれ!
かしこまりましたー
また押入れ入って行ったで!
この暑いのに何すんねんな!
また出てきたがな、汗流して
ほら、また何か言ぅてるで!
あの旦さん。鞍馬から牛若丸が
出でまして名も九郎判官、義経…
(…えっ?!)
弁慶!
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